どうして一人しか選べないんですかね?
夕暮れの赤い光が、麦踏を終えた畑を赤く染めている。その間を通るあぜ道を、二人の少年と一人の少女が村のギルドへ向かって歩いていた。
「やっぱり本物の冒険者は違うな」
先頭を歩くカイが、背後に続くミトへ声を掛ける。
「じいさまたちだって、本物の冒険者だろう?」
カイの問いかけに、ミトが呆れたように答えた。だがその頬はカイ同様、いつもより赤く上気して見える。
「日々迷宮に潜っている人たちだよ。違うさ。エマもそう思うだろう?」
「えっ、そ、そうね」
カイの問いかけに、エマは慌てて答えた。
「この訓練が終わったら、僕らも本物の冒険者になれるかな?」
「当たり前だ。世界中に俺たちの名を轟かせるぞ!」
「そうだね。そしてエマの夢をかなえるんだ」
そう声を上げた二人に、エマは笑みを浮かべて見せた。でも内心ではそれが永遠に来ない事を心から祈っている。正直な所、エマは冒険者に興味などなかった。それでも一緒に冒険者になろうと言ったのは、自分の結婚相手を決めるのを先延ばしにする為の口実だ。
エマはいつもカイとミトと一緒だった。だけどエマに初潮が来て、カイとミトが声変わりを始めてると、エマは自分が女であること、そして二人が自分を女性として見ていることを知る。
カイも、ミトも、エマが自分の伴侶になることを望んでいるのも分かった。エマも二人の事は大好きだ。でもどちらか一人を選んでしまえば、今の関係は二度と戻ってこない。エマはそれがいやだった。
すぐにはどちらかを選べない理由を一通り使い終わった後、エマは死んだ両親に胸を晴れる冒険者になるまで、結婚は出来ないと二人に告げた。
冒険者になる機会なんて、そうあるとも思えなかったし、少しは日々の重圧から開放されると思ったからだ。でもそれからと言うもの、カイもミトも真剣に冒険者を目指し始める。それは思わぬ早さで実現しようとしていた。
「だけど、こんな田舎にあんな凄腕の人が来るとは思わなかったな。サラ先生の身のこなしを見たか? あれこそ一流の冒険者だよ」
「うん。それに本当にかっこいいよね。それに大人の女性って感じだな」
「うん、俺もそう思う」
エマの心の中を知らない二人が、今日の訓練での出来事をずっと話続けている。でも自分がまいた種だ。
「もう、二人とも一体どこを見ているのよ!」
エマはいつもの自分らしく、二人へ頬を膨らましてみせた。それを見たカイとミトが、くったくのない笑みを浮かべる。エマにしてみても、二人がサラにあこがれるのは納得できた。
サラの皮の鎧を身にまとった姿はさっそうとしていて、まさにかっこいいとしか言えない。それでいて、女のエマでも見とれてしまう優美な曲線を描いている。
「アイシャ先生も、冒険者にはとっても見えないのにな」
「そうだね。僕らより年上だけど、とってもかわいらしい人だよね。でも一流の冒険者と言うのは当たりだよ。ダン爺がアルツ爺に、一人はミストランドから来た冒険者だって言ってたのを聞いたんだ」
「ミストランド!」
ミトの言葉に、カイが大きな声を上げる。
「それって一番のギルドから来たってことだろう。やっぱりサラ先生は只者じゃないな」
「それが違うんだよ」
「何が?」
「ミストランドから来たのは、アイシャ先生の方らしいんだ」
「えっ!」
今度はエマの口からも驚きの声が漏れた。冒険者に全く興味がないエマでも、ミストランドのことぐらいは知っている。でもアイシャが、とんでもない化け物を日々相手にしていると聞くギルドで、冒険者をやっている姿はとても想像できない。
「聞き間違いじゃないのか?」
カイの言葉に、ミトは首を横に振って見せた。
「いや、ダン爺も面食らった感じで言っていたから、間違いない」
「人は見かけによらないって、本当だな。でもどんなパーティーに居たんだろう?」
「パーティについては何か言っていたな。確か神聖だか、神話だか、そんな感じの名前だった」
「ふ~~ん。それはそうと、明日の訓練――」
「それって、神話同盟って名前じゃないの?」
カイの言葉を遮って、エマはミトへ問いかけた。
「どうだったかな……」
「よく思い出して!」
「神話同盟? 確かにその名前だったよ。でもエマは何でそんな名前を知っているんだい?」
ミトが驚いた顔でエマを見る。こんな田舎ではミストランドの名前は知っていても、どんなパーティーが活躍しているかなど分からないはずだ。だがエマはミトの問いかけを無視すると、二人に向かって手を振って見せる。
「ちょっと疲れたみたい。先に戻るから、今日は二人でダン爺のところへ行って!」
そう告げると、呆気にとられるカイとミトの二人を置いて、ギルドとは反対へ走り去った。
「ハックション!」
私の間抜けなくしゃみが、古びたギルドのホールに響いた。
「誰かに噂でもされているのかい?」
「そんなことありません。真冬に水をかぶったせいです」
そう文句をたれた私の前に、サラさんが温かいお茶の入ったカップを差し出してくれる。
「今夜は、もっと体が温まるものでもいい気がします」
「あれ? もう二度と酒は飲まないとかいっていなかったけ?」
ありがたくお茶を飲みつつ、今夜はちょっとだけすねてみたが、見事に反撃を食らってしまった。
「それは一日以上前の話ですよ。一体どんだけ古い話を持ち出しているんですか?」
そう答えた私に、サラさんが苦笑いを浮かべた。でも明日の元迷宮での訓練を考えれば、お酒は避けるべきだろう。なにせ相手はサラさんに、あのとっても危険な弟子たちです。
「厄災役も、やってみると意外と面白かったね」
やっぱりサラさんは相当に楽しんでいたらしい。
「そうですね。でも命がけですよ」
「そうかい? あの程度にひかっかているようでは、まだまだだね。でもちょっと気になることがあるんだ」
「何です?」
もしかして、カイ君とミト君のどっちがかわいいかとか気になりはじめました? でもそう告げたサラさんの顔は真剣だ。そんな下世話な話ではないらしい。
「あまりにも使える技とそれ以外のつじつまが合わないだろう。だからどうやって技の修行をしたのか聞いたんだよ」
「それで、何かコツとか聞けました?」
思わず前のめりになってしまう。短時間に技が学べるコツがあったら、是非とも聞いておきたいところです。でもそれだと先生と生徒が逆になってしまいますかね?
