モブ冒険者だった俺だが、最後の意地くらい通してやった 

ギル・A・ヤマト

その男は勇者ではなかった。でも彼女の大切な人だった。

 部屋には二人の男がいた。

 それぞれ絵本と剣を持っている二人が。


 「それを持ってきてくれたのは感謝する。ただ……」


 絵本を持ちベットに座っている男の姿は醜悪だ。

 魔王から受けた呪いによって、王国一の美男子と呼ばれた大賢者が、体半分だけ肉が腐った化け物の様な姿になっている。


 だがもう片方の男は気にせず真剣に大賢者を見るだけで、大賢者はボロボロの絵本を大切に開きながら話を続けた。


 「一つ条件がある。いいか?」


 条件。男が今から倒しに行く相手と共闘する条件だ。

 彼の人生を殆ど捧げて、倒せないかもしれない強敵で、同時にそれ以上に大切な相手。


 そんな奴と戦いに行く男は、どんな条件でも応えて見せようと大賢者の問いに頷いた。


 特別な素材か莫大なお金か、はたまた絵本の様に特別な試練でも来るのかと男は身構えるが……


 「お前の話が聞きたい。あの子と出会ってからの話を」


 簡単な条件だった。

 大賢者が口を閉じてどれだけの時間が経ったのだろうか……短い様で永遠に続くとも思った沈黙は男の声で終わりを告げる。






 「分かった。話すよ。俺がただのモブだって話を」









 これは一人の男が命をかけて、最愛の人を取り戻す話だ。









 俺はとある村で生まれた少し強いだけの村人。

 そう理解するのに生まれてから十数年かかった訳だが、小さい頃は主人公だと信じてやまなかった。


 物語に出て来る強くてカッコイイ主人公になれると俺は思っていた。

 その幻想はとっくの昔に砕け散ったが。



 「大丈夫か、魔物なら追い払ったぜ!」



 出会いは村の外で魔物に襲われている子供を見つけた時だった。

 魔物は幼かったから追い払う事は簡単だった。


 俺にとっていつもの日常。

 ただ違ったのは、


 「……ありがとう! うぇぇ〜〜〜ん!!!」


 助けた子が絶世の美女だった事。

 眩しいと錯覚するほどに綺麗な金髪。

 彼女のブルーアイからは全てを見通す様な神聖さすらある。その美貌だけで田舎暮らしの僕には衝撃的な出会いになった。

 

 「き、君の名前は……?」


 気がついたら顔を真っ赤にして名前を聞いていた。

 彼女はキョトンとして、すぐ笑顔になって答える。


 「私はマーニャっていうの、よろしくね!」


 こうして後に人類の敵になる勇者と俺は出会った。







 

 「勇者ごっこ?」

 「うん!」


 出会ってから数ヶ月が経つ間、俺達は毎日遊んでた。

 最初は追いかけっこみたいな子供遊びだったけど、その日はマーニャが勇者ごっこしようと言ってきた。


 片手に絵本を持って。


 「それ勇者の絵本じゃん」

 「読んだことあるんだ。私この勇者みたいになりたいなって思ってるの!」


 それで自分は「あぁ……」と一人納得する。

 その気持ちはよく分かる。俺もその本を読んで同じ気持ちになったから。


 しかし──


 「鼻で笑った!?」


 俺はこう思った。

 女子が勇者を目指すとは……と。


 勿論これは俺が愚かだ。

 絵本の主人公は最初から勇者と呼ばれていない。

 魔族と戦ってから勇者と呼ばれた訳だから性別は関係無い。


 恐怖に打ち勝って魔族や魔王自分より強い奴と戦う者。それが勇者なのだ。


 「おかしいなら私と勇者ごっこ勝負よ!」


 ほっぺを膨らませながら子供用の剣をこちらに向けてそう宣言するマーニャ。

 それに対して俺も同じ物を持って自信満々に言う。


 「いいぜ。お前の本気、見せてこいよ」










 「降参です……」

 「勝ったー!」



 すぐ後にボロ雑巾になった男と、汗ひとつかいてない少女がいたとか。

 マーニャはメチャクチャ強かった。













 「ぁ……か、返して!」

 「やーだ、嫌ならその化け物の力使ってこいよ!」

 (なんだあれ)


 それから数日後。

 いつもの場所でマーニャが男子三人にいじめられてた。まあやる事は一つだ。


 「いじめてるんじゃねぇ!」

 「グヘェ!?」


 まずリーダーらしき男に体当たりをかます。


 「あ、アニキー!?」


 後は悲鳴をあげる二人にまだやるのかとガンを飛ばすと顔を青ざめて逃げていった。リーダーを連れて。


 「弱い奴にしか威張れないのか? 情けな……ってそれよりもだ」


 事態は治ったが気になる点が一つできた。

 マーニャがいじめられる理由。そもそも彼女は村で一番強い。だからイジメとは無縁だと俺は思ってた。


 でも振り返って見れば……


 「なんでやり返さなかったんだ?」

 「…………だ、だって人を傷つけたくないもん」

 

 そこに優しい少女がいた。


 「………………」


 マーニャの言葉に俺は困る。

 それが正しいかその時の俺には良く分からなかった。

 こっちが反抗しないと相手が調子に乗るだけだと思う。けどマーニャのすごい力を自由に使うのも良くないと思った。


 だから俺は──


 「優しいんだなお前」

 「………………」


 否定でも肯定する訳でもなく純粋な気持ちを言った。

 そしてマーニャが持っている筈の物が無いことにも気付く。


 「絵本は?」

 「え! ……えっーと、忘れちゃった」


 嘘だ。白馬の王子様に憧れる少女のように勇者の事を話すマーニャが忘れる筈が無い。

 そこで俺は三人組がマーニャから何か奪っていたのを思い出す。


 (絵本を取りやがったなあいつら)


 マーニャが大切に持っている物を奪うなんて許せん。


 「……ちょっと待ってろ」

 「え、何するの? ……ダメっ、危ないって!」

 

