それって、とばっちりって奴ですか?
朝もやの中、カイとミトの二人は村へと続くあぜ道でエマが来るのを待っている。やっと顔を出し始めた朝日が、あぜ道の先に小さな影を浮かび上がらせた。
「エマ、寝坊かい?」
カイが大きく手を振りながら声を上げた。だが朝もやの向こうから近づく人影は何も答えない。
「もしかして、昨日から女の子の日だったのかな?」
そうつぶやきつつ当惑するカイに、ミトも首をひねって見せる。
「そうかも。でも単に寝坊しただけかもしれないよ」
やがて少しづつ溶けていく朝もやの向こうから、エマが姿を現した。畑仕事に行くときと同じく、薄い緑色の膝まである綿入りの上着をまとい、手には母親の形見のイチジクの木で作られた杖を持っている。
だがその様子はいつもとは全く違う。リスを思わせる愛くるしい笑顔はどこにもなく、唇をきゅっと横に結び、瞬きすることなく前をじっと見つめている。
「カイ、ミト。二人に大事なお願いがあるの」
エマが、全く感情のない声で二人に告げた。あまりの違いに、カイは手を下すのも忘れてそのまま固まっている。
「何のお願い?」
固まっているカイに代わって、ミトが聞き返す。
「私と一緒に、あの女、アイシャールを倒して欲しいの」
「あ、あの女!?」
我に返ったカイが慌てた声を上げた。
「あの女は、私の両親を殺したやつらの一味なの」
「エマ、ちょっと待って。いくら何でも年が合わないよ」
そう問いただしたミトへ、エマが首を横に振る。
「同じことよ。私には分かるの」
エマの答えに、カイとミトは互いに顔を見合わせた。どう考えてもつじつまがあっていない。しかしエマの顔は真剣そのもので、とても冗談とは思えなかった。
「あの女を倒してくれた人に、私は一生ついていく」
それを聞いたカイとミトの顔つきが変わった。今までどちらを選ぶかについて、言葉を濁してきたエマの口から、初めてはっきりとした条件が示されたのだ。
二人は昇りつつある朝日を浴びるエマの顔を眺めた。まさに女神と言う言葉がぴったりだと思うほどに美しい。これこそが、自分たちにとって、この世界で最も大事なもの。そしてもっとも得たいと思っている宝だ。
だがエマに見とれて、何かがエマの杖からにじみ出ているのに、同じものが自分たちの持つ剣と弓からも這い出そうとしている事には、二人は全く気付いていない。やがて少年たちの心の中にも、エマの怒りが乗り移ったかの如く、アイシャたちへの抑えがたい感情の渦が巻きあがっていく。
「エマの望みが俺の望みだ」
そう答えたカイに、ミトも深く頷いて見せた。
「色々とめんどくさいね」
誰かがこちらへ向かってくる気配に、サラは指に絡めていた細い糸、冒険者が警戒線と呼ぶものをリズムよく引っ張った。これで洞窟の中にいるアイシャへ、訓練の開始を伝えたことになる。そして洞窟横の切り株から腰を上げると、朝日を背に、三人の少年少女がこちらへと歩いて来るのを眺めた。
「今日はだいぶ気合が入っているじゃないか」
そうつぶやいた後で、すぐに表情を険しいものへと変える。
「違うね。そんなものじゃない」
サラは三人の真ん中にいる小柄な影が、杖を掲げたのを見ると、足元の切り株を蹴って背後へ飛びのいた。次の瞬間、両腕では抱えられないほど大きな切り株が、エマの杖から放たれた速攻魔法の一撃に、大量の土砂と共に空へ吹き飛ぶ。
サラは次の一撃を避けようと身をひるがえした。だが辺りは何もない原っぱで、身を隠せるものなど何もない。サラは自分のうかつさを呪いつつ、身にまとっていたマントを空へ放り投げた。投げたマントが、今度は光の矢によってバラバラに切り裂かれる。
「お気に入りだったんだけどね」
サラはそう悪態をつくと、腰に差した剣へ手を伸ばした。だが剣を握ったが何かに掴まれ、そのまま地面へと引きずり倒される。気づけば、体中が地面から生えてきた赤黒い根にからめとられていた。
『この子たちは本気だ!』
サラは心の中で叫んだ。何があったかは知らないが、間違いなく本気でこちらの玉を取りにきている。サラはアイシャへ警告すべく、まだ完全に抑え込まれていない左手を必死に伸ばした。その腕一つ分もない先には「非常事態発生」を知らせるための糸がある。
しかし
それでも必死に身をよじり、腕を伸ばそうとするサラの視線の先に、一つの影が現れた。目だけを動かして上を見上ると、杖を手にしたエマが、感情を全く感じさせない瞳で自分を見下ろしている。それを見てサラは気づいた。
『本物の冒険者だ……』
