これが汚れちまった悲しみってやつですか?
声がした方を振り返ると、そこにはまだ子供らしさを残した、二人の少年と一人の少女が立っている。身に着けている物は質素な綿の服と毛で織られた外套で、普通の村の若者という感じだ。だけど中身はちょっと違う。
少年の一人は腰に剣を刺しており、背が高く若者らしい精気に満ちた顔をしている。それに近所の女の子たちを夢中にさせるほどのイケメンだ。私がこの村に居たら、絶対に後ろをくっついて歩く。
もう一人の少年は少し小柄で、背に短弓を背負っていた。大きなくりくりとした目をしており、とってもかわいらしい顔をしている。エミリアお姉様がいたら、間違いなくすぐに食べられてしまいます。
その真ん中に、丸顔のお人形さんみたいにかわいらしい少女がいた。杖を手に立つその姿は少しおっとりした感じだが、世の男性たちが守ってあげたくなる謎のオーラをまとっている。いわゆる最強種だ。
「おじい様に言われてきたのですが?」
少女が私とサラさんに小さく会釈をしつつ、受付の奥に声をかけた。どうやら見かけだけでなく、性格も素直らしい。三人とも世の中の面倒臭い何かとは全く縁のない、まっすぐで曇りのない目をしている。
私にもこんな素直な時代があったのだろうか? そう思いつつ、目の前のサラさんへ視線を向けた。そこに見えるのは、明らかに世のあれやこれやに曇りまくった黒い瞳だ。
「何を人の顔をじろじろと見ているんだい?」
私の視線に気付いたらしいサラさんが、いかにもうっとうしそうな顔をして見せる。やっぱりさっきの女の子とは大違いです。
私も闇が深いというか、闇そのものの人たちの近くにいましたので、気を付けないといけません。特にあの嫌味男に関して言えば、闇と言うより邪神そのものです。
「おー、来たか?」
受付の奥からだみ声が響いてきた。このひま~なギルドでギルド長をしているダンさんだ。かなりの歳だと思うのだけど、元冒険者らしく、身のこなしには全く歳を感じさせない。
でも年齢相応と言うべきか、頭には毛が無かった。その為、明かり窓から入ってきた日の光を見事に反射している。でも他のおじいさん達と一緒に、私とサラさんの稽古をニヤニヤしながら眺めていたので、別の意味では間違いなく現役です。
「家の手伝いの方は大丈夫か?」
「収穫後の畑の片付けも全部終わりました。あとは春先の炭焼きと、灰を畑に撒く作業までは一休みというところです」
背の高い少年がダンさんに答える。その態度も素朴で素直な感じです。
「そうか。ここでちょっと待っていなさい」
ダンさんはそう告げると、受付を出て私たちの方へ歩いてきた。
「お嬢さん方」
「もうお嬢さんと呼ばれる年でもないけどね」
サラさんが肩をすくめつつ、背後に控える少年少女たちをちらりと見る。どうしてこうもひねくれているんでしょう。サラさんはいざ知らず、私はまだまだお嬢さんと呼んでいただきたい年なんですけど!
「儂からしたら、あんた方は十分にお嬢さんだよ」
「それで?」
にこやかに笑って見せるダンさんに、サラさんが愛嬌というものを微塵も感じさせない態度で答えた。
『いけません!』
後ろでこちらを眺めている三人が、びっくりした顔をしています。私たちは無名も無名なので、せめて愛嬌ぐらいは良くしないと。と言うか、それぐらいしかアピールポイントが無いんです。
「後ろの三人の方々はどなたでしょう?」
とりあえず愛想笑いで聞いて見る。
「村で預かっている子供たちだ」
「預かっている?」
「この村の大半が、引退した冒険者だという話は聞いているだろう?」
「はい」
「お嬢さんも知っての通り、冒険者って商売は早死にするやつも多い。それで孤児になったり、手元で育てるのが難しくなった子供を村で引き取っている」
「そうなんですね」
確かに冒険者も生きるための何かの一つだが、長生きするには全く向かない。でも冒険者になるものがいなければ、世界は厄災のものだ。
「まさかと思うけど、あの子たちを?」
サラさんのつぶやきに、ダンさんが肩をすくめて見せる。
「そのまさかだよ。俺たちとしても冒険者なんてやくざな商売、おっと失礼。危険な職業なんてもんじゃなく、もっとまっとうな商売につけてやりたいのだけど、血かね」
そう言うと、ダンさんは背後の三人へ視線を向けた。
「あの子たちも親と同じ商売につきたいらしい。それにひいき目抜きで、才能ってやつもある」
「ふーん。でも親は一番大事な才能に恵まれていなかったんだろう?」
サラさんが少しばかり意地の悪そうな顔で、ダンさんに告げた。
「一番大事な才能って、何ですか?」
「アイシャ、あんたが人並み外れて持っているもの、運だよ。私たちの商売にとって、それに勝るものはない。もっともあんたの場合は、間違いなく悪運だけどね」
「サラさん!」
思わず席から立ちあがりたくなるが、ぐっと我慢する。やっぱりあの三人と違って、色々とねじ曲がり過ぎです。
「私のことは後にしてください。それで、私たちに何か御用でしょうか?」
「お嬢さんたちに、臨時でこのギルドの教官をお願いしたい」
「ちょっと待ちな。なんで私たちなんだい? 教官役なら、あんたたちで十分だろう? いや、おつりが出るくらいだ」
私の愛想笑いの努力を全く無にする態度で、サラさんが声を上げた。
「現場を離れてどれだけ立つと思う。耄碌していて、若い奴の相手なんて無理だ」
「どの口が言っているんだい」
「この口だよ。冒険者に必要なのは技だけじゃない。世を渡るための駆け引きも必要だ。それにはやっぱり現役のあんたたちが一番いい」
そう告げたダンさんが、私たちに指で丸を作って見せた。
「別に暇つぶしをやれと言っているんじゃない。ギルドからちゃんと給金を払う。それに飯もだ」
「飯って、夕ご飯だけですか!?」
「アイシャ、なんの話をしているんだい?」
「サラさんは口を閉じていてください。朝ごはんにお弁当もつけてもらえます?」
この手ははっきりさせないと駄目です。あとからお昼の弁当代は有料だなんて話になったら、とっても悲しいじゃないですか!?
「ああ、つける。それに宿代もただにしよう」
私に圧倒されたらしいダンさんが、毛のない頭を掻きつつ答える。やはり交渉ごとに勢いは大事です。
「お引き受けします。サラさん、いいですね!」
「あんたね、人の面倒を見るのがどれだけ面倒か、知ったはずだろう?」
でも前回の護衛役とは違いますし、相手はくそったれの貴族なんかじゃなくて、ギルドです。噛みついてくるようにも見えません。何よりこれまでは、あの嫌味男に罵倒されるばかりでしたからね。
「一度はこう言うのをやってみたかったんです!」
「まあ、いいさ。このパーティーのリーダーはあんただ」
サラさんが天を仰いで見せる。
「それじゃ決まりだな」
「はい、よろしくお願いします!」
私は差し出されたダンさんの手を思いっきり握りしめる。その手には冒険者らしく、厚くて大きな剣だこがあった。
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