 アイツらが逃げた方へ行こうとする俺をマーニャが手を掴んでくる。

 でも俺は止まらない。止まるわけにはいかない。


 「危険だからって諦めなかったぜ。勇者は」

 「ぅ……!」


 絵本の勇者はとても強いが何度もピンチになっている。魔物が人質を取ったり色々な方法で勇者を追い込んだからだ。


 でも勇者はどんなに危険でも諦めなかった。


 それはマーニャも分かっているからか掴んだ手を離して、歩いて行く俺を黙って見つめたままになった。














 「ごめん。時間掛かっちゃった……イテテ」

 「……その怪我」


 それから数時間後。

 僕はたくさんケガしながら帰って来た。正直痛いけどそれよりやる事がある。


 「ほら」


 僕は絵本を渡してマーニャは静かに受け取った……はずだが、顔を俯いた直後からすごい肩とか腕とか揺れてる。


 「あ、え……大丈夫?」

 「ぁ……ぁ……」

 「……あ?」


 心配になった僕がもう一度顔を覗こうとしたその瞬間。

 

 「ありがとうぅぅぅぅぅぅ!!!!!!!!」


 涙や鼻水をダラダラにして俺へ抱きついた。

 服が鼻水だらけになったのは余談です。












 


 「さっきはここの事を言ってたの?」

 

 涙を流し終えたマーニャは絵本のとあるページを指差す。

 それは闇に囚われたお姫様と、彼女を取り戻す為に現れた勇者が描かれた、俺もお気に入りのページだった。


 「ああ」


 絵本に描かれているお姫様は勇者と恋人の仲だったのだ。それも魔王を倒した後に結婚を約束するくらいには。


 だがそんなお姫様に魔の手が迫ってしまう。

 魔族の手によってお姫様は洗脳されてしまい、人質になってしまった。


 けどお姫様を愛している勇者は、使闇に堕ちた姫様を助けたんだ。


 それがこのページでの出来事で、自分が勇者になりたいと思ったページでもある。


 「ここで勇者がお姫様に駆けつけるの見て、スッゲーカッコいいって思ったんだ」


 初めて読んだ時に僕はこの勇者に憧れた。

 そこに深い理由なんて無い。



 ただかっこいいから。



 そんな誰でも一度は思ったことのある気持ちで勇者になるんだと決めた。


 「……私もここで勇者になりたいって思った」


 泣き顔は潜め、マーニャは笑っている。

 夕方の優しい風が彼女の綺麗な髪をなびかせ、暖かさを感じる赤い日差しと、影の中で輝くブルーアイの光景は一つの風景画として完成されていた。


 「…………」


 夕方の淡い明るさとマーニャの優しい笑顔も相まってそれはそれはとても綺麗だった。


 そしてその横顔に……俺は惚れてしまった。


 急に顔が熱くなり彼女に向いていた視線を逸らすが、マーニャはそんな事知らずに話を続ける。

 

 「私は生まれてからずっと、凄い力を持ってるんだ」

 「そ、そうだな。……お前凄く強いし…………って、え!?」


 マーニャが急に俺の手を掴んで情けない声をあげてしまうが、彼女は気にせずに目を閉じて何かを祈る様に彼女自身の手に力を入れる。


 すると周りが光だした。


 地面の草が、近くの水が、空気が、そして彼女から小さな粒子が浮かび上がる。

 俺は一体何をしようとしているのか聞こうとして異変に気づいた。


 傷が消えていく。

 痛みも数秒すれば引いて完治した。

 

 「スゲェ!」


 絵本に描かれているような力を見て俺は興奮するが彼女の顔は暗い。

 まるでこの力をよく思っていないかの様に、彼女の顔には影が差していた。


 「昔からこんな事が出来るんだ私。これだけじゃなくて勇者ごっこの時みたいにすごい力も出せる。前に大きな魔物が村に現れた事があったでしょ?」


 ああ、確か魔物が入って来たのは聞いた事がある。ただすぐに倒されたって聞いたけど……


 「まさか」

 「私が倒したの。この力で」


 純粋にすごいと僕は思った。けど……


 「ならなんでイジメを受けてたんだ? わかんねぇ」


 今の話を聞いていると辻褄が合わない。

 なんで人を助けたのに感謝もされずイジメられなければならないのか。

 僕の言葉に彼女は少し寂しそうに言う。


 「魔物を倒した時に腕が変な風に曲がったり、目とか傷付いてて……それをみんなの目の前で治したらあんな風になったの」




 『化け物の力使ってこいよ!』




 (…………)


 更に苛立ちが増した僕は無表情になる。それをマーニャは信じていないと勘違いしたのか──


 「……私の体だって傷つけてもすぐ治るんだよ。こんな風に」

 

 近くに落ちていた尖った石を持って、そのまま腕を刺そうとした。


 (あっぶな!?)


 それを黙って見過ごす僕じゃ無い。石が腕に刺さる直前でなんとか手を止めた。たが……


 「なんで止めたの? 私は化け物だし、別にこんなの大した傷じゃないよ」


 彼女は不思議がるだけだ。

 わざとらしく言ったわけでもなく、本当に当たり前の様にそんな事を言ってきやがった。


 良くない。


 マーニャが今までどんな事されたか知ってる訳じゃ無いけど、その考えは間違ってるっ言わないと。


 「目の前で怪我する奴を止めないバカがいるか。治るって分かってもそんなことする必要ねぇ」

 「でも私は化け物だよ? みんな私の事避けるから村の端っこで絵本を読んでたし……」


 ああめんどくさい!


 「お前は化け物じゃねぇ!!!」


 大きな声でマーニャは口を閉ざす。

 ……よし。ここから強引に納得させてやる!


