眩暈~陰キャな俺と陽キャな彼女の変わらないストーリー~

橘塞人

本編

「蝶美、アアッ! アアアアッ! ぬちゅぬちゅ……」

「悠君、アアッ! アアアアッ! ぬちゅぬちゅ……」


 それを見たのは偶然だった。クラスメイトの土屋蝶美と府阿久悠が校舎の、屋上へ至る階段の踊り場で濃厚なキスをしているのを見てしまったのは。

 俺はその様を見て、ふらっと倒れるんじゃないかって程の眩暈を感じた。

 密かに俺は、土屋蝶美のことを憎からず思っていた、惹かれていたからだ。








「根虎、やっほー♪ 元気〜?」


 土屋の俺に対する距離感は、今思っても非常に近いものだった。俺の前の、他の人の席へ勝手に座り、俺にしょっちゅう挨拶してきていた。

 女性と交際どころか、ろくに女子と会話すらしたことのなかったボッチ男子高校生な俺は、その時愚かにも思ってしまった。コイツ、俺のこと好きだなと。


「あ、ああ。ま、まあまあ元気、かな?」


 Be cool! Be cool!

 脳内で胡散臭いDJが煽りながらそう言っているのを感じながら、俺は努めて通常通りに受け答えをしていた。

 まあ、脳内ではアゲアゲ・フィーバー・ダンシング・パーティ(意味不明)だったが。


「ふふっ、キョドリ過ぎじゃね? 超ウケる♪」


 土屋がそう言って笑うのも、俺の前で俺を見てくれてるのも、何か嗅ぎ慣れない良い匂いがするのも、みんなみんな嬉しかったんだ。

 それが最初。








「根虎って勉強できるんだってね? 宿題で分かんないところがちょっとあってさ。教えてくんない?」

「あ、ああ、いいよ。俺が分かる所で良ければ」


 そんな風に勉強を教えてと軽くお願いされることが何度か。

 それも面倒臭くはあったが、嬉しくもあった。女子に勉強を教えている、リア充だぞ俺は! と思えばさらにプラスで。


「根虎って普段どんな音楽聴いてるん? へぇ、そういうのなんだ。悪くないじゃん?」


 そんな世間話をすることも、何度もあった。それもまた、嬉しかった。

 俺はその頃にはもう、愚かにもこう考えていた。そろそろ告られるな。間違いない。それとも、男として俺から告った方がいいかな、と。

 脳内妄想で土屋と手を繋ぎ、ハッピー・ハッピー・デートをしながら……という夢を見ていた。見てしまっていた。

 今日、この時まで。








「「ぬちゅぬちゅぬちゅぬちゅぬちゅぬちゅぬちゅぬちゅ……」」


 俺の夢は、妄想は、落ちたガラス細工のように砕け散った。

 互いに唇を貪り合うのに夢中だった土屋と府阿久は、俺の存在に気付かない。まるで最初から俺なんて存在していなかったかのように。俺は近くにいたのではないのか? いたのではないのか?

 何だよ、何だよ、何なんだよ! なななななななな……

 嗚呼、頭が痛い。胸焼けがする。吐き気がする。眩暈が終わらない。

 俺は逃げるようにその場から立ち去り、男子トイレの個室へ駆け込んだ。便器の蓋を開け、口の中のものをそこへぶちまけた。


「ウゲッ! ウゲッ! ヴアアアアアアアアアッ!」


 何だよ? 何だよ? 何だよ? 何だよ?

 望んでもいないのに、目からは涙がドバドバと零れ、鼻の穴からも液体がドバドバと零れ、これより下はないって程にみっともない気分にさせた。


「ああああああああ…………」


 吐瀉物を水に流してから、俺は便座に座ってぼーーーーっと天井を見上げた。そうして十数分経ってから、ふと思った。ふと悟った。

 嗚呼、俺は馬鹿だと。


 何も始まってなどいなかったのだ。

 何も進んでなどいなかったのだ。


 俺の脳味噌だけが舞い上がり、アゲアゲ・フィーバー・ダンシング・パーティ(意味不明)やハッピー・ハッピー・デートをしていただけで、実際は教室内で会話をちょっとしただけだった。

 俺の中だけで土屋が友達以上恋人未満、いやいや恋人寸前じゃね? ってなっていただけで、土屋の中ではそうじゃなかった訳だ。彼女の中の俺はただのクラスメイトその一、モブでしかなかった訳だ。

 ただ……


「馬鹿だな。嗚呼、俺は馬鹿だ。馬鹿だ」


 実際に声にしてみると、ちょっと笑えるような気が……しなくもなかった。

 そうして俺の脳内だけで始まって、そして終わった、恋とも呼べない、呼びたくないナニカは消えてなくなった。なくなった筈だったが。

 その次の日。








「根虎、やっほー。元気?」


 土屋は昨日までと何も変わらず俺の前の、他の人の席へ勝手に座り、俺に向かって挨拶してきた。昨日のアレがなかったかのように。でも……

 なかった訳じゃないんだよなぁ。その喋っている口で、府阿久とぬちゅぬちゅしていたんだよなぁ?

 そう思うと気持ち悪く、また酷い眩暈を感じた。





 ただ、一番気持ち悪く許し難かったのは、土屋に話し掛けてもらえ、それでもちょっと嬉しく思ってしまった、俺自身のことだった。

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