美少女を冒険者アイシャ、暇を持て余す

暇です。暇すぎです!

「アンチェラさんもお変わりなく。それに相変わらずのお美しさです」


 そう告げた若い男性に対して、隣に座るやはり若い男性が小さく咳をしてみせた。


「ニール、お前な――」


「ルシア、これは仕事抜きさ。噓偽りのない心からの言葉だよ」


 そう言うと、ニールと呼ばれた若者は口元に笑みを浮かべて見せた。


「それに僕らではまだまだアンチェラさんの相手は務まらないよ。いや、永遠に無理だね」


「買いかぶり過ぎと言うものです。それにお二人のお噂は私の耳にも聞こえています。ザバン公爵家における跡継ぎ交代の件は、中々見事なお仕事だったと思います」


「ほら、ルシア。あれだけ注意を払ったつもりでいても、アンチェラさんは全てお見通しだ」


 そう告げた相棒の言葉にルシアは頭をかいて見せた。その姿を、いくつかのテーブルに座る女性たちがじっと見つめている。


「そう言えば、せっかく人を操る方法を教えてあげたのに、アルバートさんは遠いところへ行ってしまったみたいですね」


「そうですね」


 ニールがなんの感傷も示さずに、あっさりと答えた。


「一時期、一緒にやっていたのではないのですか?」


 アンチェラの言葉にルシアも両手を上げて見せた。


「見掛け倒しのやつで、何も中身がありませんでした。それに実際は術も使ません。せいぜいが寝台での睦言と薬ですから、いずれはそうなると思っていました」


 ニールも頷くとおもむろに口を開いた。


「目的と手段は別のものです。彼はその違いがよく分かっていませんでした。道具を使う事に夢中になっていただけです。あれでは何も成せません」


「あなた方お二人はその違いが分かる、少数側の人間だと思っています」


「アンチェラさんから、そう思って頂けたとすればまさに光栄の至りです」


 アンチェラの言葉にルシアが目を輝かせて答えた。その表情に何人かの女性たちは、席から腰を浮かして前のめりになっている。


「ルシア、違うよ。そう思って自惚れるようじゃだめだと、アンチェラさんは言っているのさ。それで、今回の依頼の進め方ですが――」


「一任します。お二人が一番いいと思う方法でお願いします」


 そう言うと、アンチェラは席を立った。目深にフードを被った後姿を席に残った二人がじっと見つめる。


「なあ、ニール。あの人と会ったことは、俺たち最大の幸運であると同時に不幸でもあるな」


「間違いなく幸運だよ」


 ニールはそう告げると、二卵性双生児の兄に微笑んで見せた。


「あの人はどんなことをやっても、それが手段であるなら許されると僕らに教えてくれたんだ」




「あんなので大丈夫なの? 単にまどろっこしいだけじゃない?」


 向かい側にある場末の料理店に戻ってきたアンチェラに、タニアが不満そうに頬を膨らませて見せた。


「威力偵察です」


「なにそれ?」


「軍事における常識ですよ。神話同盟の動きが分かっていません。なので相手の出方を見る必要があります」


「元近衛騎士団のあんたが言うのだからそうなんだろうけど、私からすれば余計なだけよ」


「それよりもお嬢様、ハマスウェルの調査が最優先かと思います」


 そう告げると、アンチェラはテーブルに座る薔薇の騎士の面々を見回した。席に座る全員が目深にフードを被っている姿は異常と言えば異常だが、故に誰も視線を向ける者はいない。