 「化け物はただ力を振りかざすだけのやつだ!」


 絵本でもマーニャみたいな凄い奴はいた。

 敵にも味方にも。勿論勇者だって同じ。でも化け物と呼ばれた奴はだいたい敵で共通点もあった。


 「スゲェパワーで周りに迷惑かける奴が化け物。でもお前は違うだろ?」

 「え、でも「違う。マーニャは言ってた。人を傷つけたくないって」……」


 正直こんな話は初めてだし不安はある。

 けど僕は勇者になりたいと思ったんだ。勇者はどんな奴か、それはいくらでも考えたからマーニャの優しさと勇者の優しさは一緒だって俺は思う。


 「マーニャは優しいじゃん。そんな奴が化け物なんてありえねー。誰が言おうと僕が言ってやる。お前は化け物じゃなくて優しい奴だって」


 よしQ.E.D。これなら納得してくれるだろうと自信満々にマーニャを見てみるが──


 「って泣いてる!? げ、ミスっちまったか!?」


 メチャクチャ涙流してた。

 口を半開きにして静かに涙を流す姿に僕はオロオロするが次第にマーニャが笑い始めた。


 「違う違う……こんなに褒めてもらったの初めてだから」

 「あぁ、それは良かった。……良かったのか?」

 「えへへ……」


 頭は混乱しているがとにかくマーニャは良いらしい。それならOKだ。


 あ、いやまだ聞かないといけない事がある。


 「……これからどうするだ? 勇者目指すんだろ」

 「うーん……」


 そうこれだ。

 一歩目がダメだったから変な方向へ行っちゃったけど、元々マーニャは勇者を目指して人助けしたんだ。


 「……うん。イジメられてたけど仲良くしたい。『誰でも間違いはある、大切なのは間違いを認めてもっと良くする事だ!』って勇者も言ってたし」

 「優しいなお前」


 カッコよく言ったマーニャに僕は呆れた。

 僕だったらこうはいかないだろうなと思いながら、考えていた事を口に出す。


 「じゃあ手伝う」

 「え、いいの?」

 「勿論。もう友達だしな」

 「…………友達」


 勇者になりたいって言うのは僕も同じだし、何回も遊んだ仲だから手伝わない選択肢は無い。

 

 「とにかく人助けだな。マーニャがいい奴だってみんなに教えてやらないと……」

 「……ねえ」

 「……どした?」


 振り返ると何故がマーニャが頬を赤くしていた。


 「ええと、いきなりなんだけど…………もし私がピンチだったら……助けてくれる?」

 「……ん?」


 質問は唐突だった。

 どうしてその質問をして来たが分からない。

 けど答えは分かりきっていた。




 「勿論、ピンチになったらいつでも何処へでも駆けつけるぜ。それが勇者だからな!」





 「……ふふっ。分かった」


 その時のマーニャの笑顔はすごく綺麗だと幼いながら俺は思った。







 ……ああでも。

 今のアイツはどんな顔してるんだろうな。

 


 

















 それから村の皆んなと仲良くなる努力をしながら、勇者ごっこをする日々を過ごした。




 「よぉーしマーニャ、今度こそ勝つ!」


 そう言っていつものようにボコされたり。




 「ありがとねぇ、大工の手伝いしてくれて」

 「これぐらい大した事ないです!」

 「(なんで丸太を軽く運べるんだよ……)……よし僕だって運んでやる!」

 「あっそれは!?「ぎゃああああ!!!」…………」


 自分も馬鹿でかい丸太を持とうとして怪我をしたり。




 「ハァハァ……クソ、マーニャに……勝つまで、後ちょっとだったんだけどなぁ……」

 「ふぅ〜危なかった。あと少しで負けるところだったって…………うわぁー!? しっかりしてー!?」


 激戦を繰り広げたのは良いものの、疲れすぎて気絶したり。





 勇者ごっこでマーニャに勝つことは無かったが、彼女のクセを読んでいい所まで行った時もあるし充実していた。

 はっきり言って幸せな日々だった。そしてこれはずっと続くんだろうなって俺は思っていた。








 ──マーニャに拒絶されるまでは。








 「ハァ、ハァ……。く、来るな……!?」



 それから数年経って村に魔物が入ってきた。

 最初に相手にした雑魚ではなく……その数倍大きい死神が。


 「ガァァァア!!」


 ソイツは手始めに近くにいた大人達を、そして襲われる俺を庇ったをなぶり殺した。

 なぶり殺した時の血が顔にどっぷりとついて、僕は恐怖で何も出来なくなった。

 後ろには人が住んでいる家があって、ここで戦わないといけないと分かっているはずなのに。

 

 「助けてくれぇ!!! 助けてよぉ!?」


 そこに勇者に憧れた僕の姿主人公は無かった。

 ただ怯えて何も出来ない普通の男の子モブが居ただけだ。


 何度叫んでも状況は変わる訳もなく、死神はズシン、ズシンと重い足でこちらに迫ってくる。


 「あぁ、あぁ……!」


 そして悲鳴をあげることさえ出来なくなっていた俺へ魔物が赤い手を振りかざし──



 ──死神の鎌が来る事は一生無かった。


 「……大丈夫!?」


 僕の前に一人の女の子主人公が立つ。

 そして剣を一振りして、魔物の上半身を吹き飛ばした。

 

 「ぁ……あぁ」

 


 思い知らされた。

 何も出来なかった自分は物語に出てくる脇役ですらない、ただのモブだったんだと。









 そこからは色々あった。


 王国という所から騎士団達が現れて、マーニャが占い師と言われた人に行って、彼女が勇者だと判明して。


 まあ勇者なのは分かってた。

 勇者ごっこのでは凄く強かったしあの力を見れば薄々勘付いてはいた。


 問題なのはその先だ。


 マーニャは魔王を倒す修行をする為に王国の首都であるマガラ王都へ行くことになったらしい。


 その事を聞いて僕は着いていこうと思った。

 今すぐじゃ無い。マーニャと俺の間には大きな隔たりがある。だから今以上に修行して知識とか単純な戦闘能力以外の部分も伸ばしていく。


 だからこう言った。


 「凄い時間が掛かるけど……もし僕がマーニャの隣に立てる資格を持てたら、その時は──」


 ──お前と一緒に冒険していいか?


