出来すぎなのも問題です!

 ビュ――!


 北風が雑木林の間にぽっかりと空いた原っぱを通り抜けていく。この寒空の下、何でこんな人気のない所にいるかと言うと、ギルドは雨漏りするほどのボロだから、やるなら外でやってくれと追い出された為だ。


 でも三食付きですから、このぐらいは我慢しないといけませんね。それに本当に凍りかけたハマスウェルよりは余程にましです!


「よろしくお願いします!」


 そんな寒さをものともしない声が耳に響く。背の高い子がカイ君で、少し小柄な子がミト君。女の子はエマさんと言う名前だった。三人とも年も同じで幼馴染らしい。なんてうらやましいんでしょう。


 でも本当にいいんですか? 私にこんなイケメンな幼馴染がいたら、すぐにどちらかを捕まえて、平和な家庭ってやつを目指します。間違っても冒険者なんてやくざな商売にはつきません。


「赤毛組のアイシャールです。こちらは同僚のサラさんです」


 自分の人生のあれやこれやを思い返しつつ、こちらも自己紹介をした。だけど三人とも少し戸惑った顔をしている。もしかして、頼りないとか思っていません?


「何か気になることでも?」


 ビクビクしながら声をかけると、三人とも首を横に振って見せた。良かったです。まだ私がかなりのヘタレだとはバレていません。


「いいえ。アイシャール先生のお名前が、私たちが毎日お祈りしている女神様と同じ名前だったので、少しびっくりしただけです」


「えっ、女神様ですか?」


 これはこれで、ちょっとびっくりな回答です。


「アイシャ、あんたのところには村の守り神はいなかったのかい?」


 サラさんの台詞に私は首をひねった。神様と言えばパール・バーネルだけのはず。そもそも神様が沢山いたりすると、互いに喧嘩してややこしくなるだけですよ。


 いや、喧嘩して全部追い出したんだっけ? この辺りは全く興味が無くて、よく分かっておりません。


「この辺り辺境じゃ、昔から言い伝えにある守り神の祠が残っているんだ。私のところはとっくにすたれて、単なるかび臭い石組しかなかったけど、この村ではまだ残っているんだろうね」


「へー、そうなんですか? 因みにその私と同じ名前の女神さまって、どんな神様なんですか?」


「全ての苦しみを取り去ってくれる方だと聞いています」


 エマちゃんが朗らかな笑みを浮かべつつ語ってくれた。でもなんかやばい気もします。全ての苦しみを取り去るって、世界を滅ぼすということじゃないですかね? たまに考える、明日が来なければいいと同じやつですよ。


 変なことを考えていたのがばれたらしく、エマちゃんが不思議そうな顔で私を見ている。とりあえず愛想笑いでごまかします。


「女神様と同じ名前だなんて光栄です!」


「はい。私たちもとっても光栄です!」


 三人が元気に答える。なんて素直でいい子たちなんでしょう。人はどこで何を踏み間違えてしまうのですかね。思わずサラさんと比べてみたくなります。


「何を人の顔をじろじろ見ているんだい。ぼっとしていないで、何から始めるか考えな」


「えっ、私が考えるんですか?」


「あんたがうちのリーダーなんだ。当たり前だろう?」


 リーダーと言う台詞に反応して、目の前に立つ三人も私の顔をじっと見つめる。


「あ、あのですね……」


 ただで三食と寝る場所が確保できたのに浮かれて、感じんなことをすっかり忘れていました。


 嫌味男が荷物持ちしかさせてくれなかったので、ミストランドでの経験は何の役にも立ちません。とりあえずサラさんにしてもらったことを、そのままパクらせて頂きます。


「先ずは皆さんの得意なものを見せてもらいます。ここが迷宮で、あの向こうにある林が厄災だと思ってやってください」


「はい。アイシャール先生!」


 三人が元気よく答える。本当にいい子たちです。


「できれば、アイシャと呼んでください」


 本名ですけどね、その怖そうな女神様の名前で呼ばれると、居心地が悪すぎて首筋がチクチクします。


「それじゃ、カイ君から順番にお願いします」


「はい、アイシャ先生!」


 そう素直に答えたカイ君が、皮でできた素朴なさやから剣を抜いた。腰を下げて剣を後ろへ引く。カイ君は私と同じ斬撃型の剣士らしい。とりあえず教えられそうな相手がいてほっとする。三人とも魔法が得意とか言われると、こちらは全くの役立たずです。


