ドタバタ異世界冒険記~~ファンタジー世界に転生したのでやりたい事やってみた~~

@yuuki009

第1話 お決まりの転生

 そこは、一言で言えば荘厳な空間だった。


 光り輝く真っ白な空間。その一角に、輝く白亜の大理石を使って作ったであろう大きく荘厳な神殿があった。神秘的なその光景を人が目にすれば、『ここは天国か?』と疑ったとしても無理はない。それほどまでに、この世界は現実離れしていた。


 そして実際にここは、『人間界ではない』。そこは『天界』。すなわち神の領域だ。そんな神の領域にある神殿。その最奥では、一人の老人がいた。純白のローブに身を包み、白亜の大理石から削り出したかのような真っ白で荘厳なレリーフが施された椅子に、玉座と見紛うその椅子に老人は腰かけていた。


 更に言えば、老人の背後には無数の人影が控えていた。だが『それ』は人ではない。頭上に光輪を頂き、背に純白の翼を持った存在。『神の御使い』、すなわち『天使』たちである。天使たちは主である神の後ろに控え、直立不動の姿勢を取っていた。


 そして肝心の老人、『神』はひじ掛けに肘を置き、頬杖をつきながら眼前にいる『彼』を見つめている。


 その『彼』、というのは……。





「っしゃぁぁぁぁぁっ!転生だ転生だっ!待ってろよ異世界っ!行くぜファンタジーッ!」


 この荘厳な空気と景観をぶち壊すように、満面の笑みを浮かべながら叫んでいた。それはもう、心の底から感情を爆発させ、喜んでいるようであった。


 その少年の名は、『ワタル』。とある事情から、本来滅多に人が足を踏み入れる事の出来ない、この天界に招かれた珍客である。


 ワタルがこの天界にやってきたのには、とある理由があった。



~~~~事の始まりは今から数十分前~~~


 そこはとある地方都市。ありふれた都市の、ありふれたある日の夕方だった。場所は駅近くの十字路。日も傾き、空がオレンジ色に染まり始めたその時間帯。駅の辺りは我が家に帰ろうと、帰路に就く学生や社会人たち、そして買い物帰りの主婦や、母に連れられた子供でごった返していた。


 駅に向かう十字路の歩道は年齢も職業もバラバラな人たちで溢れかえっていた。皆、駅に向かう為に横断歩道の信号が変わるのを待っていた。

「ふぁ~~~。眠っ」


 そんな中で欠伸を一つ漏らすのは、学生服を着た少年。ワタルだった。

『あ~。早く帰りてぇ。腹減ったなぁ。今日の夕飯なんだっけ?まぁいいや。とりあえず帰ったら飯か風呂だな。夜は、あぁそういやこの前買ってきたラノベ、まだ読んでなかったなぁ。ちょっと読むかな』


 彼はただ、ありふれた事を考えながら信号が変わるのを待っていた。彼は別に、特段変わった男ではない。むしろごく普通の少年。つまりモブだ。優秀な頭脳を持っている訳でもないし、運動神経に優れる訳でもない。女の子からモテモテになるほど整った容姿がある訳でもない。どこにでもいる平凡な学生だった。


 だが、そんな彼の転機は、唐突に訪れた。赤く光っていた歩行者用信号機が切り替わる。と同時に無数の人たちが歩みを進める。信号が赤になった事で車道では無数の車がブレーキランプを光らせながら止まっている。……はずだった。


 その時、信号が赤だというのに1台のトラックが歩道目がけて猛スピードで突進してくる。

「ッ!?に、逃げろぉっ!」

「えっ!?」

「何っ!?」

「きゃぁぁぁぁぁっ!」


 赤信号だというのに、スピードを落とさず横断歩道を渡る人々へと向かってくるトラック。それに真っ先に気づいた誰かが声を上げ、そして瞬く間に人々はパニックになった。暴走トラックから逃げようと、横断歩道を引き返す者。逆に前に走る者。それぞれが咄嗟に行動を取った。


 だが幼い子供は、突然の事に対応出来なかった。

「あうっ!」

 逃げる母の手に引かれていた子供だったが、大人の手か足が子供の頭に当たり、子供は手を放してしまった。

「あっ!?」

 それに気づいた母親が引き返そうとしたが、人の波に揉まれ引き返す事は出来ない。

「う、うぇぇ」


 倒れた時に膝を擦りむいたのか、子供は体こそ起こしたものの涙を流すばかりでその場から立とうとしない。

「に、逃げてぇっ!」

 母親は人の波に揉まれながらも必死に子供に向かって手を伸ばし、必死に叫んだ。その声が届いたのか、子供はヨタヨタと立ち上がった。しかしその動きは緩慢であり、トラックはすぐそばまで迫っていた。


「あぁっ!!」

 母親が青ざめた表情で叫ぶ。と、その時。

「ごめんっ!」

 前に向かって走っていた人の波の中から、流れに逆らうように現れたワタルが、子供の背中を思いきり突き飛ばした。子供はそのまま数歩前に進んでいき、そして何とか人の波から抜け出した母親が倒れこむ寸でのところで受け止めた。


 その姿にワタルが安堵したのも束の間。彼の体は大質量のトラックに撥ね飛ばされ、そのままワタルの意識は途切れたのだった。



