第10話 『あなたのことをみています』

「ん、んん、」


 まるで警報機が耳元でがなり立てているかのような耳鳴りと頭痛が襲い掛かってくる中、オレは重い瞼を抉じ開け、頭上の薄墨のような淡い夜空と一番星を目にする。


「気が付きましたか?」

 天ヶ瀬が顔を覗き込み、オレの様子を窺う。

「ああ、どれくらい気を失っていたんだ?」

「十分ほどですよ。」

「そんなものか、」


 ぼんやりと誰かが会話をしていた気がするが、激しい頭痛が遮ってよく思い出せない。


「でも、大事に到らなくてよかったです。」

「誰かが警察を呼んでくれなかったら、危なかったけれどもな。」

 身体を起こしながら辺りを見渡すと、天ヶ瀬以外誰もいないことに気が付く。

「八ヶ崎とかはどうしたんだ?」

 あんなことがあった直後にひとりで帰らせるのは物騒だ。


「安心してください。お巡りさんが家まで送ってくれました。」

「そうか、」

 ホッとすると、再び身体中の痛みに負けて意識が飛んでしまいそうだ。

「大丈夫ですか?」

「そう思うか?」

「いいえ。」


 ゆっくりと頭を振り、天ヶ瀬が手を差し伸べてくる。オレはその手に掴まり、慎重に身体を起き上がらせた。

「とりあえず、今日は帰ったらさっさと寝よう。」

 硬いアスファルトは十分に味わったので、ふかふかの蒲団に寝転がり、心地の良い眠りに就きたい。


「泥や土が付いてますから、先にお風呂のほうがいいですよ。」

「いや、風呂は明日の朝だ。それより休みたい。」

「男の子ですね。」

「何だよ、それ。」

「いいえ、女の子ならここは間違いなく湯船に浸かりたいところなので、」

「へえ、」

 ゆっくりと歩きながら他愛もない会話をしていると、いくぶん傷みは和らいでくる。


「それより、ありがとうな。気を失っている間、そばにいてくれて。」

「半分は私の所為ですから、」ポツリと呟いた彼女の言葉の意味が理解できなかった。「いえ、なんでもないです。忘れてください。」


 それ以降ぱったりと口を閉ざし、それは別れ際まで続いた。交差点を渡り、振り返った彼女は曇った表情で何かを口にする。行き交う自動車の走行音で半ば掻き消されてしまっていたが、「あなたの事を見ています。」と言っていたように聞こえた。


                  了

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天ヶ瀬結の事件簿② 暗号文事件 乃木口正 @Nogiguchi-Tadasi

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