「それが、『大人になったらみんな出来るんじゃないですか?』だよ」
「サラさん相手に、そんな冗談を言ったんですか!?」
実は嫌味男の素質あり!?
「いや、本気で言っていたとしか思えなかった。それどころか、不思議そうな顔でこっちを見ていたよ」
「はあ?」
それって、今日は15歳の誕生日です。この技とこの技が使えるようになりました、パンパカパーンですよ!
「おかしな話だろう。だから明日はあんたが厄災役をやってくれないか?」
「私が厄災役ですか!?」
「あの子たちが技を使うところを、近くで見てみたいんだ。それにさっきも言ったけど、やってみると意外と面白いもんだよ」
「サラさんなら面白いかもしれませんが、私がやったら本当に命がけです」
「あの子たちには力は最低限に絞る様に念を押しておく。それにちょっとでもマジなやつを放とうとしたら、後ろからぶん殴って気絶させる」
そう言いつつ、サラさんが私の方をちらりと見る。あ、あのですね。私も力を絞る様に、口酸っぱく言ってはいたんですよ。今日は私もポカしまくりでしたからね。仕方がありません。
「分かりました」
頷いた瞬間、サラさんが私の手を引っ張った。
「そうと決まれば仕掛けの準備だ。明日は仕掛けられるだけ仕掛けてやる!」
「ちょ、ちょっと待ってください。今からって、もう夜中ですよ!」
「神話同盟、神話同盟……」
狭い寝室の中、エマは呪文の様にその言葉を繰り返した。一本のろうそくの頼りなげな明りが、茶色く変色した一冊の手帳を照らしている。エマの母親、マリエの残した日記だ。
エマがそれを見つけたのは本当に偶然だった。杖を収めていた箱を間違って倒してしまい、その一部が剥がれ落ちた。手帳はその後ろに隠されていたものだ。そこに書いている内容は、マリエがエマの父親であるカルロスや、他の冒険者とで迷宮に潜った記録が主であり、日記と言うより出納帳みたいに思えた。
だが最後の方は全く違う。ある冒険者パーティーに関する記述が書かれ始め、几帳面だったらしく整っていた文字が、書きなぐった字になる。まるで抑えきれない感情をこの手帳へぶつけたみたいに。そして最後には何かの疑問を繰り返すだけになっていく。
「これではだめ」
「どうしようもない」
「どうして?」
エマは、そんな言葉だけが綴られているページをめくった。そして最後のページに書かれていた文章へ見を向ける。
「神話同盟は越えられない。やはり自分の魂を捧げるしかない」
その横には大きな染みがあった。マリエの涙の跡だ。理由はよく分からないが、父も母も厄災に殺されたのではない。神話同盟というパーティーに、追い詰められて死んだのだ。その関係者が村に現れたことに、そして自分が必死に避けていたものをもたらそうとしていることに、エマは驚いた。
「ふう」
エマは大きくため息をつくと、いちじくの木で作られているねじれた形の杖へ手を伸ばした。エマはこの杖を母親そのものだと思って大事にしている。そしてどんな時も、この杖はエマに、何かに守れている安心感をもたらしてくれた。
だけど今日は何かが違う。今まで感じたことのない、どす黒い負の感情が湧き上がってくる。怒りだ。たとえアイシャが神話同盟の一員だったとしても、父や母とは世代が違う。アイシャを恨むのは間違っている。頭ではそう分かっていても、それを抑えることができない。
親を苦しめた神話同盟への、なにより自分の世界を壊そうとしているアイシャへの怒りに、今にも全身が燃え上がりそうになる。
「必ず殺してやる」
エマはそうつぶやくと、古ぼけた手帳をろうそくの火にかざした。手帳はあっという間に黄色い光に包まれる。その炎を見つめるエマの瞳は、田舎の暮らしの少女のものとは全く違う、ほの暗い何かを宿していた。
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