~~~~~~~

「ッ!?痛っ!!……たくない?」


 唐突に、途切れたはずだったワタルの意識が戻った。すぐさま彼は飛び起きた。撥ね飛ばされた時の痛み、というには烏滸がましいほどの苦痛に反射的に声を漏らしたワタル。だが、彼はすぐに痛みなど無い事に気づいた。


「んっ!?あ、あれっ!?お、俺今さっきトラックに撥ねられたよなっ!?」

 彼はすぐに、一切痛みを感じていない事に戸惑い自身の体を見下ろす。思わず上着の裾やズボンの裾、しまいにはシャツまでめくって腕や足、腹などを確認するが、ワタルのどこにも跳ね飛ばされた跡は愚か掠り傷一つ無かった。


「ど、どうなってんだ?俺。つか、ここどこだよ」

 突然の状況に彼は戸惑いながらも、答えを求めて周囲を見回した。しかし彼の周囲には霧のようなものが発生しており、彼は周囲に何があるのか全く分からなかった。とその時。


「よくぞ来た。人の子よ」

「ッ!?」

 声がした。ワタルは突然の事に驚いて体を震わせると反射的に振り返った。と、その時風も吹いていない状況の中で霧が晴れた。


「ここ、は……」

 霧が晴れた事で周囲を見回すワタル。彼の目に飛び込んできたのは白亜の神殿と、その奥に座す謎の老人。そしてその背後に控える、人の形をした、しかし一目でただの人ではないと分かる謎の存在。


「こ、ここはどこなんだっ?それに、アンタたちは……」

「ふぉっふぉっ、驚くのも無理はないか。まぁ、まずは順を追って話すとしよう」

 老人は、驚き理解の追い付かないワタルに対して、好々爺とした笑みを浮かべるとそう前置きして話し始めた。


「まず、単刀直入に言おう。人の子よ。お主は今さっき子供を暴走したトラックより庇い、死んだ」

「ッ!!!」

 死んだ、という単語を聞きワタルは息を飲み表情は強張る。

「ほ、本当に?」

「本当じゃ」

「そ、そう、か」

 自らが死んだという情報に、ワタルは肩を落とし俯いた。しかし彼は数秒してハッとなった。

「あっ!そ、そうだっ!あの女の子はっ!?どうなったっ!?」

「安心せい。あの少女は無事じゃ。少し擦り傷を負った程度じゃ。何の問題もない」

「そ、そっか。なら、良かった」


 命を張ったワタルにとって、それは何よりも報われる報告であった。子供が無事だと分かると、落ち込んでいた表情が幾ばくか安堵した物へと変わる。

「話を戻すが……」

 と前置きを口にする老人に、ワタルはハッとなって視線を老人へと向ける。

「お主はあの少女を庇って命を落とした。本来であれば、死した人間の魂は生前の行いから天国か地獄のどちらかに送られる。しかし、お主は特例でここへ招かれた」

「特例?」

「左様」

 老人は頷いた。しかし直後、ニヤリと笑みを浮かべる。しかしそれはワタルを嘲笑うような物ではない。まるで何かを楽しんでいるような笑みだった。


「まぁ、そうさのぉ。お主に分かりやすく言えば、最近のライトノベルのトレンド、とでも言えば分かるかの?」

「えっ?」

 ニヤニヤと楽しそうな笑みを浮かべる老人の言葉に、しかしワタルの理解はすぐには追い付かず、彼は疑問符を浮かべながら首を傾げた。そのまま疑問符を浮かべていたワタルだったが……。


