切ると光るものが出てくるって、何のお話でした?

 漆黒の闇の中に、ランタンの明かりが一つ灯った。その小さな明かりが闇の中にいくつかの人影映し出す。その中でひと際大きな人影が、ランタンを手に辺りを見回した。


 周りにあるのはただの瓦礫の山。かつてここが北限の鉱山都市、ハマスウェルに多くの富をもたらしていた迷宮だった名残すらない。


「それで、何かは見つけたんだろうな?」


 ランタンを手にした男が声を上げた。凍てつく寒さの中、男は銀色に輝く鎧をまとっている。そこにこびりついた塵と氷を払いのけつつ、男は床に膝まづく痩せ気味へ視線を向けた。


 だが真っ黒な皮の男を着た男は何も答えない。床へ描かれた複雑な文様をじっと見つめ続けている。


 それを見た鎧の大男、冒険者パーティー薔薇の騎士で前衛を務めるハワーズは、髭面の顔にうんざりした表情を浮かべて見せた。


「鎧なんてものを着ていると、ともかく冷えてしょうがない。この冷えた体と心を温めてくれるところへ、さっさと行かせてくれ」


 そう嘆いた口から盛大に白い息が漏れる。


「こんなところで鎧を着ていること自体が、大きな間違いなんじゃないの?」


 若い女性の声が響いた。ハワーズの手にしたランタンの光が、大きな茶色い毛玉を映し出す。北方狐のコートを何重にも着た、薔薇の騎士のリーダーを務めるタニアだ。


 その顔は人形が動き出したかと思うほどに整っており、まさに美少女という言葉がよく似合う。だがその青い目は決して若い少女のそれではない。猛禽類の如くに、常に冷めた色を讃えている。


「タニア、騎士にとって鎧は命だよ。お前みたいなモコモコしたものなんか着てみろ。俺が俺じゃなくなる」


「要するにあんたの本体は筋肉じゃなくて、そのという事ね」


「あのな!」


「二人とも少し静かにしてくれないか? これでもかなりの精神集中をしているのだよ」


「でもなランセル、この完全にぶっつぶれた迷宮の奥までたどり着くのに、山ほど瓦礫を片付けてやったんだ。そのぐらいたずねても、バチは当たらんと思うぞ」


「それについては君に感謝している。普通ならここにたどり着くだけでも三月、いや半年以上はかかっただろう」


 そのの台詞に、ハワーズは少しは機嫌を直したらしい。


「それで、厄災専門家としての意見はどうなんだ?」


 得意そうに鼻の下をこすって見せながら、今度は少し丁寧に呼びかける。しかしそれを聞いたランセルが、より不機嫌そうな顔をした。


「何度言えば分かる。専門家ではない。研究家だ。知識があるのと、まだ明らかになっていない事実を見つけるのは、天と地ほども違う」


 ランセルはそう嘆くと、服についた塵を払って立ち上がった。その姿を闇の中に浮かんだ青い光が照らす。


「やはり何の痕跡もなしですか?」


 光の向こうから女性の声が響いてきた。薔薇の騎士で、ランセルと共に魔法職を務めるアンチェラだ。この寒さの中、薄手の執事服を身にまとっている。瓦礫の山の中、執事服には染みどころか、皺の一つも見当たらない。

 

「ブリジットハウスと同じですよ。ここが迷宮だった気配すら残っていません」


「もしかして、この瓦礫の山が見えないのか?」


 それを聞いたハワーズが、慌てた声を上げた。


「物理的なものを言っているんじゃない。迷宮を構成していた波とでも言うべき存在が全く感じられないのだ。たとえ死んだ迷宮だとしても、残響のように波の痕跡は残る。ここにはそれすらも残っていない」


