私とは縁もゆかりもございません!
「はあ~~」
思わず出たため息が、ギルドのホールへ響いてしまった。
「何をため息なんてついているんだい? 年寄りくさいよ」
サラさんが私へ声をかけてくる。そして薬草で作った蒸留酒のグラスを私の前へ置いた。恥ずかしい事に、サラさんの耳にも聞こえてしまったらしい。
ここのギルドは夕方になると誰もいなくなるので、ホールにいるのは私とサラさんだけだ。ダンさんは宿代もタダにすると言っていたけど、よく考えれば、留守番役をやらされているだけな気もする。
「決まっているじゃないですか。明日から何を教えればいいのか、見当もつきません」
サラさんにそう愚痴ると、私はグラスの中身を一気に空けた。少し青臭い香りの液体が喉を焼いていく。私はサラさんがテーブルに置いた瓶をひったくる様に取ると、今度はグラスへなみなみと注いでやった。
せっかくの三食付を諦めないとだめなんですよ。もう一杯ぐらい飲ませてください!
「どこから手をつけていいのか、分からないってかい?」
サラさんが苦笑いを浮かべつつ、前の席へ腰をおろす。
「はあ? 違いますよ。何を教えればいいのか、全く思いつかないんです」
私の台詞に、サラさんが不思議そうな顔をして見せた。
「山ほどある気がするけど?」
もしかしてもう酔っぱらっています?
「極大技やら極大魔法をぶっ放せるんですよ。私とは大違いです」
いまさら剣の持ち方とかで、お茶を濁す訳にもいかないですよね?
「その通りだよ」
「ですよね……」
「あんたは本物の迷宮に潜って戻ってきている。あの子たちとは大違いだ」
そう告げると、サラさんは私へグラスを掲げて見せた。
「でもやったことがあるのか、まだやっていないかの違いですよね?」
「自分のことになると、どうしてこうも鈍感なのかね……」
サラさんがかわいそうな物を見る目つきで、こちらを眺める。
「もしかして、不感症?」
「なんですかそれ!?」
そもそも私はまだ乙女ですよ!
「それじゃ聞くけど、あの子達と今すぐ迷宮に潜れる?」
「えっ!」
「迷宮のつもりでと言っているのに、いきなり大技をぶっ放す連中だよ。私ならとても無理だね」
言われてみれば、確かに今の彼らと一緒に潜りたいとは思わない。ともかく経験がなさすぎだ。なまじ力がある分だけ、余計に危険とも言える。結局のところ、迷宮で一番大事なのは力ではなくて、お互いの信頼関係だったりする。
相手が何をするか肌で感じられないと、厄災なんてやつらがうじゃうじゃいるところへ、足を踏み入れたりは出来ない。そもそもそんな力が必要になった時点で、迷宮への潜りとしては失敗です!
「でも私も役立たずですよ?」
ともかく色々とやらかし続きで、とても人の事など言えません。まだ生きているのが不思議なぐらいです。オールドストーンでは貴族の恨みを買った挙句に、一文にもなりませんでしたし、ブリジットハウスやハマスウェルでは本当に死にかけました。
気づくと、サラさんがとっても呆れた顔で私を見ている。もしかして、私は役立たず以下の存在ですか!?
「アイシャ、私はどんな迷宮だって一緒に潜るよ。それにあんたは少なくとも二つも街を救っているんだ。それが信じられないなら、一体何が信じられるんだい?」
「サラさん……」
私は椅子を蹴飛ばして立ち上がると、サラさんの見掛け以上に豊かな胸へ抱きついた。
「だからもっと自信を持ちな。それと酒が十分に飲めるぐらいは稼いでおくれ」
まるで幼子の様にサラさんが私の頭を撫でてくれる。あの
「はい、サラさん!」
元気よく答えては見たけど、稼ぎの件については全く持って申し訳ないとしか言えない。でもサラさんのお陰で少し冷静になってみると、今回の件は色々とつじつまが合っていない気がする。
「この村の人たちは冒険者をやっていて、無事に引退で来た人たちですよね。どうして基礎を教えなかったんでしょう?」
あの
「冒険者にするつもりなど、鼻からなかったんだろうね」
「それであの大技ですか!?」
冒険者にならないなら単なる危険人物です。それに何よりもったいない。
「中央へ行って、軍に入るのでもそれなりに役に立つさ。だけど当人たちが冒険者になるとか言い始めて、慌てて私達へ押し付けたんだろう。ともかく面倒な話しだよ」
サラさんが私に肩をすくめて見せる。やっぱり今回もただ飯に釣られて、へんなもんに首をつっこんでしまいました?