「あっ!?も、もしかしてそれって、異世界転生って奴ですかっ!?ってかもしかしなくても、神様っ!?」

「ふぉっふぉっふぉっ。当たりじゃ」

「マジっすかっ!?」

 答えを当て、驚愕に目を見開くワタルの驚きざまを見て老人、神は楽しそうに笑みを浮かべる。


「本当じゃとも。お主はあの少女を助け、一つの命を守った。故にその功績を称え。お主に異世界転生の選択肢を与え……」

「っしゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 ワタルの反応を楽しむように語っていた神だったが、不意にワタルの叫びが言葉を遮った。


 そして、冒頭へと話は戻る。


「異世界転生ってマジかっ!最近のラノベ好き男子の憧れシチュエーションナンバーワンじゃんっ!はははっ!よしよしよしっ!!」

 満面の笑みを浮かべ、嬉しそうにはしゃいでいるワタル。

「あ~~。おい?」

「にしても転生か~!どんな世界に行けるんだっ!?王道ファンタジー世界かなぁ!いやでもロボットとかが居る近未来SF世界も捨てがたいなぁ!」

「お~い?」

「転生とくれば、やっぱり冒険だよなっ!そうなると出来れば冒険者と言う職業がある世界が望ましいがっ。あぁいやいや高望みはダメだなっ!……でもやっぱ冒険者、やってみたいなぁ」

「………」


 神の言葉など今のワタルの耳には届いていなかった。何度か神が声を掛けるが、ワタルは気づいた様子は無く、一人で妄想に耽っていた。

「ハァ。全く。少しは人の話を聞かんか、バカ者が」


 呆れた様子で神が手を上げると、傍に控えていた天使が手にしていた杖を手渡す。神はただの木を削りだしたような、粗悪な木の杖のような物を手に持ち振るった。すると。


 突如としてワタルの頭上にタライが出現。神が杖を振ると、宙に浮いていたタライが一直線にワタルの頭目がけて落下していき……。


「楽しみだなぁっ!いせか、いぃっ!?」

 未だに妄想に耽っていたワタルの頭に直撃。甲高い音が神殿に響き渡る。

「ぐぉぉぉぉぉっ!?あ、頭割れるぅっ!?」

 突然のタライに、ワタルは涙目で頭を手で覆いながらその場にうずくまる。


「い、痛ぇよッ!急に何しやがるんだっ!?」

「お主が人の話を聞かずに騒ぎ立てるからじゃ」

 涙目で抗議するワタルに、神はやれやれと言わんばかりに息をつく。


「良いか?話を戻すが、お主はこの後異世界へと転生する。新たな世界で、記憶を引き継いだまま新たな生を受ける。そんなお主の願いを一つだけ叶えてやろう」

「願い?それって?」

 ワタルは問いかけながらも、その場に腰を下ろした。

「何でもよいぞ?例えば、ある程度恵まれた、言わば約束された人生を歩みたい、という願いでもよい。女たちを虜にする天性の美貌やカリスマでもよい。或いはあらゆる敵を打ち倒す武具でもよい。何でもよいぞ?」

「も、文字通り何でもかよ。でも待ってくれよ?う~~ん」


 神の話を聞いたワタルは悩んだ。腕を組み、俯き、ウンウンと唸っている。

「どうした?願いは無いのか?」

「いや、え~っとその、無いんじゃなくて。ありすぎて選択に困るって言うか」

「ほう?決められるのと言うのか?それで、お主の願いはなんじゃ?」

 悩み、選びきれない願いにワタルは困惑していた。


「俺の願いは、そうだな。とりあえずファンタジー世界に転生したとして、そうなったらやっぱり冒険者をやりたいなっ!最近のラノベじゃ冒険者なんてド定番なジョブだしっ!あとはやっぱり冒険っ!世界中をあちこち飛び回って、色んな物を見てみたいっ!それに仲間っ!一緒に旅して、一緒に苦難を乗り越える仲間も欲しいしっ!あぁそれに、欲を言えばハーレムも作りたいっ!」


 ワタルは童心に帰った者ような輝く瞳のままに自分の夢、願い、願望を口にしていく。

「やれやれ、とんだ強欲小僧じゃのう。お主は」

 そんなワタルの姿に、神は呆れた様子ながらも、しかし面白そうに笑みを浮かべている。


「じゃが残念ながら、与えられる力や運命はたった一つだけじゃ。それ故に考えよ。もしお主が異世界に渡ったとして、何が一番必要なのかを。生きていく為に必要な物は何かを」

