砂漠の司書(3)
まずは鉱物の採掘量の記録から、と別の棟へ移動する。
参考になりそうな文献を次々と隣にいるウォリアに渡していく。十年分となると結構な量になった。十冊くらいの文献を重いだろうに軽々と持つウォリアと一緒に歩くセフェルはこれからこの中からどんな情報が得られるのか、心が躍るのを堪えられなかった。
そして次は取引の詳細について。国家の支出に関する記録が収められている棟に移動する。そこでも十数冊の本を選び貸し出しの手続きを行った。図書館の一室に借りてきた本を運び込む。部屋の前にはウォリアの他に宰相が寄越した警備の者が数人控えていた。宰相は資料を見つけて欲しいと言ったが、それは建前であることはセフェルは分かっていた。十年分の記録の中から宰相が望む数値を見つける。セフェルにとっては挑戦状を突きつけられた気分である。おっとりとした見た目に反して彼女は負けず嫌いだった。
セフェルは本を開き文字の海へ入っていった。
部屋の扉が閉められてから数時間。日が傾き夜の帳がおりる。長い夜が始まった。
夜が深まり時計の針が頂点を指す頃になってもセフェルは休憩を挟まずにずっと文献を読み漁っていた。目的の数字を見つけては別の紙に書き写して整理していく。そうして散らばっているものを一つずつ繋げていった。
「司書殿に食事を運ばなくてもいいのか?」
ウォリアは一緒に警備していた兵に聞かれたが、首を振って答えた。
「こうなると、セフェルはこちらの話に耳を傾けません。朝まで待ちましょう」
東の空が明るくなり、夜通しの警備に兵士達が疲れてきた頃だった。昨日の昼に閉じられてから一度も開くことの無かった扉が開いた。
「宰相閣下にご報告を」
出てきたセフェルは一言そう言った。
朝早いというのに宰相は嫌な顔一つせずにセフェルを執務室に通した。セフェルは手に持っていた紙束を宰相に渡した。宰相は渡された書面に眼を通しながら、セフェルの説明を聞いていた。全ての話を聞き終わった宰相はセフェルにねぎらいの言葉をかけた。
「良くやってくれた。ご苦労様、と言いたい所だがもう一仕事してもらおうか」
宰相はセフェルを連れてとある部屋を訪れた。廊下を歩く人々は突然の宰相の訪問に驚き、さらに後を歩く噂の最年少の司書に何事かとざわついていた。
「失礼」
とノックもせずに開け放ったのは経理のトップに立つ大臣の部屋。いきなり現れた宰相に大臣は挨拶も忘れて呆然としていた。
そんな大臣の様子に構わず、宰相は後ろにいるセフェルに説明するように促した。セフェルは淡々と言葉を紡いだ。
「ここ十年のケントニス王国特産の鉱物についてです。資源の枯渇を防ぐために採掘量を一定量にコントロールしています。しかし、大臣が貴方に変わってからは何ヶ月か一度に採掘量が変化しています。多かった月の次は少ない、といったように。目立たないように他の数字に埋もれさせています」
大臣は差し出された報告書を手に取ること無く下を向いていたので、表情まではセフェルに分からなかった。構わず言葉を続ける。
「次に、国家予算の支出についてです。鉱物は国が買い取り、登録された店に卸されるか輸出に回されます。採掘の工場はこの国に三つあり、工場ごとに見ていくと二つの工場は一定の採掘量を保っているのですが、一つの工場のみ採掘量に増減が見られます。変化が見られたのは工場長がかわってから、貴方が大臣になった時期と一致します」
「だからなんだというのだ!さっきから何を言っている。司書ごときが、無礼だぞ!」
耐えきれなくなったのか、大臣は宰相がいる事も忘れて机をダン!と叩いて言った。セフェルはさてどうしたものかと言葉を切って側にいる宰相を伺う。宰相の瞳は冷たく何の表情もうかがえない。初めてセフェルはこの人を怖いと思った。温度の無い声で宰相は言った。
「続けなさい、セフェル司書」
「さ、宰相」
なおも言いつのろうとする大臣を宰相は一瞥して沈黙させ、二度言った。
「続けなさい」
「かしこまりました。では続けます。鉱物が卸される店の中にとある小さな商店があります。老舗の商店に混じって細々と商売を続けている所です。十数年前に設立されて特になにも怪しい所はない、ように見えますがたしかその商店の主は大臣の親族だとか。その店の収支を調べさせて頂きました。その報告もそちらに記載してあります。商店とある店は何ヶ月かに一回取引していますね。その後の店の販売実績がないようなのですが。そのある店に運び込まれた鉱物はその後どうなったのでしょうか」
