ゴーストの種
尾八原ジュージ
ゴーストの種
父方の叔父は、昔から子供相手にホラを吹くのが好きだった。
六月の終わり、湿度の高い日曜日の、うっとうしいほど暑い午後のことだった。
家族は皆出かけており、当時小学六年生だったぼくは、一人で家に残ってだらだらと過ごしていた。そこに叔父がふらっと現れて言うには、今しがたロンドンから帰ってきたばかりなのだという。
「向こうじゃ長袖を着るくらい涼しくってなー。いやぁ、日本の夏は暑いなぁ」
とかなんとか言っていたのが果たして本当だったのかどうか。ともかくロンドン土産だと言って手渡してくれたのは、小さな黒い種だった。
「これはゴーストの種だ」
叔父はふざけたことを言う。
「イギリス人はゴーストが大好きで、向こうじゃ一年中毎日ゴーストツアーをやってるんだ。これはとある有名な墓地で、不気味な老婆から買ったやつ」
あまりの内容にウソくせぇなぁと呟くと、叔父は笑った。
「でさ、叔父さん。どうすりゃいいの? これ」
「日が当たりにくい地面に植えとけば、そのうちゴーストが生えてくる」
「で?」
「いや、ゴーストが生えるんだぞ? 本場のやつだぞ? すごくないか?」
子供心にも(またホラ吹いてんな)と思った。仮にロンドンに行ったのが本当だとして、海外から植物の種を持ち込むためには、きちんとした検査を受ける必要があるはずだ。このちゃらんぽらんな叔父がそういう手順を踏むのに耐えられるとは思えなかった。たぶん、その辺で買うか拾うかしたのだろう。
とはいえ叔父のことは好きだったし、ダラダラしていた休日に何かしらの刺激が欲しくもあった。こういう冗談に乗るのも一興と思って、ぼくは叔父と一緒にその種を庭の隅に植えた。水をやって、なぜか埋めたところを拝んでみて、それから暑くなったので室内に逃げ込み、二人でアイスを食べた。
叔父はヘラヘラ笑っていた。明るい茶髪で、変な柄のアロハシャツを着ていて、悩みなんか一つもなさそうな顔だった。
だからどうしてその夜、叔父が祖父母の家に帰らず、一人で山に入ってひっそり首を吊ったのか、その理由をぼくは知らない。叔父の葬儀に参列したときですら、大ボラを吹かれているような気分で、涙のひとつも出なかった。
さて、くだんの種はすぐに芽吹いた。膝くらいまでひょろりと茎が伸び、小さな赤い花がいくつか咲いた。何という植物かは知らない。知らなくてもいいと思って調べていない。夏が終わるといつのまにか枯れるが、翌年になるとまた伸びて花を咲かせる。
時々、その草が生えているところに、人が立っているように見えることがある。人間と間違えるほど大きな草じゃない。日陰だから影もできにくい。なのにちらりと視界の端に入ったときなんか、そこにうつむいた男が立っているように見えるのだ。ぼくだけじゃなく、おやじもおふくろも、遊びに来た友達も同じことを言っていた。今あそこに人が立ってなかった? なんて――
仮に誰かが本当にそこにいるとして、それが叔父かどうかはわからない。なにせしっかり見ようとすると消えてしまうのだ。だからもしかすると、あのときの話はホラではなかったのかもしれない――そんなことをたまに考える。あれは本当にロンドンから持ち込まれた「ゴーストの種」で、あそこに立っているのは異国からはるばるやってきた、見知らぬ誰かのゴーストなのかもしれない。
だとすれば、そのひとはきっと面食らったことだろう。なにせ向こうと比べると、日本の夏はずいぶん暑いそうだから。
ゴーストの種 尾八原ジュージ @zi-yon
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