 そう彼女に伝えて──


 





 「…………来ないでいいよ。ずっと」





 

 拒絶された。






 「な、なんで」

 「…………………だって弱いじゃん」




 そう。これは絵本の世界じゃなくて現実なんだ。

 所詮モブでしか無い俺は勇者のすぐ近くで活躍する訳がなくて、誰も知らない所で消える運命。



 分かってた。自分が弱いことぐらい。


 分かってた。マーニャは俺が持ってない物を持ってるって。



 でも、



 「ふざけんなよ……だったら証明してやるよ! いつもの勇者ごっこでな!」



 俺にだって意地はある。

 こんな事実を突きつけられて、はいそうですかとすぐに諦めるものか。


 心に激しい苛立ちを添えながら、俺は子供用の剣をマーニャに向ける。


 「勝負しろマーニャ! それで勝って、僕がお前の隣に立てる奴なんだって認めさせる!」

 「…………分かった」




 確かにこれは現実だ。絵本じゃない。なら僕にだってやれる事はある筈だ。

 だって現実に生きてる人は誰にだって人生がある。


 


 なら僕だって──




 「やっぱり……私が勝ったね」

 「……クソッ、クソッ!」


 握りしめた拳で地面を何度も叩く。

 悔し涙を流す哀れな俺をマーニャは見る事もなく去っていくだけ。

 心の余裕の無い俺が勝てるわけがなかった。

 

 「……これで終わり。もう関わらないで、ずっと」


 マーニャは最初、剣さえ持っていなかった。さっきの僅かな攻防だって端から見れば雑で不細工な戦い方に見えただろう。



 ──そんな酷い戦い方をしたマーニャに僕は完敗した。



 それが俺とマーニャの苦い別れの記憶。

 マーニャは勇者主人公で俺はその隣に立つこともないただのどこにでも居る人間モブだと思い知らされた嫌な過去だった。








 それから俺とアイツは離れていく一方だった。




 俺が二年経ってから冒険者を始めた頃にはマーニャは

歴代最速で強大な魔物を討伐した。人類で初めて魔王の幹部である魔族を倒したと、数々の逸話を残していった。


 俺が一歩進む度にマーニャは二十歩も三十歩も進んでいる。


 マーニャが王都に行ってから、修行は終わったそうだし、やっぱりアイツは凄い奴だったんだ。


 歴代最高の勇者だと彼女はそう言われた。



 そして彼女の冒険が始まって一年すぎた頃……王国は魔王討伐に出た。


 今回の勇者は誰も倒せなかった魔族を倒している。

 実力は折り紙つき。

 その上今回は大賢者と聖女までついている。

 勇者と同じく選ばれたものにしかなれない存在。

 

 勇者と大賢者と聖女の三人。


 これまでに無いほど戦力が揃った王国は魔王討伐隊を魔大陸に送った。

 誰も不安だと思わなかった。彼女らならきっと人類の悲願を叶えてくれると確信していた。


 それで俺が陰でコツコツ頑張って来た努力も無駄に終わり、マーニャはいつもの様に──







 





 「どうしたんだい?」

 「昔の事を思い出してた」

 

 暗い部屋に一つのテーブルと二つの椅子。

 俺は椅子に座っていて、反対側の椅子には母さんが座っている。

 ボーッとしている俺を見て声をかけてきたんだろう。

 あまりの事態に心が病んでいないか心配して。


 「あの子の事かい?」

 「…………あぁ」


 マーニャと別れてから約二年以上。冒険者をしていた俺はとある理由で久々に我が家へ帰っていた。

 俺はそこからは何も話さない。

 ただ母さんは下を向いたまま言葉を溢す。


 「そりゃ思い出しちまうか……勇者様が、マーニャちゃんが闇に堕ちたってなりゃあ」



 勇者が負けた。



 魔王討伐隊が出てから数ヶ月後、帰って来たのは血だらけになった大賢者だけだった。


 王都にある緊急時しか使われない転移魔法が起動して、駆けつけてみれば死にかけの大賢者。

 そして彼以外に帰って来た人は居なかった。



 討伐隊を送った結果が全滅。それが唯一の帰還者である彼から伝えられた事だ。


 ただ一人だけを例外に。


 大賢者が傷を負った原因である勇者マーニャだ。

 彼女は魔王の手によって洗脳され、人類最悪の敵になってしまったのだ。




 


 聖女が己を犠牲にして勇者を封印したから彼女がすぐ来るわけでもないし、魔王も勇者との戦いで大怪我を負ったから攻めてくるわけでもない。

 だが魔物達の侵攻は激しくなるだろうし、大賢者の予測が正しいなら一年も経てば魔王達も復活する。


 「あんたが冒険者になってまでやってたそれどうなったんだい?」

 「ん……お金の事か? それなら充分持って来ただろ」


 闇に堕ちていきそうな俺の意識が母さんの声で戻る。

 マーニャに拒絶された後、俺はずっと引きこもっていた……かと言われるとそうでは無かった。


 僕の家は元から貧しかった。

 俺が小さい頃は父さんが頑張ってくれたが、父さんが死んでからは母さんが一人で頑張っていた。

 でもそれだけでは生活できない。だから俺は冒険者になって金を稼いでいた。今も後ろを見ればお金になりそうなものがゴロゴロしている。


 だから問題はない筈だけど……


 「違うよ」


 母さんは否定した。


 「金の事は本当だろうし私も凄く感謝してるさ……でも隠し事してるだろ?」


 母さんは気づいている。

 俺が冒険者になったのはお金だけじゃなくて絵本にもあるだろうと。


 「マーニャちゃんと別れてもまだ夢は諦めてなかっただろ? 聖剣を探すほどなんだから」


 ……まあそうだ。

 俺は聖剣を探すために冒険者になった。


 聖剣。


 勇者が最強である理由の一つで、そうでありながら昔に姿を消してしまった最強の剣。


 ずっとそれを探していた。

 なんで探してたのか俺も正直分かっていない。この剣を俺が手に入れてもマーニャに勝てるとは思えないし。


 きっと俺は中途半端だったんだ。目的も分からずに絵本と関連があるだけでこんな事をしていた。


 ただ今は──


 「その聖剣は確か、勇者がお姫様を救うために使ってた奴じゃ無いかい」

 

 意味がないと思っていた行為に意味ができてしまった。


 お姫様は闇に囚われて勇者はその聖剣を持って闇を浄化した。もし聖剣が絵本通りの力を持っているなら、マーニャに巣食う闇を消す事ができるかもしれない。


 小さい頃、寝る時に母さんはこの本を読み聞かせていたからその事に気づいている。


 けど……


 「でもどうやって勝てばいいんだよ」


 モブが聖剣を持ってもマーニャ主人公には勝てない。別れてからも俺とアイツの間にあった隔たりはもっと大きくなってる。


 そもそも聖剣自体見つかってない。魔王が侵攻していて余裕がないのもあるが王国でさえ見つけてないんだ。

 都市伝説みたいにあるかもと噂されているだけで実際に存在するか分からない。

 それに見つけたとして、俺が聖剣を持ってアイツに勝つ?