「何が、か」

 もう一度ワタルは考え始めた。


『俺に必要な物ってなんだ?こういう展開の王道はチート能力だったりチートアイテム、チート武器とかだが。うぅん』

「なぁ神様。一つ聞いて良いか?」

「ん?なんじゃ?」

「もし仮に異世界に行くとしたら、一番必要な物って何かな?」

 自分で考えても答えが出なかったからか、ワタルは目の前の神へと問いかけた。

「一番必要な物、のぉ。まぁ一番は戦闘力、つまり戦う力じゃろう」

「戦う力かぁ。確かにそうだなよなぁ」

 答えを聞いて、ワタルは納得したように頷く。


『確かに戦う力が無いと、モンスターとかが居るファンタジー世界じゃそもそも生き残れない、か。じゃあ次の問題は、『どんな風に戦う力が欲しいか』、だけど』

 と、今度は更なる話題に彼は頭を抱え始めた。


『刀とか槍?聖剣とか聖槍とか?いや無理だわ。刃物なんて包丁とかカッターナイフくらいしか握った事無いし扱えるわけねぇ。弓?いや俺弓道の経験無いし剣とかと大して変わらないわ。無し。となると俺が知ってそうな武器ってなると……。銃?』

「あっ」

「ん?どうした?」


 ふと、声を漏らしたワタルに神が気づいて声を掛けた。

「あ、え、え~っとですね。ふと思ったんですけど。例えば銃の形をした凄い能力の武器、とかって無いですかね?」

「ふむ。銃の形をした武器か。無い訳ではないが、なぜそんなものを求める?」

「……俺には、剣や槍、弓なんて扱った経験は無いし。魔法への憧れが無いって訳じゃないけど、実戦じゃそんなことも言ってられないし。その点、銃なら遠距離から攻撃できるし、当たれば威力に俺個人の技術とか、関係ないからさ。だから、銃みたいな武器が欲しい」


 戦う技術など持たない自分への、自虐のような笑みを浮かべるワタル。しかし彼は最後に真っすぐ神を見つめながら、武器が欲しいと語った。


「良かろう」

 すると神はワタルの言葉に頷き返すと、手にしていた杖の石突で床を叩いた。甲高い音が神殿の中に響き渡る。直後、ワタルの目の前の床が丸くくり抜かれ、その下から円柱のようなものがせりあがって来た。突然の事に思わず立ち上がるワタル。


「な、何だ、これっ?」

 そして立ち上がったワタルは、円柱の上に置かれていた『それ』を目にして戸惑っていた。

「これ、銃、だよな?」

 円柱の上に置かれていたそれは、拳銃だった。

「なぁ神様、これって?」


「その武器の名は、『魔弾銃』」

「魔弾、銃?」

「左様」

 武器の名を聞き、ワタルはマジマジと円柱の上の拳銃、魔弾銃を見つめる。


「どうだ?手に取ってみるか?」

「えっ!?い、良いのっ!?」

「構わん構わん。お主が望めば、それはお主の武器となるのやもしれぬからのぉ」

「あ、ありがとうございますっ」


 彼にとって予想外だった提案に、ワタルは頭を下げるとマジマジと魔弾銃を見つめる。しかし日本に生まれたワタルには、本物の銃に触る機会など無かった。故に彼は緊張した様子で、冷や汗を流しながら震える手で魔弾銃を手に取った。

「す、すげぇ、本物だ……っ!」

 ワタルは緊張しながらも、本物の銃を手にしている興奮から自然と笑みがこぼれていた。更に手にした魔弾銃を見つめ、触れている。


「さて、その魔弾銃についての説明があるのだが、聞くかね?」

「ッ!はいっ!」

 興奮した様子のワタルの傍に立つ神。神は彼の返事を聞くと、円柱の上に置かれていた銀色の弾薬を一つ、手に取った。


「その魔弾銃。見た目はお主らが暮らしていた現代において使われていた、中折れ式、とか言う構造の拳銃と同じじゃ。装填できる弾は1発だけじゃが、そもそも装填する弾が普通とは違う」

