SERMENT
ぽんず
第1話 ようこそ、特別管轄班へ。
東の王国「フィクティス」
国の平和を守る兵士が集う軍基地の隅に他の建物とは古さが著しい棟が存在する。そんな棟の中を歩く長身の女性兵士がいた。蜘蛛や鼠が蔓延り、歩く度に床は軋む。ある部屋の前に到着すると女性はドアをノックせず中に入る。
小窓から差し込む日光と電球が揃っても人が暮らすには明るさが足りない。備え付けられているトイレ、割れた鏡の洗面台。まるで牢獄のような部屋の中心にあるベットの上でモゾモゾと蠢く膨らみ。
「おはようございます、シエル様」
勢いよくシーツを剥ぎ取ると銀髪の少女が丸くなりながら枕を抱き寄せ眠気が残る声を発する。
「んんぅ…あと1時間…」
「どんだけ寝るつもりなんですか…ほら、今日は新入班員をお出迎えする日ですよ」
「あれ…今日だっけぇ…」
「そうです今日です、だから早く来たんです」
「そっかあ…じゃあ…起きる」
抱き寄せた枕を離すとベットから降り、洗面台へと向かう。その間に女性はクローゼットから服を取り出すと洗顔を終えた頃にシエルの元へ向かい、着ている服を着替えさせていく。セミロングの髪をキュッと束ね、全ての身支度を終える。シエルはよしっと意気込み腰に手を当てながらクウシェが開いたドアに向かう。
「さあ!新入りをお出迎えしようじゃないか!」
***
「ここが…特別管轄班…」
特別管轄班と書かれた紙が貼り付けてある部屋。その部屋の前に特別管轄班への辞令を受けた兵士、ノーク・リュミヌが立っていた。ここへ配属されるという事は自分が軍の中での立ち位置がよく分かる。ドアをノックをすると中から「どうぞ」と声が聞こえた。
「し、失礼します!」
ドアを開くといくつかのデスクの先にシエルが肘をつきながら彼を待っていた。その後ろにはクウシェが控え、ニコリと笑顔を浮かべながら椅子に座るように促す。用意された椅子に座るとシエルが口を開く。
「君が今日から我が特別管轄班に配属になったリュミヌ曹長だね?」
「はい!第二師団より異動となりました!ノーク・リュミヌ曹長であります!」
「よろしく、私はシエル。君の上官だ」
シエルがあまりにも幼く見える女性という事に内心驚いているも自分の上官という事は自分より階級も実力も持っている。ノークは綺麗な角度でシエルに向かって敬礼をする。
「こっちはクウシェ少佐、私の懐刀だ」
「まあ、嬉しい事を言ってくれますね」
ノークに向けている作られた笑みとは違い、もっと親しみのある笑みをシエルに向けながら手にしている書類で口元を隠す。まるで恋する乙女のよう。何を見せられているんだと思わず敬礼している右手の力が抜けそうになる。
「クウシェ、新入りが困ってるよ」
「あら、これは失礼しました」
「…では、話を戻して…ノーク・リュミヌ曹長…君に」
死ぬ覚悟はあるか?
