何事も、舐めてかかってはいけません!
「今日は迷宮での実践訓練です」
「はい。アイシャ先生!」
私の台詞に、カイ君とミト君が元気よく答えた。ここが本物の迷宮なら、誰かから苦情が出てしまいそうなぐらいです。
「この迷宮は最近発生したばかりで、内部の探査は全く進んでいません。皆さんの目的は迷宮の構造とその性質の解明になります」
いわゆる処女探索という想定だ。依頼なら絶対に受けたくない類のものだが、それを聞いた少年たちの目は期待に光り輝いている。
私もこうして冒険に憧れていた時代はあったのだろうか? そんなどうでもいいことを考えながら、村の裏山にぽっかりと空いた洞窟へ視線を向けた。そこにはクマか何かの冬眠用ぐらいの穴が開いていて、ずっと前に死んだ迷宮の入口になっている。
それはあまりにも普通の穴で、誰かに教えてもらわなければ、それが迷宮の入り口だったとは絶対に気づけそうになかった。もっとも迷宮の形は様々で、一つの森、あるいは一つの山が迷宮化しているものだってあるらしい。
ただしどんな場合でも、特定の入り口以外からは内部へ侵入はできない。別の場所から入ると、元の場所へ叩き出されるか、下手をすれば永遠に閉じ込められてしまことになる。
そんな入り口もよく分からない所へ侵入するなんてのは、最低でもA級で固めた冒険者パーティーの出番だ。それでもビビる仕事になるらしい。
らしいとしか言えないのは、お姉さまたちの場合は厄災の方がビビるらしく、お茶や弁当を広げながら、自由に内部を探索していたからだ。なので本当はどのぐらい難しいのかは、実はよく分かっていない。
「では十分に気をつけて、探索を開始してください」
「はい!」
三人が再び元気よく声を上げた。そしてまお姉さまたちみたいに、何も恐れることなく、洞窟の入り口へ入って行こうとする。
「ちょっと待って!」
慌てて声を掛けたが遅かった。ドンという音ともに、何かが上から落ちてきた。
「ゲホ、ゲホゲホ……」
舞い上がった白い粉に、三人が盛大にむせる。典型的な
「これって、小麦ですか!?」
「そうみたいですね。でもこれで皆さんはもう幽霊です」
私の台詞に、エマちゃんが真っ白になった体を眺めながら、きょとんとした顔をする。
「本物の迷宮なら、小麦ではなく、皆さんの頭ぐらいはある岩だったかもしれません。それでも皆さんをぺっちゃんこにするには十分です」
三人が互いに顔を見合わせた。本物の迷宮なら、ピンク色の何かを床にぶちまけている。そして厄災たちの今晩のおかずです。
「迷宮に入ると言う事は、いつも命が狙われているところへ入ると言う意味ですよ」
それを聞いた三人の顔が、最初からそうあるべきもの、真剣なものへと変わる。
「エマ、明かりを先行させてくれ」
今度はだいぶ慎重になったらしく、三人はエマさんの魔法の灯りを頼りに、恐る恐る洞窟の中へと入って行く。私もランタンを手に、少し後ろを慎重に歩いた。
教官役の自分が、小麦を被るわけにはいかない。それにこの迷宮にいるのはサラさんです。ある意味、本物の厄災なんかよりはるかに手強い相手です。
ピチャ、ピチャ……。
少し進むと、どこからから水が滴る音が聞こえてきた。その先では、奥へ向かってなだらかに坂が下っている。三人は注意深く坂を下っていく。でもよく知った場所らしく、その足取りは私などより確かだ。
やがて私たちは大きな縦坑になっている場所の縁へと出た。そこは大きなホールにもなっていて、天井はランタンの灯りが届かないほどに高い。
上から滴る水が、どのくらいあるかも分からない穴の奥へと落ちている。入口で聞いた水音はこれだ。その縁には摩耗した石の階段が下へと続いている。厄災が私達を誘い込むために用意した舞台です。
三人は魔法の灯りを動かしつつ、慎重に穴の縁を覗いていたが、何もないと判断したのか、そのまま階段へと足を進めていく。
『えっ!』
思わず声がでそうになるが、必死に飲み込んだ。身をもって失敗することこそが大事らしい。サラさんからはあまり指示を出さないように言われている。彼らを見ていると、本当にそう思う。
パン、パン、パン!