 そんな理想はもう見ない様にして来たんだ。


 「けどアンタ。マーニャちゃんが傷ついた時は誰よりも先に駆けつけてたじゃないか」



 なのに、



 『勿論、ピンチになったらいつでも何処へでも駆けつけるぜ。それが勇者だからな!』



 小さい頃に交わした約束を思い出した。



 (あいつ、どんな顔してるんだろ……)



 いつも泣き虫だったマーニャ。別れた日もとても悲しい顔をしてて、でも泣いてはいなかった。







 (で、結局これか)


 深夜になって俺は人知れず旅立とうとしていた。

 母さんに会うと俺は多分立ち止まってしまう。それはダメだ。

 ここに長居する必要はないと出口の扉のドアノブを持とうしたその時だった。


 「私に何も言わずに出て行くのかい?」


 そこにいない筈の母さんがいた。


 「……止めに来たのか?」


 驚きはしない。母さんならそれくらいはするだろうと確信があった。


 「違うよ、忘れ物を届けに来たんだ」


 振り返るとお母さんが一つの絵本を見せてきた。

 僕とマーニャがいつも読んでいたあの本を母さんが大切に持っていた。


 「……それは」

 「アンタの大切な物だからね、しっかり保管しないとダメになっちゃうからアタシが持っていたのさ」

 「でも俺、複製本はあるんだぜ? 冒険なら別にそれがあれば──」

 「分かって無いね」


 俺の言い分を強く断言するお母さん。

 これも懐かしい。俺が昔危ないことや悪いことをした時はこんな風に叱ってくれた。


 「どうせ危険な旅なんだろう? だったら心の拠り所が必要さね。諦めない心が大事なんだって、アンタ言ってたじゃないか」


 俺が小さい頃に飽きるほど言っていた事だ。絵本の勇者に影響されて、この事をモットーに俺はこの村を過ごしてきた。


 「ならマーニャと一緒にボロボロになるまで読んだこの本は必要だね。アンタの心の拠り所になる思い出は、この本にしか入ってないんだから」

 「…………」

 「心が折れそうになった時に読んでみな。それで思い出せるはずさ。アンタには助けるべき人がいるってな」

 

 そう言われてしまうと俺はなにも言い返せない。

 ただ静かに差し出してきたその絵本を俺は受け取った。


 「お母さん。俺を止めないのか?」

 「なんだい止めて欲しいのかい?」

 「……いや止めてほしくない」

 「まぁそうだろうね。惚れた相手だ。絶対に救いな!」

 「……ああ」

 

 お母さんに俺も心の迷いが消えて行く。そうだ、心が迷っている状態でマーニャを助けに行くなんて無理だ。

 俺はこんな所で弱気になっている場合じゃない。


 「力はあっても心が弱けりゃあ意味ないもんな……」


 母さんも俺の背中を押してくれた。

 その事に感謝を抱きつつ勇者の本を受け取る。


 「ありがとう母さん。見てやがれ、俺がマーニャを救いに行くさ!」

 「それでいいんだ。昔みたいに最後まで噛みついていきな! その根性が自慢の息子の良いところだからね!」


 流しそうになる何かを堪えながら僕は出発した。








 「そうか、お前とアイツに……そんな事があったんだな」



 それから約一年。

 大賢者は話を聞きながら読んでいた絵本を静かに閉じ

 目線を男──俺が持ってきた剣に移る。


 「それで勇者と会う前に俺に会ってきたのか」


 俺がここにきた理由は二つ。

 聖剣を治す事と俺一人でだけで勝つ事ができないからだ。


 「……頼む。今のあんたがすごい苦しい状態なのは分かってる。でも少しでもいいんだ、力を貸してくれ!」


 俺は土下座した。

 プライドなんて捨てちまえ。マーニャを救う事が出来るんなら土下座なんていくらでもやってやる。

 そうして大賢者の返事を恐る恐る待っているのだが……


 「………………」


 何も返してこない。

 土下座している男をただ一点ずっと見ているだけ。

 しかしそれも長くは続かず、深い溜息を吐いてから大賢者は口を開いた。


 「一つ言うがお前は選ばれた奴じゃない」

 「……そうだな」


 酷い事を言われているが事実だ。

 あの時、後ろに守るべき物があったのに何も出来なかった俺は勇者じゃない。


 「選ばれてない奴の中だと頑張りすぎてる方だが……それでも凡人との間には圧倒的な壁がある」


 そんな事嫌なほど思い知らされた。


「凡人でもすごいことはできるが、選ばれた者でなければ逆立ちしたって出来ない事もある……本気か?」


 でも……


 「俺はあいつと約束したんだ」


 マーニャが去ったあの日の俺なんて諦めてばっかりだった。

 でもこんな時ぐらい、こんな時だから俺は……


 「どんな時でも、あいつがピンチなら俺は駆けつけるってな!」




 最後の意地くらい通してやる。




 「……分かった」


 部屋に光が生まれた。

 顔を上げるとあんなに錆びていた聖剣があっけらかんに元の姿へ戻っていた。

 大賢者の力だ。彼の力で長い間眠っていた伝説の武器は息を吹き返したのだ。


 「後は作戦を立てるだけだが……最後に一つだけ教える」


 そしてそれを当たり前のようにやった男は俺の目を見た。


 「あの日、マーニャはお前を捨てたんじゃない。お前が戦う相手は勇者じゃなくて、『運命』だ」













 「ダメだね。運命は彼を連れていく気がないらしい」

 「……ぇ」


 