 でもどうしたのだろう。そのまま固まっている。いや、違う。まるで極大魔法を放つときみたいに、周囲のマナが彼の足元へ集まっていた。


「何をぼっとしているんだい。さっさと伏せな!」


 サラさんの声に、慌てて地面へ伏せる。口の中が砂だらけになるが、そんな事を気にしている場合ではない。


「あなたたちも――」


 エマちゃんとミト君に声を掛けようとした時だ。


「斬撃!」


 カイ君の声と共に爆風が辺りを襲う。その威力はフリーダお姉様ほどではないが、それでも私の斬撃とは比較にならない。地面に伏せていても、体が風で浮きそうになるぐらいだ。


「忘れられし地の彼方にて赤き光をまといし者よ。その炎をもって我が敵を塵と成せ……」


 今度は呪文の詠唱が、キーンという耳鳴りの向こうから聞こえてくる。


炎獄の大公イフリート!?」


 ちょっと待ってと声をかける前に、杖の先で真っ赤な光がきらめくのが見えた。ま、まずいです。こいつは無差別なので、このままだとこちらも間違いなく丸焼きだ!


「ウォール!」


 私の横でサラさんが速攻魔法を唱えるのが聞こえた。次の瞬間、世界の全てが炎につつまれる。それはカイ君の斬撃に吹き飛ばされた哀れな雑木達を、あっという間に塵へと変えていった。


 でもそれで終わりではないらしい。どうやって炎を避けたのか、ミト君が平然と弓を構えている。その手に矢はつがえていない。代わりに弓自体がまばゆい光を放っている。


「流星よ、我が敵を貫け!」


 すでに焼け野原へと変わった雑木林の跡地へ、真っ白な光が飛んでいく。


 ドン、ドン、ドン!


 まるで雷でも落ちたような鈍い音が響き、激しく地面が揺れた。風が舞い上がった砂埃を何処かへ連れ去ると、真っ黒に焦げた地面が、子供がすっぽり入りそうな大穴だらけになっている。


「あ、あのですね……」


 教官として何かを言うべきだとは思ったが、何も言葉が思いつかない。


 そもそもこれって何ですか!? 久しぶりに極大技やら極大魔法の連発を食らいました。まあ、お姉さまたちがやるのはもっと派手なので、慣れていると言えば慣れていますけど、そういう問題では無いですよね?


「その剣を見せてもらってもいいかい?」


 不意にサラさんがカイ君に告げた。そして固まっている私を尻目に、カイ君の方へ歩いていく。


「はい、どうぞ」


 サラさんは差し出された剣を受け取ると、それをじっくりと眺めた。さらに何かの呪文までかけ始めたらしく、サラさんの周りにマナが集まっていく。そのせいか、私の首筋もピリピリを通り越して、今やビリビリだ。


「これはどこで手に入れたんだい?」


 呪文を解いたサラさんがカイ君にたずねる。その顔つきは迷宮に潜る時みたいに真剣だ。


「これですか? エマからの借りものですけど……」


「父の形見です」


 エマちゃんが当惑した顔でサラさんに答える。


「なるほどね。エマ、あんたの父親の名前を教えてもらってもいい?」


「アダム・ローゼンです」


 それを聞いたサラさんがエマちゃんに頷く。何がなんだかさっぱりですが、先生らしく私も頷いておくことにする。


 サラさんそれ以上何も告げることなく、私の方を振り返った。そして固まっている私を眺めつつ、意地の悪そうな笑みを浮かべて見せる


「それでアイシャ、この子たちに何から教えるんだい?」


 やっぱり全振りなんですね。こんな出来すぎ君たちに、一体何を教えろと言うんです。もしかして、私がランドさんのことをしつこく聞いたことを、未だに根に持っていませんか!?

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