「なんでも巨大な女、それも赤毛の女が現れたんでしょう? 『なにそれ』って感じだけど……」


 タニアの言葉にランセルが頷いた。


「極めて興味深いな。単純に巨大化した場合、骨構造から言って自重に耐えられないはずだ。崩れを前にした集団ヒステリーによる誤認の可能性もある」


 そう呟くと、ローズマリーと赤ワインで味付けをした子羊のソテーを口に含んだ。


「俺はパスだ」


 ナイフで全部の肉を突き刺すと、それを一口で飲み込んだハワーズがそう声を上げた。


「何でハマスウェルなんて僻地も僻地、それもくそ寒い所に行かないといけないんだ?」


 ハワーズの台詞に、アンチェラが首を傾げて見せた。


「意外ですね。ハマスウェルは北方系の美人が多いと聞きましたけど……」


 その言葉に、赤ワインを口に流し込んでいたハワーズの動きが止まった。そして黙々と食事を続けるランセルの方を振り向く。


「おい、ランセル。何をそんなちまちまとした食い方をしているんだ。さっさと食え。すぐに出発するぞ」


「これからハマスウェルに向かうで、異存なしですね?」


 そう告げたアンチェラに、薔薇の騎士全員が頷いて見せた。




「暇です。本当に暇です」


 ギルドの受付のテーブルへ体を伏せながら、そう呟いた私にサラさんが冷たい視線を向けた。まずいです。心の声が漏れてしまいました。


「そんなに暇ならさっきの続きでもするかい?」


「いえ、もう十分にお腹いっぱいです」


 なんで私がテーブルに体を伏せているかと言えば、さっきまでサラさんに訓練場でこれでもかと絞られたからです。今は指一本すら動かす気になれません。


「それに依頼って、こんなにもないものなんですね」


 私の台詞に、サラさんが小さくため息をついた。


「迷宮を抱えているところでも無ければこんなものだよ。だいたい冒険者と言っても、ほとんどが他の仕事と兼業だ。しかもここみたいな街道筋からも外れた所だと、護衛の依頼もないから実に静かなものだよ」


「でも、どうしてギルドがあるんですか? 何かあれば、他から応援を頼めばいいじゃないですか?」


 私はそう答えると、このバードレストという小さな街のギルドを見渡した。そこには本当に小さな依頼板が設置された受付と、僅か数客のテーブルの置かれた広間がある。もちろんそこには私達以外、誰も座ってなどいない。


「あんたはミストランドなんて、大手も大手に居たから分からないだろうけど、こういう小さなギルドにも意味はあるのさ」


「どんな意味ですか?」


 全く理解できません。


「冒険者になろうと思ったら、普通はここみたいなところに登録して、大して問題にもならないハグレを相手に腕を磨くんだ。そこで初めて街道筋なり迷宮を備えたギルドへ行く」


 そう告げると、サラさんは私の方をジロリと見た。はい。私が色々とズルをしている点については多少の自覚ぐらいはあります。


「そもそも、ド素人がいきなり迷宮なんかに潜ったら最初の潜りから戻ってこれない。そんな事ではいつまでたっても、冒険者の数なんて増えないじゃないか?」


 そうか。だから訓練設備だけはよく整っているのか。それに訓練中の私達をニタニタした顔で眺めていたおじいさんたちは、元冒険者の方々なのですね。


「そう言うものですか?」


「そう言うものさ。それに現役を引退した人間が別の仕事をしながら、たまに迷い込んだハグレの相手をするなんてのもあるんだよ。だいたいアイシャ、あんたは髪が白くなってもこの商売を続けるつもりかい?」


「いえ、全くもってそんな考えはありません!」


 他に選択肢がなかったので成り行き上やっているだけです。でも冒険者が続けられなくなったら、何をするかなんて考えたこともなかった。


「サラさん、今度冒険者を引退したら何をするつもりですか?」


「私かい? そうだね。今度こそまともな男を掴まえたいね」


「もし、まともな男が見つからなかったらどうしますか?」


「相変わらず、どうでもいいことにしつこい女だね」


「その時は私と一緒に、生きるための何かをしてくれますか?」


 私の台詞に、サラさんが心底呆れたような顔をして見せた。たとえ冒険者を辞めたとしても、サラさんとお別れしてしまうなんてのはとても耐えられそうにない。


「あのね。私が引退するとしたらあんたが引退した時だよ。それにあんたには吟遊詩人が歌い継ぐような冒険者になってもらわないと、私の人生の収支があわないんだ」


「はい、サラさん。精一杯努力します」


「失礼します!」


 その時だ。背後から声が、それもどうも若者らしい声が響いた。依頼だろうか? サラさんと顔を見合わせると、私は心からの期待を込めて、背後にある入り口を振り返った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る