 これは私の罰だ。

 彼を捨てても夢を叶えられなかった愚かな私への罰だ。






 私は生まれた時から人とは違う力を持っていた。


 でも最初はそんなもの持って良かったなんて一度も思ってなかった。


 『化け物!』


 私は人とは違う力を持っている。だから私は人じゃなかった。


 『近づくなよ!』


 初めてこの力を見せたのは私の腕が折れた時だ。

 木の上にいる猫を助けようとして木に登って、でも下手だから落ちちゃって……


 『なんでそんな傷が治るの……!』


 一緒にいた子供達は心配してくれた。

 それが恐怖に変わったのは、大丈夫だよと言って平気な顔して腕を元に戻してしまった時。


 『魔族か……!?』


 人間は自分の知らないものに恐怖する。

 自分の知らない圧倒的な強さ。

 自分の知らない才能を持つ者を時に人は迫害をする。


 私はそのどれもを持っていた。

 だから嫌われた。石は投げられていない。ただ距離を置いて私を一人にしただけ。


 『化け物!』


 私は人と違う力を持っている。


 『『化け物!』』

 

 だから私は化け物。


 『『『『化け物!!!』』』』


 私は──


 「お前は化け物じゃねぇ!!!」


 そんな時だった。



 ──私の勇者救世主が現れたのは。









 

 彼は私の事を人間として見てくれる。

 彼は私を化け物じゃなくてライバルとして見てくれる。

 彼は私の大切な物を守ってくれた。

 彼は私を大親友として見てくれる……これには少し不満はあるけれど。


 彼に会ってから私の人生に色がつき始めた。まるで止まっていた時が動き始めた様で何もかもが幸せに感じた。


 ……でもそれは永遠に続かない。


 村に大きな魔物が現れて、そして私が勇者だって分かった日。

 


 「勇者さん、彼を連れていくのはダメだ」

 「…………」



 こうなるのは分かっていた。

 勇者の絵本を読んだ時に私の力が勇者の力と同じだと分かった。


 その日から勇者として選ばれるだろうとは感じていた。その気になれば王国から認められる事もできたと思う。


 けどそうしなかった。彼と一緒にいたかったから。


 だから占い師から勇者だと伝えられた時に、彼も一緒に王国へ連れてってと願った。

 最初は連れて行くつもりはなかった王国の人たちだが、私の剣技や戦いの駆け引きは彼から教わったと言ったら目の色が変わった。


 ただ占い師というのは運命の色を見る事が出来るらしい。正確にわかるわけではないけど、その人がどんな未来をたどるか大まかにだけ分かるそうだ。

 勇者である私は別だが、彼は一応普通の子供。死と隣り合わせの危険な旅を強制するのはダメだ。

 だから彼が勇者と共に冒険した場合の運命を辿る。



 そして占った結果。水晶玉は彼の運命を黒と見た。



 「ダメなのは、水晶の色が黒だったからですか……?」


 震えた声で聞く。それを受けて占い師は重々しく頷いた。


 「黒が意味するのは絶望の未来だよ。恐らくだけど、勇者様と彼が一緒に冒険すれば、よくない事が起きるね。それも魔王討伐の冒険となれば……人類の滅亡だとか」


 厳しい目線が私を射抜く。


 「断言する、彼が勇者様と関わったら死ぬ。それどころか人類まで影響を及ぶだろう」


 彼と勇者は関わってはなるない。

 それがこの世界が決めた運命だった。



 

 「ねぇ……私、勇者だって」



 別れる時がやってきたんだ。

 とても嫌だけど、それでも別れなくちゃいけない。


 「だから……その」


 別れようと、言おうとして言えなかった。

 やっぱり怖い。彼のいない世界が怖い。今までは彼がいたからうまく行ったんだ。

 でもこれから先は一人で生きていかないなんて、そんなの私に出来るはずがない。


 ……酷い事を言っている。

 さっきの魔物にを殺されたばかりなのに、私はこんな事で迷ってる。あの子に縋ろうとしている。


 「……俺さ」


 けど彼は、失意の底にいたはずの彼は


 「多分凄い時間が掛かっちゃうけど……もし僕がマーニャの隣にいる資格を取れたら、その時は一緒に……冒険してもいいか?」


 壁を越えた。


 (私は……何をやってるの)


 私はそれを聞いてようやく、決断できた。

 彼はこんなにも逞しいのに、私よりすごいのに、なんでこんなところで私は止まっている?


 (ならなきゃ。私達が憧れたあの勇者に……!)


 ずっと泣き虫ではいられない。

 怪我をしながら本を返してくれたあの日の様に、私も痛みを覚悟して何かを掴み取るために前に進まなきゃ。


 だから……


 「…………来ないでいいよ。ずっと」


 彼の為に私は拒絶した。







 「これでいいの……これでいいんだよ」


 地面に拳を何度も叩きつける彼には何も言わずに去って行く。

 辛い。でも振り返ってはいけない。振り返ったら私は二度と彼を離せなくなる。


 それはダメだ。私は世界を救う為に彼を捨てたんだ。

 だから自分が甘えるなんて許さない。彼を捨てたなら彼が望んだ勇者に私はなる。いやならなければない。


 これは罰だ。常に彼に助けてもらおうとした罰だ。


 夢をかなえるまで二人じゃなくて、一人で生きて行く。そう決めた。


 「………………ごめん」


 けど、


 「ごめんなさい。ごめんなさい……ごめんなさい」


 心の痛みが消えることはなかった。




 それからは特訓に打ち込む日々。

 王都で大賢者と聖女と顔をあったけど、特訓や魔物討伐以外で話す事もない。

 彼ら達には悪いとも思っているけど、私には成し遂げなければならない事がある。


 ずっと特訓。


 必要最低限の休暇や食事はとって、それ以外の休みの時間も全部特訓。


 戦術の方は勇者ごっこをやってたお陰で大半の授業をスキップできた。あとは魔法を一生懸命勉強して剣術をさらに磨く。


 『ありがとうございます勇者様』


 空いた時間があればすぐに特訓。彼は勇者ごっこで私に勝つ為に手伝い以外の時間はずっと特訓してた。


 『まさか魔族を倒すとは……!』


 満足なんてしない。私は一人の男の夢を捨ててきた。どんな時も上を目指していく。たとえ頂点に立ってもさらに上へ、上へと。

 そうしていく内に私は強い魔物や魔族を倒していった。


 『これなら魔王にだって!』


 結果を出せば周りの人から最高の勇者と褒められるようになった。でも満足はしない。私は魔王を倒す勇者になるんだ。

 そこまでしてやっと彼の理想の勇者に届く。


 『魔王を倒してくれぇー!』

 『仇をとってください!』


 たくさんの人々に応援されながら私は旅立った。

 