「でも誰かが教えてあげないと、生き残れないじゃないですか?」
「そう言うと思ったよ。あんたは本当にお人よしだね」
「すいません……」
「謝ることじゃないだろう。私はあんたのそう言うところは嫌いじゃない。それに私たちみたいなやくざな
「そうですよ。世の中に無駄なことなんてありませんよ。厄災がこの世界に存在する限り、私たち冒険者は必要なんです!」
『本当?』
そうサラさんに宣言した所で、お酒が回ってきた頭が変なことをささやく。厄災が封印柱で封じられている時も、私たち冒険者はお宝目的で迷宮に潜っている。むしろ私たち冒険者の方が、日々食べるために、厄災を必要としているとは言えないだろうか?
そもそもどうして核は成長するのだろう? 誰かが迷宮で倒れた冒険者の魂だと言っていた気がする。そうだとすれば、厄災と冒険者は倒し倒されではなく、誘い誘われの男女の仲みたいな関係になってしまう。
「何か気になることでも?」
「いえ、なんでもありません!」
「そんなことはないだろう? あんただって気付いたはずだ」
私が何を考えていたのか、勘違いしたらしいサラさんが、意味深げに頷いて見せる。
「あの子たちが持っていたのは間違いなく宝具だよ。剣だけじゃない。あの杖に弓もだ」
「そうなんですか?」
確かに変な感じはしたが、正直なところ、それが宝具かどうかは分からない。少なくとも、私が知っている宝具とは違う気がする。宝具には独特の波みたいなものがあって、近くにあれば間違いなく私の首筋はチリチリする。
ハマスウェルで使った、リリスちゃんから頂いた宝具なんかはその最たるもので、ピリピリどころかビリビリだ。でも彼らの武器から感じたチリチリは、どちらかと言えば、誰かが魔法を使った時の感じに近い。
「私を馬鹿にしていない? 山ほど担いでいたあんたと違って、法具に詳しいわけじゃないけど、これでも一応は元ギルドの職員だ。鑑定魔法ぐらいは知っている」
「そ、そうでしたね」
やる気があるようには見えませんでしたけど。
「やっぱり不感症なの?」
「その言い方はやめてください!」
せめて神経が図太いとかでお願いします。やっぱりランドさんのことを道中聞きまくったのを、未だに根に持っていますよね!?
「でも普通の封印と違うのは確かだ。私ごときじゃ、どんな封印をしているのかすら分からなかった。でもあれを売れば、冒険者なんてものに足を突っ込む必要もない。どうして世の中こうも損得が分からないやつらばかりなんだろうね」
そう告げると、私の顔をじっと眺める。だけどその点について言えば、サラさんだって彼らと同じです。
「必要があるかどうかと、やりたいかどうかは別じゃないですか?」
「そうだね。あんたの言う通りだ。やっぱり親へのあこがれかね……」
私の場合は冒険者以外だと、どこかの貴族の囲いものになるぐらいしかなかったので、選択肢そのものがありませんでした。それを今でも続けているのは、あの嫌味男に対する意地だけです!
「話は変わりますけど、エマちゃんのお父様って、有名な方だったんですか?」
「薔薇の騎士だ」
ミストランドにも同じ名前のパーティーがありましたね。それに嫌味男とはとても仲が悪かった気がします。もっとも、あんなやつとは誰も仲良くなんて出来ません!
「今もあるみたいですけど、そこのメンバーだったんですか?」
「私たちより相当に上だから、別物だと思うよ。当時はダントツで一番だったパーティーさ。エマの父親がリーダー、母親もそのメンバーだったはず。でもその後の話を何も聞いていないね」
そう言うと、酒が回り始めたらしく、ほんのりと桜色に染まった顔をひねって見せる。
「亡くなったのは確かなんですよね」
「有名人だよ。死んだら噂ぐらいにはなるさ。その後に出てきた神話同盟の連中がすごすぎて、その影に隠れただけかもしれないね」
「し、神話同盟ですか……」
あのお姉さまたちの日々を見ればそれも納得できる。何せ崩れが起きた迷宮を、鼻歌交じりでぶっ飛ばす人たちです。
「だけど色々と腑に落ちないね。そう言えば、あんたも神話同盟の関係者だったっけ?」
サラさんが私を見ながらニヤリと笑って見せる。
「私とは縁もゆかりもございません!」
全てなかったことにしたい、黒歴史ってやつなんです!
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