「誰よりも命を擲つ覚悟が必要とされる、お前にその覚悟はあるのか?」
特別管轄班
ただ国を守る為だけに捨て駒として国に“特別”に“管轄”された兵士たちを集める部署。それ故ここは“兵士の墓場”と呼ばれていた。
「ありません、僕に擲つ覚悟はありません」
「………」
「ここがどんな場所であろうと、僕にはやらなければいけない事があるんです」
真っ直ぐな瞳でシエルを見据える。上官に反する言葉を並べるもノークは揺るがない。しばらくの間を空けてシエルは口角を上げる。
「…気に入った!」
「え?」
「いやー、なかなかの新人がきたねー」
「えっ……え?」
シエルの態度が一変し、幼さを見せる。今度こそ敬礼している右手が脱力し、指先は床に向けられた。
「ああもう…シエル様、素に戻ってますよ」
「えー、もういいじゃーん」
「まだ“テスト”が済んでません」
「…テスト?」
テスト、それは入班試験のようなものか?と考えていると幼い笑顔でシエルがこう言った。
「じゃあ、ノーク!早速だけど…君には死んでもらうよ」
笑顔を向けたまま放たれた言葉に驚く閑暇を得る事なく
「あら、いい反応じゃない」
首元に刃が向けられた。しかしその瞬間をノークは見逃さず、腰に携えていた剣で防ぐ。あと1秒反応が遅ければ赤い液が滴っていただろう。
「シエル様、素晴らしい反応でしたよ」
「へぇ…クウシェの攻撃を止めるなんてすごいね」
「ええ、まぁでも…」
ここでようやくノークは腹部の違和感に気付く。視線を下に向けると鞘が腹部に宛てがわれている。クウシェの攻撃は首と腹部に向けられていた。ノークは腹部への攻撃には何も気付かなかった。もしもこれが鞘ではなく剣先だったら、もしもこれが戦場だったら、命を落としていた。
「ギリギリ合格ラインですかね」
「全部はダメだったんだ」
「はい」
「ち、ちょっと待ってください!何なんですかこれは⁉︎」
ノークに向けた剣と鞘を離すと一歩後ろに下がるクウシェ。そこに今度はシエルが立ち、彼を見上げながら変わらぬ笑顔を向ける。
「君の腕がどんなものかを試しただけだよ」
「だからって…“味方”からいきなり…」
「味方?……あはは!何言ってんの?」
自分に向けられていた顔から笑みが消え、細めていた瞳が開くとそこには“目”がなかった。あるのは人の目を模した空色の硝子玉。
「自分以外、味方なんているわけないだろ」
***
ノークは疲弊していた。特別管轄班の仕事は最前線で戦うことだけではない。他国への視察、遠征。何より多いのが雑務処理。しかし彼の疲弊には繋がらない、疲弊している理由は
「総帥!どこですか⁉︎」
仕事を怠けるシエルの捜索に追われているせい。連日のように執務室から抜け出すシエル、そんな彼女を追って基地内を駆けずり回っていた。追ってばかりではデスクの上の書類がなくなる事はなく、仕方がなく執務室に戻ると何事もないかのようにシエルは自分の席に着いている。
「はい、ノークの負け」
「負けって…いつ勝負をしていたんですか⁉︎追いかけっこでもかくれんぼでもないんですよ⁉︎というかまたそんな格好で!」
あの日以来ノークの前で軍人の証である軍服を着ていない。ブカブカのシャツにショートパンツ。生足を曝け出し、靴も履かずにいる。どこをどう見て軍の総帥だと思えるだろうか?そうは思えない。その格好で彼女の階級を聞いた時も同じ事を思った。
「クウシェ少佐も何か言ってください!」
ここまでの一連の流れを見聞きしてもクウシェは何も言わずに目の前の書類にサインをし続けていた。
「諦めなさい、そして慣れなさい」
「…何なんですか!あなたたちは!」
ノークの咆哮が執務室内に響き渡る、そろそろ喉にも限界がやってきた。声が枯れ、ゲホッと咽せるようになってしまった。そんな彼を案じる声はない。
「そんな大声出さなきゃいいのに」
「だ…誰のせいで…ゲホッゲホッ!」
「遊び回ってる暇があるなら運んでちょうだい」
「遊びって…だから僕は!」
「シエル様はこうして戻ってくるんだから、次からは無駄な体力を使わないでちょうだい」
辛辣で容赦ない言葉しか投げかけられず、抱いた怒りをぶつければ今度こそ喉が潰れかねないと堪え、クウシェが指差す書類の山を持って部屋を後にした。
「…シエル様、あまりノークで遊ばないでください」
「つい遊びたくなっちゃうんだよねぇ」
「(…今だけは彼に同情するわ)」
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