 (見てて…………私、絶対魔王を倒す。それで世界に平和が戻ったらその時は───)










 そうして私は魔王に負けた。














 『落ちて……』


 

 落ちない。落ちない。


 剣についた血が落ちない。


 親友を己の手で殺してしまった血が落ちてくれない。


 『落ちてよ、ねえ落ちてよ……!』


 どれだけ拭いても落ちる事はなかった。


 心の闇の中で涙を流している姿は勇者ではなく少女そのもの。

 ただ力を持っただけのどこにでもいる女の子が涙を一生懸命堪えようとして自分が犯した過ちと向き合う。



 ──いや向き合ってもいない。



 村にいた時のように現実から目を背いている。

 背いていても脳裏に残ってしまった景色は思い出してしまう。


 封印された時、ガラスのような結晶を通して見える景色には私の親友……聖女の死体があった。

 彼女から出ている大量の血。その量だけで水溜りができるほど体から血が抜けていた。


 それも一年前の話。彼女は既に生き絶えた。


 彼を切り捨ててまでやり遂げようとした理想の勇者は最悪の形で崩れ去ったのだ。

 聖女の命をかけた魔法によって封印はされたがその魔法も今は消えた。


 (私が殺したんだ)

 

 周りの暗闇が一変し荒野が見えてくる。自分は魔大陸とは別の場所にいる様だ。体は勝手に動いているが。


 (……ここは?)


 しかしこの荒野は見覚えがある。王都の近くにあった場所だ。そして王都に近いという事は、私がこれから向かう先で何をするのかも分かってしまう。


 (……いや、いやいやいや!)


 そんな事にさせたくはない。そう心の中で必死に動きを止めようとしても、現実は非常だった。


 「来たな、勇者!」


 何処から現れたのかゾロゾロと冒険者達が集まってくる。きっと自分の国を守る為に闇勇者の前に現れたのだろう。

 数は五十を軽く超えるが、それでは勇者には勝てない。


 「うぉぉぉぉ!!!」


 複数の戦士が勇者に向かって突進してくる。

 その覚悟は良し。だが悲しいくらいに実力に差がありすぎた。


 一回り大きい戦士達に対して勇者はたった一振り。

 目に見えない速さで行われたそれは、剣が鞘に仕舞われたと同時に血飛沫を上げる。

 大男達の足や腕が数本飛び、走り出した勢いを消す事ができず転ぶ。


 「後ろの奴まで……!?」


 戦士は背後にいる仲間の盾役も担っていたが勇者の前では意味がない。後ろの仲間も足を切られていた。

 回復魔法をかければ治せるだろうが、そんな事を闇勇者が許すはずが無い。


 「く、くそ……流石勇者だな」


 決戦に集った精鋭だからか致命傷は避けている。とはいえ死までの時間が少し伸びただけだ。



 死神の足音が聞こえる。



 年相応の軽い足音に聞こえて、真っ黒な化け物が迫っていると勘違いするほどに濃厚な殺気と闇。


 (やめて、止まって……!)


 あぁ、これではまた繰り返してしまう。

 あの聖女と同じ様に人を殺してしまう。

 

 (嫌だ……嫌だ!)


 なるって約束したのに。

 あの人の理想の勇者になるって、世界を守るくらいカッコいい人になるって決めたのに。


 (誰か、誰かぁ…………!)


 止まらない。止まらない。

 私は勇者じゃない。その手を血で汚して化け物になる。



 そして化け物は剣に振り下ろそうとして────










 (誰か……私を助けて)











 「あぁ……約束通り────来たぞ!」




 ──私の勇者救世主が現れた。


 

 







 闇の力が凝縮された剣が弾かれる。


 「あとは頼んだ!」

 「分かりました。ご武運を」


 男の声に合わせて白い服を来た者達が冒険者達を連れていく。

 彼らは大賢者直属の回復魔法のエキスパートだ。

 その動きは見事なもので素早く撤退に成功する。


 もちろん闇勇者が狙おうと思えば狙える動きだった。

 そうしなかったのは……目の前にいる聖剣を持つ彼をを脅威だと感じていたから。


 「久しぶりだな、マーニャ。そっちはすごい姿変わってるけど」


 別れる前の金髪は少し暗くなり、肌も青紫に染まっている。そしてブルーアイは、禍々しい紅い瞳に変貌していた。

 

 「──!」

 「おっと!?」


 闇勇者はなんの前触れもなく斬撃を放ってきた。それを聖剣でなんとか受け流す。


 (勇者相手に勝つには短期決戦しかない!)


 挑発が通じるかと会話を試してみたがそうでもない。なら一言も喋らずに戦いに全てのリソースをかける。


 敵は炎の魔法を使って来た。

 火の玉なんてものじゃない。自分の二倍以上はある火の津波が見える景色全てから迫ってくる。


 なら俺は……そのまま突っ込む。


 (流石大賢者。凄い強化魔法だな……!)


 さっきの一撃も強化魔法がなければ死んでた。

 この荒技もできてなかっただろう。


 所詮俺は主人公じゃない。強いやつの力をかりなければ勇者みたいなすごい奴にもなれない。




 ──それでもいい




 俺はあいつを取り戻せばそれでいい!


 「!?」

 (そんなんで驚くなよっ!)


 炎の中から出て来た燃えてる俺を見て相手は驚いてしまう。

 それは隙を見せてるのと一緒だ。マーニャならそんな失態しないぞ。


 聖剣を振るう。が避けられて目にも止まらないスピードで剣を振って来るが。


 (単調すぎだ!)