 それを聞いたタニアも呆れた顔をして見せる。


「でも巨大な裸の女と、厄災が群体化して暴れまくって、迷宮ごと破壊したんでしょう? ここの住人全員が夢でも見ていたとでも言うの?」


「確かに裸の女は気になるな。一体どこへ消えたんだ?」


 そう言って首をひねったハワーズの顔を、タニアはにらみつけた。


「ハワーズ、まじめな話をしているの。あんたは口を閉じていなさい。ランセル、それでどうなの?」


「全てが無かった事になっている。正直なところ、住人全員が夢を見ていたと言う方が、まだ信じられるな」


 タニアは子供みたいに頬を膨らませると、背後に立つアンチェラの方を振り返った。


「こんなど田舎の、それもめちゃくちゃ寒いところまできたのに、またも無駄足だった訳?」


「いいえお嬢様。ここへ来たかいは十分にありました」


 それを聞いたタニアが、より大きく頬を膨らませる。


「どういう事? ランセルは何もないって、言っているじゃないの?」


 タニアの台詞に、アンチェラが迷宮の一番奥を指さした。そこには溶けて固まった真っ黒な金属の塊がある。


「このゴミの山のどこが成果なの?」


「見つからないように隠したのです」


「隠す? 誰かが宝具でも残していったと言うの?」


「そんなガラクタではありません。この迷宮の守護者たちが、その存在をかけて守り通したです」


 そう告げたアンチェラの手に青白い光が揺らいだ。それを見たタニアとハワーズの顔が凍り付く。


「アンチェラ、こんなところでそんなものイルダスの灯を唱える気か!」


 アンチェラはハワーズの叫びを無視して、その手を上へ掲げる。ハワーズはそ慌てて背中に背負っていた盾を前へ掲げた。タニアも背を盾の背後へ飛び込む。


「ゴライアスの盾!」


 盾が輝き出すと同時に、辺りが青白い光に包まれる。続けて巨大な何かが倒れる大音響が響き渡った。


「ゲホゲホ、やるならもっと穏やかな奴を使ってくれ――」


 舞い上がった塵の間からハワーズが顔を出す。その顔も鎧も舞い上がった塵に真っ黒だ。その背後から現れたタニアの毛皮も、真っ黒に汚れている。それでも二人は、ランタンの光が映し出したものを前に、文句も告げずに固まっていた。


 さっきまで黒い金属の塊にしか見えなかったものが、二つに切り裂かれ、巨大で透明な容器が姿を現している。驚いたことに、容器はアンチェラの極大魔法を食らっても傷一つついていなかった。その中で、淡い光を放つ何かが、ゆらゆらと漂っている。


「子供? いや、女か?」


 ハワーズの口からつぶやきが漏れた。ハワーズの言う通り、容器の中に見えるのは、真っ白な肌と老人のように真っ白な髪を持つ幼い少女の姿だ。


「例の巨大な女の死体か?」


 ハワーズの問いかけに、ランセルが首を横に振った。


「子供だったと言う話は聞いていない。違うと思うな。それにこれは死体ではないよ」


「生きているのか?」


「死んでいるかと聞かれれば、違うとしか言えない。だが生きているかと聞かれても、そうだとも言えないな」


 ランセルの答えに、ハワーズがもどかし気に頭を振る。そして横の黒い毛玉になったタニアへ顔を向けた。


「タニア、お前はランセルの言っている意味が分かるか?」


「一緒にしないで頂戴。人じゃないんでしょう。なら答えは一つよ。この世界を奪いに来た奴らの一味。そうでしょう、ランセル?」


「奪いに来たのか、取り戻しに来たのかは微妙なところだ」


 それを聞いたタニアが、ランセルへフンと鼻を鳴らして見せる。


「細かい男ね。それよりも、こんなものを隠していたんですもの。神話同盟の連中が、とんでもない食わせ物だとことははっきりしたわ。これって、連中に対する十分な証拠にならない?」


「お嬢様、彼ら神話同盟が大きな秘密を抱えていることは確かです。しかしながら、これにかわっているという証拠はありません」


「せっかく見つけたのに、残念ね」


 タニアがフンと鼻を鳴らして見せる。


「ですが、それにたどり着く道筋は明かになりました」


「例の新人。それとこの子ね」


「はい、お嬢さま」


「やっと俺の出番と言うわけだな。女たちをたらし込んで、根掘り葉掘り聞いてきてやるぞ!」


 そう嬉しそうに声を上げたハワーズを、タニアが冷たい目で眺める。


「男って、本当にどうしようもない生き物ねたらしこまれるの間違いじゃないの?」


「それについては、俺たちをそう作ったパールバーネル創造神に文句を言ってくれ」


「その前に、先ずはこの子をここから出してやるべきだな」


 ランセルはそうつぶやくと、再び塵の上へ複雑な文様を描き始める。それを見たタニアが、そっとアンチェラの耳元へ顔寄せた。


「この子も、私と同じように捨てられたのかしら?」


「タニアお嬢様、あたなは捨てられたのではありません。王宮の皆があなたを恐れたのです」


 その答えに満足そうにうなずいたタニアの視線の先で、ランセルが呪文を唱え出す。どこかで聞いた子守歌みたいだと、タニアは思った。

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