第2話 その称号に見合うひと

「(何なんだ…あの人たちは…)」


 心の中で思いつく限りの不満や文句を並べながら誰もいない廊下を歩く。窓の外を覗けば鍛錬に努める兵士やこれから任務へと向かう兵士の姿がちらほらと見える。ほんの少し前までは自分もあの場にいた、脳内に浮かぶ過去の自分を振り払いながら書類を持ち直し足を進める。


「でさ、この間……あ」

「どうした?」

「アイツ…」


 進行方向からこちらに向かってくる数名の兵士がノークに気付く。ノークはその兵士たちを知っている、彼らは元々所属していた第二師団の兵士たち。書類の山の高さで顔を隠しながら速足で通り抜けようとしたが


「っ!」


 思い切り肩をぶつけられ抱えた書類は手の上から崩れ廊下に散乱、その様子を彼らは高笑い。書類が散らばった原因でもありノークが特別管轄班へ異動になった原因を作ったのも彼ら。悔しい気持ちを抑えながら早くこの場を去りたい一心で嘲笑を浴びながら散乱した書類を集めていると彼らの足元に一枚の書類が落ちていた。手を伸ばし取ろうとした途端、シエルのサインを力強く踏み躙る。


「いっけねー!こんなとこにあるなんて気付かなくて踏んじまったよ」

「まあでもこんなとこに落とす方が悪いんじゃね?俺ら悪くねーし」


 踏み躙られた書類は蹴り飛ばされぐしゃぐしゃになった状態でノークの前に落ちた。今のうちに何処かへ行ってくれ、と願いながら少しでも皺を取ろうと手で押し付ける。しかし願いは届かず、彼らはノークの周りに集まった。


「そんな事したって元に戻らねーよ、戻したきゃ魔法使えよ?魔法」

「簡単だろ?そんな簡単な事もできねーのかよ、ああそうか!お前は魔法が使えないんだっけか?」


 この国の人間は2つに分けられる。魔法が使える人間と使えない人間。誰しも魔力を備えている、その魔力を使いこなせるか否かで魔法を身につけられる。魔法学校に通い身につける者、学校には通わず独学や修行で身につける者と様々な方法がある。

 魔法は謂わば努力の結晶、故に魔法が使えない人間を見下す人間も現れ始める。魔法で悪事を働くもの、人を傷つけるもの。そんな魔法を悪用する人間を捌くのが王国軍。【魔力を用いり魔法で制し国を守る】これがフィクティス王国軍が掲げる概念。

 フィクティス王国軍の兵士は魔法が使える事が当たり前。しかしノークは軍の中で唯一魔法が使えない兵士だった。その事を知った彼が所属していた第二師団ではノークを標的とした師団全員による嫌がらせが始まった。その嫌がらせに耐えられなくなり、ある兵士を殴った。その相手は元帥の息子、すぐに元帥の耳に入りノークは退軍を余儀なくされた。しかし、何故か退軍は白紙になり特別管轄班へと異動という形で事なきを得た。


「魔法も使えない出来損ないがよ、目障りなんだよ」

「つーかあの墓場にいかされたのになんで生きてんの?」

「墓場には死人しかいねーんだから…死ねよ、マジで!」


 ノークの腹部に衝撃が走る。軍人の靴は安全性を重視され厚く硬く補強が施されている。いくら特殊の生地で縫われた軍服といえど、その衝撃には耐えられない。


「がっ…!」


 痛みで床に崩れ、細まる瞼の向こうに自分を見下し笑う兵士たちの顔が見える。悔しさと疑問が頭を過ぎる。同じ兵士なのに同じ国を守る軍人なのに、ただ魔法が使えないというだけで何故こんな事をするのか、と。そんな時、あの言葉を思い出す。


―ああ本当だ、味方なんて自分しかいないんだ


「おい、マジでやっちまおうぜ」

「ああそうだな、俺たちは軍の荷物を掃除した、それだけだ」


 兵士たちの掌がノークに向けられる。彼らの手に魔力が籠っていく。この距離と痛みで交わす事ができないと悟ったノークはただ目を固く瞑る。


 ドーンッ!


 暗闇に耳に劈く音が響く。それは音しか聞こえず身体には一切の衝撃がない。閉じた瞼をゆっくり開くと銀色の髪が靡くのが見えた。その銀色を、知っている。


「シエル総帥…!」

「大丈夫?」


 魔法の膜に覆われノークは守られた。煙が晴れシエルの姿を目にすると兵士たちは驚愕していた。


「なっ…!」

「なんでアイツが」

「……?」


 瞬く間にシエルはノークの前から姿を消し、自分を“アイツ”と呼んだ兵士の前に立っていた。あまりの速さに驚く暇もなく、気が付いた時には宙を浮かされ次第に強まり首を絞めていく。


「うっ…あ…!」

「立場というものを弁えて発言しようか」


 パッと解き放たれた身体は床に叩きつけられる。早く短い呼吸を繰り返しながら立ち上がり、シエルを睨み付けながら腰に携えた剣を鞘から抜く。


「お、おい…お前、相手は総帥だぞ…?」

「所詮肩書きだけのクソガキだ…俺たち全員で畳み掛けりゃ」

「ふーん、そうやって何か問題あっても君のパパが揉み消すってわけ?」

「ああそうだ!アンタが邪魔だっていつも言ってた!だったら俺たちが殺して親父を総帥にすりゃ自然と俺たちも昇格できるってわけだ!」

「うわー、バカな考えだねー…というか私を君たちだけでどうにかできるの?」

「知らねーとでも思ってんのか?アンタは目が視えねーんだろ?…だったら」

「総帥!危ない!」


 魔法で気配を消した兵士たちがシエルの背後に周り剣を振り下ろす。彼の声が届いた時には既にシエルに剣が切り掛かっていた。あの間合いでは視えない彼女には避け切れるはずもない、そう思っていた。しかし


「え…?」


 倒れるのはシエルではなく、切り掛かった兵士たちは床に倒れ込んだ。


「はあ…こんなんで兵士とかよく言えるね…全然気配隠せてないし、そんな剣圧を向けられれば誰だって気付くよ」


 よいしょ、と落ちた剣を視えているかのように拾うと構えたまま動けなくなっている息巻いていた兵士の首に剣先を向ける。


「言ったはずだ、立場を弁えろと」

「っ…!」


 全身から噴き出る汗が止まない。自分より遥かに小さいシエルのはずなのに、彼の目には自分を覆う巨大な影に見えている。光のない空虚な硝子玉がそれをより彷彿させる。兵士はそのまま膝から床に崩れ落ちた。


「さてと、おーいノーク!大丈夫ー?」


 手にしていた剣をポイッと投げ捨てるとノークの元へと向かい、触れる位置でしゃがみこむ。ノークもまた痛みだけではなく先ほどのシエルに圧倒され動けずにいた。


「あ…あの…総帥」

「えいっ」

「いっ…な、何するんですか!」

「あはは!それだけ元気があるなら大丈夫だね、歩いて医務室に行っておいで」


 蹴られた部分を的確に突く。面白がり笑いながら執務室のある方角へと帰っていくシエルを横目に何とか立ち上がり医務室へと向かう。しかしその足を止める声が掛かった。その声は床に崩れちた元帥の息子。


「お、おい…なんなんだアイツ…あんなの…化け物じゃねーか」

「……何を言ってるんですか、あの人は」


 我らが王国軍を束ねる、総帥ですよ

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SERMENT ぽんず @10ponzu25

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