⓷ 奇跡の八人(終)




 サラとメグがデュエット曲を歌い終わると同時に、両手を叩き賛辞を惜しみなく贈る。二人がくれた興奮および多幸感に少しでも見合うよう、カラオケボックスを拍手で満たします。最高究極にいい曲でした。掛け声も入れすぎてしまい反省しきりです。あまりの素晴らしさについ。私に【超高校級の合いの手】と言うべき才能があるとは思いませんでしたね。


 今日はケンタ企画の卒業旅行、最終日。

【奇跡の七人】それぞれ就職や進学を決めているが、この地を離れ遠い故郷までハルが行ってしまうので送別会も兼ねてのもの。それは気軽に集まるのが今後は難しくなることを意味します。みんなが揃っているのは、この4月初めの土日しかない。

 かなりの急行軍でしたが初日は遊園地や食べ歩き、今日はボーリングやゲーセン、スポーツ施設にと遊び倒しました。その場の思い付きで今現在カラオケに流れているが、私やメグの疲れを察知したのかも。 


 それにしても好判断が光ります。誰の歌も等しく価値のあるものでした。コウちゃんは流行りの曲や好きなアーティストの歌。ハルはもう何でも歌うチョイス、節操がない。なんでも。男性女性。お気に入りを歌うって感じ。

 

 タカヤは……少し昔の、だけどみんながよく知っている歌をその美声で。ケンタは肺活量と声量が活かせるアニソンとかアップテンポな歌。サラとメグの有名曲のデュエットも息はぴったり。ミズキは意外というワケではないが、アイドルの曲を好むようだった。


 耳が幸せに包まれていますさっきから。疲れは吹っ飛び元気がみるみる漲っていくのがわかる。仮に音源があったら財布を空にしてでも手に入れたい! 社会人として新環境に赴く私が打ちのめされ、癒しを求めた時に絶対聞くでしょうね。


「合いの手は十分楽しめたし、ユッコも歌ってよ」

「おお、今度は俺たちが掛け声入れてやるぜ!」


 サラとケンタを始め、みんなが私に歌ってほしい視線を送って来た。

 渡されたカラオケ送信機を操作し、ううむと唸りながら考える。どんな曲がいいか。私の知ってるアニメや漫画系の歌というのは……ケンタとは趣味が合うけども。こうして遊ぶことも少なくなるのかな。あまりにいつもと同じ雰囲気というのもあるが、もう高校生ではなくて社会人というのがイマイチ実感できない。みんなといると特に。


 卒業式の日ミズキが言っていた。教室のクラスメートが揃うことはこの先二度とない。ケンタやサラが同窓会を企画しても、毎朝全員がいた教室のようにはいかないって。確かに【奇跡の七人】が協力しても誰一人欠けることなく集まる可能性はゼロに近いかもしれない。


 ああ。当たり前のようなクラスでの日々、そしてみんなと一緒に遊んでいた場面は……天文学的にありえない奇跡だったと、私はもう少し自覚するべきでした。

 こんな風にはしゃいで過ごしている瞬間が、もう明日からは得難いなんて。


「で、では……僭越ながら一曲」


 だとしたら私ができることは……みんなのリクエスト通り歌うだけだ。

 ありったけの感謝と心を込めて。大好きな人たちに届くように。 






 *  *






 あれこれ悩んだが、好きな女性バンドの曲を選んだ。

 臆病な心を変えたいと願い、自らの輝きを見つけようとする素朴な歌詞。

 そして奇跡的な出会いに感謝し、胸を張って前を向く歌。


 もしも私が【奇跡の七人】という輝きを知らなかったら、この曲が心の支えになったかもしれない。そんな歌なんだけれど。BGMが終わっても、みんなの反応が薄い。まあテンション爆上がりするような歌ではないが……あれ? でもみんな私の方を見ている。


「すごいな」

「なんていうか、わぁ……」

「ここまで気持ちが入れられるモンだったんだ、歌に」

「めっちゃ上手いじゃんユッコ! 次はあたしと歌おっ!」

「いーや、俺とだ! アニメの曲で良いのがあるんだよ!」


 ケンタとサラが次曲の送信を巡り競っている。

 予想してたよりも好評みたいで何より。いいね。


「さすが奇跡の八人、【超高校級の歌姫】……もう4月だし高校生じゃないけど」


 ミズキが呟きながら親指を立てた。

 ……卒業式以来わりと会っていますが、なんか挙動と性格が変わったよね。どう思っているかを伝えてくるようになった。ミステリアスさが減った分、魅力が天井知らずで高まってる感じ、いい。


 横を向けば隣にタカヤがいる。

 視線が合うと、同じように笑顔を返してくる。これもすごくいい。


 生きていれば。贈り物のようないいことが踏み出した先に点々とある。

 それが私の人生哲学、だったけど……私は身をもって知った。絶望が現実になった時、どんなに辛いかを。それは星の消えた道を闇雲に歩く、出口のない迷路のようなもので。絶望って、死ぬ瞬間まで何もないってことらしい。


 高校生として過ごした日々を、ループしたみたいに何度でも私は思い出すだろう。あの絶望を……そして描いた夢が現実になった時、どんなに幸せかを。




 もし願うなら。

 このまばゆい輝きと繋がりが、いつまでもいつまでも……。

 私の踏み出した未来へ続いていますように。



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初恋にネタバレあり! 同時に未来予知にも目覚めたので告白はしません! 安室 作 @sumisueiti

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