躊躇なく厄災を抹殺し、生き残りの為にパーティーの仲間でも切り捨てることが出来る者の目だ。それだけではない。その瞳には、昨日まで無かったほの暗い何かを宿している。背後に立つ少年たちも同じだ。
『何かに憑かれた? いや、違う!』
サラは自分が最初から間違っていたことを理解した。これが本来のこの子たち。この子たちの本性だ。アイシャにこれを伝えなくてはいけない。サラは必死に手を、指をのばそうとした。でももう意識が持たない。
「アイシャ、逃げて……」
そうつぶやくのを聞きながら、サラの意識は暗い淵へと沈んでいった。
「アイシャ~~!」
フリーダの絶叫が隠者の影へ響き渡った。その視線の先では、大きなあくびをしているアイシャの像がぼんやりと映っている。
「フリーダ、十秒おきに叫ぶのやめてくれ。流石にうっとうしすぎる」
「アイシャ~~!」
だがフリーダはアルフレッドの懇願を真っ向無視すると、今度は大きく背伸びしをしてアイシャに向けて、再び絶叫した。アルフレッドは両手で耳をふさぎつつ、再度文句を言おうとしたが、怪しげな気配に慌てて背後を振り返る。
そこでは幼い少女が、真っ黒な袋に手を突っ込みながら、これじゃないとかあれじゃないとか、ブツブツつぶやいていた。その度に背筋も凍る何かが、袋の縁からはい出そうとしては、どこかへと戻っていくのが見える。
「おい、リリス――」
アルフレッドの横から、紺色の神官服に身をつつんだエミリアが顔を出した。そして興味深そうに袋の中をのぞき込む。
「それって、リリスちゃんのペット?」
「ペットと言うほどの者ではない。裏庭で放し飼いにしているやつらだ」
「へぇー、暇つぶしの散歩?」
「違うぞ。迷宮に何もいないのは退屈すぎるだろう。それにせっかくアイシャが色々と罠をはっているのだ。その手伝いが出来そうなやつを見繕っていた」
「そうよね。ザコボスに中ボス、ラスボスもどきとラスボス、でも本当のラスボスはこいつでした、それぐらいはそろっていないと、楽しめないわよね」
エミリアの台詞に、リリスもうんうんと頷く。
「とりあえず、ザコボス候補を探しているのだが、これが意外と難しい」
「ザコボスって、見かけ倒し感が大事じゃない。これなんかどう?」
「これか?」
それを聞いたリリスが、袋の中へおもむろに手を突っ込んだ。明らかに只者ではない唸り声が聞と共に、黒光りする巨大な角の先が袋から顔を出す。それを見たアルフレッドの顔色が変わった。
「ちょっと待て。それはどう見ても、黒竜の角じゃないのか?」
「違うぞ。ちょっと大きめのトカゲだ」
「絶対にトカゲなんかじゃない!」
そう叫んだアルフレッドへ、リリスがうっとしそうに首を横に振って見せる。
「尻尾を切っても、そのうち生えてくると言う点では、トカゲと大して違いのないやつらだ」
「何をしたいのかは知らんが、絶対にもそんなものを出すなよ。この世界の何分の一かがすぐに灰になる!」
「アル君はいつも大げさにね。ちょっと火を吹くぐらいでしょう?」
「エミリア、黒竜の炎のどこが、
アルフレッドの言葉に、エミリアが少し考え込むような表情をした。そして角を手に、今にもそれをひっぱり出そうとしているリリスの方を振り向く。
「リリスちゃん、ちょっと待って!」
「そうだ、すぐにやめ――」
「アイシャの髪は結構痛みやすいから、火は止めといたほうがいいかも。アイシャの髪がチリチリになったりしたら、とってもかわいそうでしょう?」
「そうか。それは困るな。やはり氷系の方がよいか……」
リリスも腕組みしながら首をひねって見せる。
「うーん。氷もどうかしら? ほら、前回は雪で苦労したじゃない。ここはかなり寂しい感じがするから、死霊系がぴったりじゃない?」
そう言って、エミリアは手を叩いてたが、すぐに首を横に振る。
「でも、匂いがあるのはだめよね」
「そうだろう。これが色々と難しいのだ」
「死霊系にイチゴの香りを追加で……」
「どんなやつもなしだ!」
アルフレッドはリリスの手から袋を取り上げようとする。だが誰かに肩を叩かれ、振り返った。そこではフリーダが不思議そうな顔をして、隠者の影の先を見つめている。
「なんだ? 俺はこいつらの監視で忙しい!」
「あいつら、いったい何をしようとしているんだ?」
そう言って首をひねったフリーダの視線の先では、エマ、カイ、ミトの三人が、アイシャの待つ洞窟の奥へ向けて、極大技を放とうとしている姿があった。
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