戸締りは厳重に、ですね!

「なんだあの女、アイシャに抱き着かれてニヤついているぞ。すぐに私と代われ!」


「待て、フリーダ!」


 そう叫んで隠者の陰から出ていこうとしたフリーダの鞘を、アルフレッドが必死に掴んだ。もっともアルフレッドが引っ張ったぐらいで止まるフリーダではない。アルフレッドを引きずって、ズンズンと前へ進んで行く。


「お前たち、何をボケっと見ているんだ。すぐにフリーダを止めろ!」


 アルフレッドの叫びに、エミリアとリリスが互いに顔を見合わせる。


「さっさと何とかしろ!」


 リリスとの押し付け合いに負けたらしいエミリアが、何かの呪文を素早く唱えた。それが効いたらしく、揺らめきの先へ向かって突進するフリーダの動きが止まった。正しくはどれだけ走っても、前へは進まなくなっている。


「フリーダ、無限回廊エターナルを呼び出したから諦めなさい。ぶっ飛ばしたら、アイシャごとぶっ飛ばす事になるわよ」


「あ~~なんて羨ましいの。アイシャがあんな風に私の胸へ飛び込んできたら、それこそ力いっぱい抱きしめてあげるのに!」


 突破を諦めたらしいフリーダが、がっくりと膝を落とす。


「戦乙女のお前が力一杯抱きしめてみろ。全身骨折どころじゃすまないぞ。それに間違いなく窒息死だ」


 それを聞いたエミリアが、埃まみれになった服を払うアルフレッドへ冷たい視線を向けた。


「それは私に対する嫌味かしら? リリスちゃんもそう思わない?」


「なんでも大きければいいと言うものでもないぞ。これはこれで我の強みなのだ」


 そう答えると、リリスは薄い胸をフリーダに向かって張って見せた。しかしフリーダは二人の会話を全く聞いていなかったらしく、ぼんやりと映るアイシャの姿をガン見し続けている。


「アイシャの頭をなでるだなんて!」


 サラに頭をなでられ、アイシャが幸せそうな顔をすると、フリーダはさも悔しそうに声を上げた。さらには戦袍せんぽうの裾をちぎらんばかりに歯噛みして見せる。


「フリーダ、それは一族伝来の大事な衣装なんじゃないのか?」


「私にとって大事なのはアイシャだけだ。それ以外はどうでもいい」


 アルフレッドの指摘に、フリーダはいかにも面倒くさそうに答えると、不満げに背後を振り返った。


「エミリア、像が曇っていて、アイシャの顔がはっきりしないじゃないか。すぐに何とかしてくれ。それとあの女はカットで、アイシャの顔を拡大だ」


「そうだ、そうだ!」


 フリーダの要求にリリスも同意する。だがエミリアは二人へ小さく肩をすくめて見せた。


「それがね、色々とめんどくさいのよ」


「どういうことだ?」


 アルフレッドから見ても、正面に映る映像はいつもと違って、ぼんやりとした上に、とても不安定に思える。


「ここの住人たちにばれないようにすると、このぐらいが落としどころなのよ」


「あんな耄碌した連中に、何を遠慮する必要があるんだ?」


「フリーダ、口を慎め。ここにいるのは『ガイアスの盾』に『暁の明星』、そうそうたるメンバーばかりだぞ!」


「誰だって?」


「偉大な先輩たちだ。それにお前の言う耄碌するまで生き延びることが出来た、幸運な人たちでもある。でもエミリア、理由はそれだけか?」


「流石はアル君、鋭いわね。この村自体に強力な結界が張ってあって、それがかなりめんどくさいのよ」


「ギルドがあるぐらいだから、ここにもかつては迷宮があったはずだ。それを封じていた封印柱の影響か……」


 アルフレッドの台詞に、フリーダが首をひねって見せる。


「私は何も感じないぞ。それに封印柱らしきものも、どこにも見当たらないじゃないか?」


「フリーダ、お前が鈍感――」


 そう告げた所で、アルフレッドが考え込む表情をした。


「確かにお前の言う通りだ。そんなものはどこにも見当たらない」


「それがちょっと変わった封印なのよね。二重封印で一つは外向きにかかっているの」


「どういうことだ?」


「この村へ外から入いるのはとっても大変ってこと。もちろんそれをぶち壊して通り抜けるのは簡単よ。でもこっそり潜り込むのはそれなりに難しいやつなの」


「しかし一度中にへ入ってしまえば、何も問題はないはずだ」


 そう告げたアルフレッドへ、エミリアが首を横に振って見せる。


「内向きと外向きの封印が互いに干渉して隠されている上に、ちょっとでも術を使えばすぐにバレる仕組よ。もちろんそんなもの私たちには通じないけど、いつも通りとはいかない訳」


 エミリアの台詞に、リリスもうんうんと頷いた。


「確かに面白い術式だな。これは魔法が得意な奴を痛めつけるのにも使えそうだ。気に入ったぞ! 我の死ぬよりひどいコレクションの一つに加えてやろう」


「あれ、アル君。随分と難しそうな顔をしているじゃない? もしかして、糖分が足りていないんじゃないの?」


 エミリアは懐から飴の包みを取りだすと、それをアルフレッドの前で振った。しかしアルフレッドは嫌味の一つも言わずに黙り込んでいる。


「アル、その気持ちはよく分かるぞ。アイシャの姿がよく見えないだなんて、もどかしくて気が狂いそうだ」


「フリーダ、お前と一緒にするな。引退したのんびり暮らしている連中が、余計なものを入れたくないのは分からなくもない。だがどうしてアイシャたちは入れたんだ?」


「アル君、何を言っているの? アイシャは――」


 そう口にしたところで、エミリアも何かを考え込む顔をする。


「そうよね。アイシャはさておき、あの女も一緒に入り込めている。考えられるのは……」


「そうだ。アイシャたちが来たのを知って門を開けた。そして今度は厳重にその扉を閉めている。その意味は何だ?」


 アルフレッドの言葉に、フリーダ、エミリア、リリスの三人は互いに顔を見合わせた。




 僅かな蝋燭の明りの元、老人たちが質素なテーブルを囲んでいた。その顔はどれも暗く、深い愁いに満ちている。


「ダン、本当にやるのか?」


「もちろんだ」


 ダンが顔に大きな傷を持つ老人へ頷く。


「だがとても気持ちのいいお嬢さんたちだ」


 白く長い顎髭を生やした老人がぼそりとつぶやいた。それを聞いたダンが呆れたように両手を上げて見せる。


「俺達にはそんな感傷じみたことを言う余裕も資格もない。若い冒険者がどこへ行く当てもなく、ふらりとこの村にやってくるなんてのは、そうそうあるわけじゃないんだ」


「足がつくから、誰かを呼び寄せるわけにもいかないしな」


 傷を持つ老人もダンに同意する。


「儂らが背負った業か……」


 顎髭を生やした老人が天を仰いだ。


「業なんぞではない。罪そのものだ。だがダンの言う通りでもある。今さらやめるわけにはいかないし、時間がないのも確かだ」


「そうだな。だけどどうしてこんなことになったんだろう。若い時は死を恐れはしたが、拒絶したりはしなかった」


 顎髭をはやした老人はそう告げると、ここに集う全員を、かつてはミストランドで一流の冒険者として名を馳せた者たちを見回した。


「上を見たからだ」


 ダンの言葉に全員が頷く。そしてテーブルの上に置かれた小さな像へ、全員が首を垂れた。


「アイシャール様、どうか我らを見守りたまえ」


 その祈りに和するかのように、遠くでフクロウの鳴く声が響いた。

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