 避ける。

 剣の動きは見えなかった。

 でも最初から軌道が分かるなら


 「──ッ」


 相手は己を中心に風魔法を使って俺を吹き飛ばした。そして岩の魔法で吹き飛ばしてる俺に追撃する。


 その攻撃も勇者ごっこで経験済みだ。


 聖剣で受け身を取りながら綺麗に着地する。

 身体の色んな所に赤い線ができているが上出来!

 

 ここまで来て俺は一つ確信する


 (……弱い)


 俺よりは格上だ。

 けどマーニャと比べたら弱い。

 俺がこいつと戦いが成立しているのがいい証拠だ。


 村でもギリギリだったのに、王都で修行したアイツがこの程度のはずが無い。


 (まあ、そりゃあそうだよな)


 こいつは操り人形だから弱い。

 マーニャが勇者として秘めている能力は凄い。それだけで一流と張り合えるくらい程にだ。

 でもこいつには意思という強みが欠如している。


 マーニャはよく泣いていた。でも人を助ける為ならどんなのが相手でも意志で貫き通す強い芯を持ってる奴だった。


 人を守る為ならどんだけでも頑張れる。

 勇者だからじゃない。マーニャだからこそ強いと言える一番の点が殺されてる。


 (それじゃあマーニャには届くわけない。それに)



 アイツは泣いているんだ。



 アイツの目から涙が出ているんだ!


 だったら──


 (負けるわけにはいかねぇんだよぉ!)


 俺の心と聖剣が繋がる。

 俺の意思がガソリンとなって聖剣が伝説の姿を取り戻す。


 体が重い。

 でも早く動ける。

 息が苦しい。

 でも世界がスローモーションに見える。



 ──行ける!



 それはまさしく絵本で見た聖剣そのもので……俺達が憧れた勇者の姿そのものだった。


 「伝説の武器なら、一人くらい救やがれぇぇぇーーーーーー!!!!!」

 「──!?」


 相手は魔法をぶっ放している最中だが関係ない。むしろ大怪我負ってる俺が突っ込まないだろうっていう、甘い考えをしてる奴の隙を作るのに絶好のタイミングだ。


 相手は己の失態に気づいて魔法をたくさん発動させるがもう遅い!


 「はぁぁぁぁぁぁあああ!」


 突進するたびに岩が、氷が、火の玉が当たるが止まらない。

 そして──




 一閃。



 

 俺はようやく一勝できた。


 

 











 「うそ、なんで」


 目が覚めたら物凄い美女が見えた。

 どうやら膝枕しているらしい。やったぜ。

 ……じゃないな、メチャクチャ泣いてる。

 どうしたんだよマーニャ。綺麗な顔が台無しだぜ?


 「だって体が……」

 

 あぁ……これ見せたくなかったんだけどなぁ。


 俺の体は灰色に染まりつつあった。そして染まっていった所から粉になって消えていく。

 

 聖剣が消えた理由がこれだ。勇者以外が使うとこんな事になるから、平和だった時にあの剣は封印されたんだ。


 「……ごめん。あの時も酷い事した」


 謝るなよ。俺がやりたくてやっただけだし、あの時も俺を守る為にやってくれたんだろ? ならいいさ。……それとこいつを渡さなきゃな。ほら聖剣受け取ってくれ。お前は勇者だから俺よりよっぽど似合ってるよ。


 「……なんで来てくれたの?」


 なんでってそりゃあ……昔の約束守る為だよ。

 あとはその……なんだ……お前の事が好きだったからさ。


 「────」


 ちょ、だめだ恥ずかしい。

 今の忘れてくれって、ん!? 

 ………………え、いまキ──


 「私も大好きだよ。私に一番大切な物くれたし、私は貴方に会えたから救われた。◯◯はモブなんかじゃない。私の勇者だよ」

 

 …………………………………………そっか。

 なんか凄い嬉しいな。そう言ってもらえて。


 「当たり前だよ。本当ならもっと恩返ししたい……けどっ」


 もう体が限界だな……なあマーニャ、最後に言いたい事があるんだ。


 「……なに?」


 これからもきっと、お前に試練が待ち構えてると思う。キツいことばかりだし、挫けそうになるかもしれないけど……でもお前なら大丈夫だ。


 「………………」


 お前は俺、が憧れた勇者だ、からな!

 最後まで、お前の……意地を通してくれ!


 「……分かった。絶対に約束する。私の大好きで最高の勇者さん」


 ……へへっ。

 やっぱお前は笑顔がイチバ…………………………。

 


 

 「…………………」




 荒野でただ一人、こみ上げるものを堪えながら彼女は立った。


 最愛の人が残してくれた聖剣を天に掲げて、空を覆う暗闇を打ち消して地に光を落とす。


 大地が、空が、海が、自然の全てから祝福を受けた彼女に光が集まった。





 ──その姿はまさしく絵本の勇者そのものだった。


 













 それから一年後。

 聖剣も手に入れて完全体になった勇者は激戦の末に魔王を倒した。


 勇者はその後に国から莫大な報酬を貰ったが、自分の為に使う事はなく常に人助けの為に使ったそうだ。

 飢餓にあった貧しい村を助けたり、孤児院に募金したりと。後の世からも戦いだけでなく平時においても最高の勇者と謳われた。


 そんな勇者になぜここまでしてくれるのかと聞いた者が居たそうだ。


 「人助けをしたいからです」


 何の迷いもなく断言された男はこう思ったそうだ。

 彼女はただのお人好しだと。


 しかし彼女はそう答えた後にこう話したそうだ。


 「……昔、一緒に勇者みたいになろうって約束した人がいるんです」


 「その人は諦めずに自分の思いを、意地を最後まで通した人でした」


 「彼は私にこう言ったんです。最後まで意地を通せって」


 「だから私は最高の勇者だと誇れる人であり続けます」













 


 「それが私と彼の意地って奴ですから」



 これは一人の男が、最後の意地を通した物語だ。

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モブ冒険者だった俺だが、最後の意地くらい通してやった  ギル・A・ヤマト @okookorannble

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