「今言ったことは全て記録上でわかっただけでは無いか!証拠はあるのかね?」
往生際悪く大臣が否定しようとしていた時だった。数人の兵士が部屋に入って来た。
「閣下、見つけました。商店の倉庫に工場から運び込まれた物のなかに空箱が混じっていました。箱の次の行き先は例の店です。例の店についても調べました。看板はありますがそこから運び出された鉱物が入っているとされている箱については行き先不明ということです。司書殿から指示された警備兵の配置ですが。特定の警備兵が当番の時に例の店へいく荷物が運び込まれています。彼らを尋問したところ、賄賂を渡されて空箱を黙認していたと言うことです」
それを聞いていた大臣は顔面蒼白になって、もはや何も言えないようになっていた。
「だそうだ、大臣。あとの申し開きは取り調べの時に」
一言宰相は大臣に言い置いて、セフェルを連れて部屋を出て行った。
セフェルはやっと終わったと内心ため息をつく。これでまた静かな生活が戻ってくる。さてとさっさと図書館に戻ろうと思っていた。
「今回は助かったよ。経理の事でなにかきな臭いと思っていたんだが、記録の量が膨大だからどこから調べて良いのやら分からなくてね。流石だ、君がいてくれて良かったよ。最近人手が不足しているのもあるかもしれないね。どうだい、君さえ良ければ私の手伝いをしないかい?」
突然の勧誘である。隣にいるウォリアはハラハラした表情で成り行きを見守っていた。
「私は司書です。政治に関わるつもりはありません。宰相閣下の部下にはもっとふさわしいお方がいることでしょう。では、これで失礼致します」
セフェルは一礼して図書館に戻っていった。
この事件は王城に一気に広がり、一大スキャンダルになった。大臣は特定の商店の主と共謀して架空の取引を作り出して、国家予算から横領していた様である。すぐに明るみに出ないように、少しずつ大臣が着任してからずっと続けられていたとのことである。殺害された文官は図書館で調べた結果、架空取引が行われている可能性に気づき大臣に真相を聞き出そうとして殺されたらしい。犯人は賄賂を受け取っていた警備兵とのことだ。
この件で僅かにざわついていた図書館に静けさが戻り、セフェルも日常へ帰って行った。これで本に囲まれた生活に戻れると思っていたが、セフェルの毎日に一つ変化があった。それは、時々宰相がセフェルの元を訪れるようになったのだ。なにか文献を探すように依頼をし、時折宰相が手にしたお菓子を供にお茶を飲みながら少しの会話をする。その時は決まってウォリアが側でセフェルを守っていた。隔絶されていたセフェルの世界に新しい物がすこしずつ入っていく。彼女もそれを不快とは思わず、楽しんでいるようだった。司書長のケニスも良い傾向だと見守っているようである。
その日、宰相は外国から手に入れた珍しい菓子と茶葉を手にセフェルの元を訪れた。ちょうど晴れているので、今日は室内ではなく外でお茶会をするのも良いだろうと思っていた。セフェルを探すと司書の一人がある部屋にいると教えてもらった。その部屋を訪れると部屋の前にはウォリアがいた。宰相を見たウォリアは一礼し扉の前を譲った。ノックをしてウォリアと共に室内へ入る。そこには本とびっしりと文字が書かれたメモ代わりの紙が散らばっていた。その中央に目的の人物を認める。セフェルは疲れたのか床の敷物の上で寝ていた。彼女はいつも頭に被っているヴェールをはずしていたので、普段は布の奥に隠れている異国の血が混じる蒼い髪が床に広がっていた。
ウォリアと宰相は顔を合わせて仕方ないというふうに笑った。ウォリアは彼女を抱き上げた。この細く軽いセフェルの中にはどれだけの知識が詰まっているのだろうか。そして、宰相は側にあった薄いストールをウォリアの腕の中にある国家の宝を隠すようにかけた。
砂漠の司書 東雲 @masashinonome
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