夕焼け空の元、家路につく者、溶ける者

バルバルさん

こうして明日も続いていく

 夕暮れ時の空というのは、何でこんなにも綺麗なのだろうか。

 いつもクラブ活動が終わる時間帯になるとそう思う。

 今日は街を出て少しした場所にあるTノ字橋の付近まで来た時点で、空が茜色に染まった。


「梨々花。今日は結構遠くまで来たね」

「うん。本当は橋の向こうまで行きたかったんだけどなぁ」

「そうはいっても、もう夕暮れだよ。鞠花も梨々花も疲れ知らずなんだから」


 街を出ようクラブ。鞠花と梨々花、そして私こと夕花の三人で結成したウォーキングクラブ……というもので合っているのだろうか。そんな感じの集まりだ。

 私達は学校が休みの日に集まって、こうして夕暮れになるまで住んでいる街から少しでも遠くまで行く。

 理由なんて三人それぞれ。梨々花はただ遠くに行きたいから。

 鞠花は日々の勉強の息抜きのため。

 そして私にとっては……三人で集まれる時間が欲しかったから。

 私たちは仲良し三人組。名前に花が入っているという理由で幼稚園から仲が良かった。

 でも、いつまでもそんな時間は続かない。いつかは高校、大学と別れの季節がやってくる。

 だからこうして、三人で集まれる時間を作るために私はこのクラブに参加している……もちろん、この理由は他の二人には内緒だけど。

 夕暮れ時は好きだ。空の色も好きだし、夕暮れには、名前の文字に少しシンパシーというのか。それを感じるから。

 でも別れの時間だと思うと、少しだけ嫌いな時間でもある。

 今日も夕暮れ時となった。明日は学校でどうしようね。なんて話していると、ふと、Tノ字橋の上に空を見上げる男の人がいるのに気が付いた。

 あの人も、夕日の綺麗さを感じているのだろうか。


◇◇◇

 夕暮れ時の空というのは、何故こんなにも美しいのだろう。

 いつも、この時間帯になるとそう思う。

 ただの大気による太陽光の屈折だというのに、ここまでの美しさを作るとは。つくづく地球というのは良い星だ。

 そういえば、この星に初めて来た時もこんな風に夕焼けが空一杯に広がっていた。


「マネル星人アルフ。また空など見上げているのか」

「ん? ヘイアル星人ガドライドか」


 宇宙には、出身星と名前を連結して呼び合うというルールがある。

 俺はマネル星からやってきた、この星の住人から見たら「宇宙人」だ。今は男性の地球人の姿を借りている。

 そして俺に近づいてきた、この女の姿を借りている存在もまた、出身星は違うが友人であり文明保護委員という同業者だ。


「良いだろ別に。空ぐらい見上げても」

「いつもならお前が空を見上げようが何をしていようが構わん。だが、死ぬ間際だというのに空を見上げるだけという感性が分からんだけだ」


 そう表情筋の一つも動かさずに言うガドライド。まあ、表情が動かないのは俺も同じだが。

 だが、もうすぐ俺は死ぬ。死ぬ前に一度くらい、表情という物を作ってみたかったとは思う。

 死ぬ寸前なら普通は、故郷に戻ろうかとかそういう気分にもなるかもしれない。

 でも良いじゃないか。自分が守った星。命がけで守った星の、一番大好きな景色を見て死ぬのも。


「しかし理解できんな。この星の住人のために、宇宙敵性アメーバと戦うなど」

「ああ、そうだろうな。普通はそうだ」

「文明保護委員として正しい選択は、宇宙軍に連絡するだけだった」

「それじゃあ、この星に敵性アメーバが侵入してしまうだろ?」


 俺は数時間前、この星に迫る敵性アメーバという、文明を喰らうアメーバ状生命体と宇宙で戦ってきた。

 文明保護委員という、文明を持ち始めた星を宇宙の脅威から守るために監視する仕事。それの範疇を超えたものだが、後悔はしてない。

 まあ、そのせいで、既に体はボロボロなのだが。


「なあ、ガドライド。見ろよ、あそこの三人の女の子」


 俺は、空から三人の少女に目を落とす。


「あの子たちは、宇宙で何があったかなんて知らずにこれからも生きていく」

「そうだな」

「彼女たち、笑っているだろ? 宇宙に進出した文明が遥か古代に捨てた感情が作る表情だ」


 はるか古代。宇宙に進出した星々の住人は何故か表情を作る感情を捨てた。

 なんでも、個の感情を捨てる事が宇宙に進出するということに適応した結果らしい。

 俺は、そういう宇宙に進出した星の住人としては、かなり感情的な方で、いつも変わり者と言われてきたのだが、この星の住人には負ける。

 この星の住人。その表情。それを作る感情。それらがすべて、言葉にできない感情を掻き立てる。この星の言葉で、愛おしいというのはこういう物なのだろうか。


「この星には、そういう俺たちが捨て去った感情が広がっている。それを守れただけで命を張った理由は十分さ」

「……全く、お前は変わり者だとは思ったが。これほどだったとはな」

「こういう時、この星の住人は苦笑ってやつをするらしいぜ」

「なんだ、それは」


 さて、もうそろそろ体も限界だ。

 俺達マネル星人は、死体が残らない。

 このまま、夕焼けの世界に溶け込む。

 こういう最後か、悪くないな。


「じゃあな、友よ」


 それにたいしての返答は、もう聞こえなかった。


◇◇◇

 何やら、無表情系の美人さんと、空を見上げていた男の人が話始めた。

 何の話をしているのだろうか。なんて、少しだけ気になるが。


「夕花、どうしたの?」

「え? ……ううん、何でもない」

「じゃあ、今日のクラブ活動はここまでという事で」


 まあ、二人との時間よりも優先するほどでは無い。

 さて。名残惜しいけど今日のクラブ活動はこれで終わり。

 三人でタイミングを合わせて、終了の合図を口にしようか。


―――さあ、家に帰ろう!


 こうして私達は家路についた。

 いつの間にか、橋の上にいた二人は居なくなっていたけど、もうその時には興味が薄れていた。

 また、明日からも、ずっと平凡に日々は過ぎていくのだろう。

 また来週も、こうして三人で集まれたらいいな。そう思う。


「ところでさ、夕花。夕花って、宇宙人って信じる?」

「なに? 梨々香。また何か本に影響されたの?」

「あはは。宇宙人なんて、いたら良いなくらいの空想で十分だよ」

「むー、こないだ読んだ本には、宇宙人が……」


ワイワイ、ガヤガヤ。

アハハ、ダヨネー……

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