今度は彼らの足元で派手な破裂音が鳴り響いた。小麦と同じく、サラさんがしかけたおもちゃだ。
「二回目ですね。どうしてこうなったのか、分かりますか?」
私の問いかけに、三人が叱られた子供のみたいな顔をした。
「迷宮は厄災が私達を誘い込むために用意したものです。容易に歩けそうな場所には、間違いなく罠や待ち伏せがあるんです。もしかして、森に野ブタでも狩にいくつもりでしたか?」
彼らは首を横に振ったが、そうだったに違いない。でも迷宮で狩人なのは、私たちではなく厄災の方だ。向こうは
それを前提に、こちらは自分たちの生き残りと生活をかけて、必死に厄災の裏をかくことになる。もっとも野ブタも、すばしっこい上に頭突きで逆襲してくるので、十分に手強い相手ですけどね!
「目視では、特に問題があるようには見えませんでした。どうすれば気づけるのでしょうか?」
そう聞いてきたミト君へ、私は首を横に振って見せた。
「それは皆さんがこれを階段だと思ってみているからです。罠そのものだと思ってみれば、別のものに見えてきますよ」
この階段なんて、いかにも通ってくださいという場所です。人が入らないはずの場所に、大してチリが積もっていない時点で、やばいと思わないと、命がいくつあっても足りません。
だけど口では面倒とか言っていましたが、サラさんは間違いなく厄災役を楽しんでいますね。今頃は腹を抱えて大笑いしているに違いない。こちらもサラさんの鼻を明かしてやらねばという気にもなってくる。
「ここに厄災がいることは明らかです。それを前提に、どうすべきか考えて行動してください」
それを聞いた三人が慌てて辺りを見回した。私も三人の後ろで周囲の気配を伺う。三人は竪坑へ注意向けているが、サラさんはそんな視界の効かないところへ潜んだりはしない。だとすれば……。
「エマさん、上へ光を放って!」
「
エマちゃんが上へ向けて速攻魔法を唱えた。私は視力を奪われないように腕で光を遮りつつ上を見上げる。やっぱりです。石化した木の根のようなものが入り組んだ天井に、黒い影がある。
「ミト、左奥だ!」
それに気づいたらしいカイ君が、ミト君へ声を掛けた。でも声で指示出している時点で、すでに一歩遅れている。
「
弓を掲げたミト君が、いきなり呪文を唱えた。絶対に力を最低限に絞るように言ってはいる。それでもかなり威力の光の矢が、天井へ向かって飛んでいく。矢は天井の石組へ連続して命中すると、バラバラと破片をまき散した。
一瞬やばいと思ったが、そこに人影らしきものは見えない。流石はサラさんだ。この子たちが力を抑えきれないことまで読んでいるらしい。と言うか、本当の探索なみに危険ですよ!?
でもこちらへ声をかけてこないところを見ると、まだ続ける気らしい。今度は闇の奥から何かが向かってくる気配がした。少しは教官らしいところを見せますかね。
「来ます。避けて!」
そう声を掛けると、鞘ごとを剣を振った。その先から目に見えぬ切っ先が暗闇の奥へと向かっていく。私が唯一まともに使える技、斬撃だ。サラさんのことだから、速攻魔法で弾かれるだろうけど、向こうの動きは止められるはず。
バン!
だけど私の予想に反し、何にも邪魔されることなく斬撃が目標へ命中した。何故だ?
「えっ!」
思わず声が漏れえう。目の前に現れたのはサラさんではなく、私の頭ぐらいはありそうな大きな石だ。それがロープに括りつけられ、巨大な振り子となって私の所へ向かってくる。
まんまとひっかりました。避けても今度は後ろから襲ってくる。鞘から剣を抜いて繋がっているロープを切り離した。次の瞬間、頭の上で何かが動く音が聞こえてくる。これって、間違いなくヤバヤバな奴です!
ザザザ――――!
案の定、避ける間もなく、頭の上から大量の水が落ちてきて、私の体をずぶ濡れにする。
ピチャ!
何かが床の水たまりの上へ、軽やかに着地する。
「アイシャ、水も滴るいい女だね」
そう告げて片目をつむって見せたサラさんへ、私は濡れた肩をすく見せた。
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