「うんうんっ!」


 ワタルは興奮した様子で、神の言葉を一字一句聞き漏らすまいと言わんばかりにその言葉に耳を傾けていた。

「魔弾銃が扱うこの弾、『カートリッジ』には魔石と呼ばれる鉱石が収められ、また同時に内部には無数の魔法が彫り込まれている。魔弾銃を扱う時、より正確に言うのであれば相手に向かって発砲する時。持ち主が引き金を引くのと同時に、持ち主内部の魔力をカートリッジ内部の魔石が吸収。増幅し、その増幅した魔力を元に魔法を発動する」

「成程っ!つまりこいつは、魔法と銃を掛け合わせた武器、って事かっ!」


「その通りじゃ。魔法にはいくつかの属性があってのぉ。この魔弾銃には8つのカートリッジがあり、それぞれが、火、水、土、風、雷、光、闇。そしてそれらに分類されない無属性にそれぞれ対応した1発がある。ほれ、貸しなさい」

「あ、は、はいっ」

 差し出された手におずおずと魔弾銃を渡すワタル。


「例えばの話、火属性の魔法を発動したければ、火の属性に対応したカートリッジを装填する必要がある」

 そう言って神は、魔弾銃のハンドガード部分と一体化しているレバーを軽く引いた。するとヒンジを起点として銃身が折れ曲がり、薬室が姿を現す。そして神様はそこに、銀色の本体に赤いラインが引かれている火属性のカートリッジを装填。銃身を戻した。


「こうしてカートリッジを込め、この撃鉄を起こせば、準備完了じゃ。まぁ、詳しい操作方法などは転生の時にでも、お主の頭の中に入れておいてやるので心配ないが、どうじゃ?」

「ほ、欲しいですっ!俺これが欲しいですっ!」

 ワタルは一切迷いのない表情で真っすぐ神を見つめながら叫んだ。


「ふぉふぉふぉっ、迷う様子を一切見せぬとはのぉ。よほどこの魔弾銃を気に入ったと見える」

 そんな迷いのないワタルの姿を見て面白そうに笑みを浮かべる神。

「ならばよかろう。この魔弾銃が、お主の来世における相棒となるだろう」

 そう言って神は手にしていた魔弾銃を円柱の上に置いた。


「が、しかし人の子よ。お主に言っておく事がある」

「な、何でしょうか?」

 神は真剣な様子でワタルを見つめ、彼もまたそんな視線に驚き、戸惑い、少し怯えた様子で問い返した。

「先ほど説明した通り、魔弾銃は持ち主の魔力を吸収、増幅して魔法を放つ武具じゃ。それ故に魔弾銃を扱うには相応の魔力が必要となる。いかに魔弾銃が強力であろうと、それを扱う者が有象無象であっては、宝の持ち腐れと言う物。故に、お主は異世界に転生したあと、自らを鍛えるのじゃ」

「き、鍛える、ですか?」

「左様」

 神は静かに頷くと、話を続けた。


「魔力とは、人型種族に宿る精神エネルギーとでも言うべき物。そしてこのエネルギーは人の年齢や肉体の健康度合いに比例して大きくなる。つまり、屈強な肉体や精神であれば、それだけ大量の魔力を収める器となるだろう。逆に怠惰で自堕落、早い話まともな運動も出来ない者であれば魔力の総量などたかが知れているという物じゃ」

「つまり、魔弾銃を扱うのにも相応の肉体が必要、って事ですか?」

「左様。まぁごく普通に暮らしているのであれば、扱う事自体は問題ないであろう。しかし豊富な魔力があれば、それはつまり発動できる魔法の数が増えるという事じゃ」

「じゃあ俺自身が強くなって魔力量が増えれば、それに比例して魔弾銃で色んな魔法が使えるって事ですか?」


「その通りじゃ。そして、お主の転生直後。お主の手元に魔弾銃は無い。お主が異世界に転生し、そしてある程度魔弾銃が扱えるレベルになったその時、魔弾銃はお前の元へと現れる。そうなるように、運命を決めておく」

「ッ!はは、すげぇっ。すげぇドラマチックな展開ですね、それっ!」

 惹かれ合う運命、とでも言うべき話に、そういった類の事が大好きなワタルは驚きながらも楽しそうに笑みを浮かべている。

「好きじゃろ?こういう話は」

 そんな彼の反応を予想していたのか、神はニヤリと楽しそうに笑みを浮かべる。

「あぁ、もちろんだっ!」

 そしてワタルももちろん、満面の笑みを浮かべながら頷いた。


「ふぉっふぉっふぉっ。ならば決まりじゃのう。お主はこの後、異世界へと転生する。そしてお主は自らを鍛える事じゃ。体を鍛え、魔弾銃を扱うに足る男となった時、この魔弾銃はお主の前に現れるであろう。これで、良いな?」

