人生の目的って、何ですか?

「クラリス、大丈夫か?」


 ランドの呼びかけに、クラリスは小さくうなずいて見せた。そして手で大丈夫と合図をする。それを確認したランドは再び辺りを見回した。目に入るのは小さな丘が連なる丘陵地帯であり、雪はどこにも見えない。代わりに牧草地のような草に覆われている。


「夜は明けたが、どう考えても、ハマスウェルの近くではないな」


「そうだね」


 空をゆっくりと回る鳶の姿を眺めながら、ジェニファーも同意する。


「薄手のものしか着ていないからね。暖かい場所で助かったよ」


 女の一人が、下着にコートを羽織っただけの姿を指さした。


「そんなことより、魔法ってすごいんだね。一瞬で知らない場所まで移動だよ。こんなことが出来るんだったら、私も魔法職を目指してみればよかったよ!」


 そう告げた女に、ランドは苦笑した。


「普通は違う。それに見かけほど楽なわけではないぞ」


 そう告げると、ぐったりと横になるクラリスへ視線を向けた。魔法を唱えるのは、自分の魂を削るのと同義であり、魔法職で長生きできる奴はほとんどいない。子供向けの話に出てくる年老いた魔法職というのは、それ自体が想像の産物に近いものだ。


「でもクラリスのおかげで助かった」


 ランドの言葉に、ジェニファーも頷く。


「最近はあの子に助けられてばかりだね。それよりも、あれはやばい奴らだよ。あんなのに嗅ぎまわられていることを、アイシャに知らせてやらないと」


「その通りだが、ここがどこか分からないことには、手の打ちようがない」


「分かるよ」


「ジェニファー、あんたここがどこか分かるの!?」


 そう声を上げた女に、ジェニファーは丘の間を指さした。そのはるか先に街らしきものが見える。いくつかの大きな塔を持つ港町だ。


「アビスゲイル、くそったればかりの街だよ。二度と帰ってこないつもりだったんだけどね」


「へー、あれがアビスゲイルかい……」


 女たちが、街とその先に光る海を見つめる。


「そうと分かれば、自分たちの食い扶持を稼ぎに行かないと」


 女たちはそう言うと、立ち上がって、少ない荷物へ手を伸ばす。


「だがほとんど金は持ち出せてない。どうするんだ?」


 そう告げたランドへ、ジェニファーがお笑いをして見せる。


「ランド、私たちの商売は、屋根なんかなくたってやっていけるんだ。先ずは稼いで、アイシャたちに危険を知らせに行くよ!」


 そう言うと、ジェニファーはランドへ、自分の下腹部を指さして見せた。




 ピーヒョロヒョロ、ピーヒョロヒョロー!


 馬車の荷台の上で、日向ぼっこをしている私の上をトンビがぐるぐると回っている。辺りには牧草地の一部らしい草原が広がっていて、遠くに見える丘にはそれを食む羊や牛たちの姿も見えた。


「のどかですね」


「そうかい。私から言わせれば、退屈そのものだけどね」


 どういう訳か、サラさんが不機嫌そうに答える。かなり年下の子にやられちゃいましたからね。機嫌が悪くなるのも分かります。でも依頼料はかなりの大盤振る舞いでした。


「そんなことないですよ。懐も温かくなりましたし、平和そのものじゃないですか!」


 私は両腕を上にあげて体を伸ばすと、御者台で手綱を握るサラさんの横へ腰を下ろした。


「私のところなんて、毎晩自警団とかいうのが、松明もってうろうろしていましたし、それは殺伐とした感じでしたよ」


「まるで本土みたいな所にいたんだね」


「本土って、そんなにやばいとこなんですか?」


 でも王様やお姫様がいる所ですよね?


「城にこもった領主たちが、互いのを狙って、バチバチと戦ばっかりしていると聞いたよ。王家も兄弟げんかばっかりらしいし。この辺境と違って、厄災なんてものがほとんどないから、そんなことになるんだろうね」


「そう言うものですか?」


「そう言うものさ。ここじゃ、いつ厄災が起きるか分からないから、隣同士でいがみ合っている場合じゃない。でも厄災が起きてしまえば、たとえすぐに封印に成功したとしても、住んでいた者たちはすべてを失う。どっちがいいかは分からないね」


 確かに、ここでは領主同士のいざこざはほとんど聞かない。サラさんの言う通り、そんなことをしている場合ではないのだろう。


「アイシャ、ランドがどうして売春宿なんかと関わることになったか、分かるかい?」


「えっ、ランドさんって背も高いし、イケメンだし、女の人が放っておかないからじゃないですか?」


 サラさんだって、その一人ですよね?


「馬鹿言っているんじゃないよ。ランドは厄災が起きて、住んでいた村を失ったんだよ。その際のごたごたで両親はあっちの世界へ行っちまって、一人残った幼い妹は、いかがわしいところへ売られちまった。それでランドは冒険者になって、妹を買い戻そうとしたんだ」


「そうなんですか!?」


「マジな話だよ。でもランドが一人前になって、やっと稼げた時には妹は体を壊して、この世から去っていた。それでランドは生きる目的を失ったのかもしれないね。自暴自棄になって、迷宮に潜りまくっていたよ。そこで稼いだ金で、売春宿に売られてきた女を買っては、田舎へ帰してやっていたのさ」


「ランドさんらしいですね」


「そうだね。でもそうしてランドが買ってやった女の中には、どこか働き口を紹介してやっても、金を返すと言い張って体を売る女たちもいてね」


「はあ……」


 ジェニファーさんたちの顔が頭に浮かぶ。確かにあの人たちなら単に好意を受けるだけを、潔しとしないのは容易に想像がつく。


「変な奴らに絡まれないようしているうちに、売春宿のオーナーに収まったという訳さ」


「やっぱり、ランドさんらしいですよ。そこがランドさんのいいところじゃないですか?」


 サラさんも、そこに惚れたんですよね?


「そうかい。私から言わせれば、自分が生きる目的を見しなったまま、まだ前を向けていないのさ」


「目的ですか……」


 そう言われると、私も耳が痛い。こうして冒険者を続けているのだって、あの嫌味男への単なる意趣返しだ。もっともあの男が私をわけではないから、こうして続けているだけでは何の意味もない。


 世に知られるような冒険者、冒険者パーティーになってこそ、初めて意趣返しらしきことが出来た事になる。でもそれって、可能だろうか?


 あの男を見返すということは、あのお姉さまたちを超えるということだ。よく考えれば、そんなことは絶対に無理だ。つまり私は全くもって無意味なことを、単に意地だけで続けていることになる。


「アイシャ、馬車に酔ったのかい? 顔色が悪いよ」


「いえ、どちらかと言えば、自分の人生に悪酔いした気分です」


 ヒヒーン!


 その時だ、私の耳に馬のいななきがかすかに聞こえてくた。それも一つではない。


「サラさん!」


 どうやらサラさんの耳にも聞こえたらしい。私の呼びかけに、サラさんが舌打ちをする。


「巻き込まれると面倒だ。道を変えるよ!」


 だが道の前方から砂塵が上がり、騎乗の集団がこちらへと向かってくるのが見えた。


「サラさん、手遅れみたいです」


「なら、迎え撃つしかないね」


 その通り。自分の身は自分で守れです。サラさんと私は、背後の荷台へ素早く手を伸ばした。

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君にはうちはまだ早い ハシモト @Hashimoto33

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