「もちろんっ!」

 神の言葉に、ワタルは楽しそうに笑みを浮かべていた。


「目標があるのなら、何をするべきか簡単に分かるから良いっ!とりま、まずは自分を鍛えるとこからだけどなっ!」

「ふぉふぉっ。まぁそこまで気負う事もないであろうが。いずれにせよ、冒険者などと言う危険な仕事に身を置くのであれば体力は必要であろうからのぉ。精進する事だ、人の子よ」

「うっすっ!!」

 ワタルは自信の覚悟を表すように、真っすぐ神を見つめながら気合に満ちた声で返事を返す。



「さて、ではお主に与える力は決まった。ならば早速、転生の儀を始めるとしよう」

 神はそう語ると、手にしていた杖の石突で床を叩いた。コーンと言う甲高い音が響いたかと思うと、ワタルの足元に虹色の魔法陣が現れた。

「これってっ!?」

≪人の子、ワタルよ≫

「ッ、は、はいっ!」


 ワタルは最初、戸惑っていた。しかし神から声を掛けられた彼はすぐに気を付けの姿勢で答えた。なぜなら、今の神の言葉は、好々爺とした老人の物ではない。


 それはまさしく、人など優に超越した存在、超越者としてのオーラを纏った神からの言葉だったのだ。今までとは明らかに違う存在を前にしたワタルは緊張感から冷や汗を流し、直立不動の姿勢で神と向かい合う。

≪汝に力は与えられるだろう。しかして人の子よ。汝に最後の問いを。人の子ワタルよ。汝は与えられた力で、何を成す。何を目指す≫

「俺は、俺は……」


 正真正銘、神を前にした緊張感でワタルは冷や汗を流し、口の中はカラカラだった。最初、彼は上手く答える事が出来なかった。だが。


≪汝の願いは、何だ?≫

「俺の、願い。それは……」

 ワタルの脳裏によぎった願い。それは、ある日の何でもない日常の中で願った夢。決して叶う事のない夢物語だと思っていたもの。現実味のない空虚な理想だったもの。


「俺の、願いは……」

 神のオーラ、そのプレッシャーに負けないようにと、ワタルはこぶしを握り締める。そしてキッと真っすぐ神を見据え、そして叫んだ。


「俺の願いは、『異世界に転生する事』だっ!異世界に言って、見た事もない物を見てっ!触れてっ!そこでしか出会えない仲間と出会ってっ!ピンチだって仲間と乗り越えてっ!世界中旅してっ!ハーレムだって作りたいっ!」

≪なんと強欲な事よ。それらすべて、叶えたい願いと言うか?≫


 神は、どこか試すような、咎めるような口調でワタルに問いかける。

「あぁっ!」

 それに対してワタルは、真っすぐ神を見据えながら力強く頷いた。

「それが俺の願いだっ!例え神様から強欲と言われようと、俺の願いっ、俺の理想っ!俺の『夢』だっ!他人からどう思われたとしても、俺は俺の夢をかなえるっ!それだけだっ!」


 ワタルは神に対して、吠えるように、叫ぶように自らの意思をぶつけた。すると神は……。

≪ふ、面白い男よ≫

 神としてのオーラ、プレッシャーを放ちながらも先ほどまでのような、好々爺とした笑みを浮かべていた。


≪ならば人の子よ。新たな生、思いのままに過ごすがよい≫

 その言葉と共に、神は杖でもう一度床を叩いた。

「ッ!?ま、眩しっ!?」

 するとワタルの足元にあった魔法陣が強い光を放ち始めた。ワタルはその強烈な光に目をふさぎ、手で顔を覆う。しかし次第に、意識までもが光に飲み込まれるように、薄れ始めた。


 そして完全に意識が途絶えかけた時。

≪汝の新たな生に、幸が在らん事を≫

 それは神からの祝福の言葉だった。その言葉を耳にしたワタルは、そこで意識が途絶えた。



 これは、異世界転生に憧れた少年が、何の因果か異世界へと転生し、そして自らの夢を、数多の願いを追いかける物語。 その、第1ページである。


     第1話 END

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