愛嬌? 女は根性です!

 サラ・アフリートは閃光を上げる迷宮をじっと見つめた。閃光が上がる度にズドンという振動が足もとから響き、建物を揺らしている。その度にいくつかの建物が崩れ落ちては辺りに埃をまき散らした。


 だがその埃も冬の嵐にあっという間にかき消され、後には瓦礫の山と泣き叫ぶ人々が残される。頑固に見える迷宮を囲む壁も例外ではない。


 壁に張り巡らされた傾斜路はそこにいる人ごと崩れ落ち、先端に備え付けられた荷揚げ用のゴンドラも子供の乗るブランコみたいに揺れると、そのままどこかにはじけ飛んでいく。


「これはやばいね」


 サラの口から言葉が漏れた。その横ではクラリスがサラの手をじっと握っている。その顔を今度は青白い光が照らした。迷宮を取り囲むように建てられている封印柱の間を、青い稲妻が走っている。


「封印柱も持ちそうにない」


「破られたらどうなるんだい?」


 ジェニファーがサラに問いかけた。


「欲の皮の張った奴らが地獄の窯を開けちまったんだ。山ほど厄災やつらが飛び出してくる」


「それで随分と、景気のいい男たちが多かったんだね」


 ジェニファーがサラに肩をすくめて見せた。


「逃げないのかい?」


 サラは少し不思議そうな顔をすると、そうジェニファーに問いかけた。


「あんただって、逃げる気なんてないんだろう? あんたがどこかに行ってしまったら、あの子の帰る場所がなくなっちまう。私らも同じだよ。私らが逃げたらあの男の帰る場所がなくなる」


 そう答えると、ジェニファーは背後にいる女たちの方を振り返った。その手には麺棒らしい太い木の棒が握られている。女たちも、それぞれに火かき棒やら包丁やらを手にして立っていた。


「ここからが私らの根性の見せ場なんだ」


 ジェニファーの台詞にサラも頷いて見せた。もちろんサラもどこかに行く気など毛頭ない。

 

「そうだね。確かに根性を見せる時だ」


 サラはそう告げると、傍らにいるクラリスの顔を覗き込んだ。


「怖いかい?」


 その問いかけにクラリスが首を横に振る。その顔に恐怖の色はない。あの二人が絶対に戻ってくると信じているのだ。それを見たサラは鎧の内ポケットに手を入れると、そこから紐みたいな物を取り出した。


「クラリス、これはランドからあんたに渡して欲しいと言われたものだ。もともとはあんたの母親から預かっていた物らしい。そしてこれはあんたに掛けられた封印の鍵でもある」


 サラが差し出した手の上にあるものを、クラリスはじっと見つめた。そこにあるのは、真っ白な色をした石がはめ込まれたペンダントだ。


「アイシャの事は好きかい?」


 サラの言葉に、クラリスは一瞬当惑した表情をして見せたが何度も首を縦に振って見せる。


「私もだよ。私は器用貧乏でね。剣も魔法も使えるけど、使える魔法は速攻魔法のちんけな奴ばかりだ」


 そこで言葉を切ると、サラはクラリスの顔をじっと見つめた。


「だけどあんたが私と同じ気持ちでいて私に力を貸してくれれば、二人が戻って来るまであれを抑えられると思うんだ」


 サラの言葉に、クラリスは躊躇なく手の上のペンダントを取ると、それを首に巻いた。ペンダントがクラリスの胸へ収まった瞬間、まばゆい光がクラリスの体を包み込む。


「一体なんなんだい!」


「本来のこの子に戻るんだ」


 ジェニファーの叫びにサラが答えた。それは淡い粉雪の様な光を辺りに振りまくと、再びペンダントの中へと戻っていく。クラリスは瞑っていた目を開けるとサラに頷いて見せた。


「では行くよ!」


 再びクラリスの体から光が溢れ、それがサラとクラリスの体を包み込んだ。サラはクラリスの手を握ると、それを前へと差し出した。その先では迷宮を囲う封印柱が、次々となぎ倒されていくのが見える。


「精霊よ我が盾となれ!」


 サラの唱える呪文と同時に、握った手からまばゆい光が放たれる。その光は崩れ落ちる壁の代わりに、そこに淡い光の壁を作り出した。




『ランドさん、時間がありません、迷宮に直行してください!』


 雪の向こうから漏れてくる閃光を見ながら、私はランドさんに呼び掛けた。崩れがおきてしまった以上、封印柱が持っている間に核を何とかしないといけない。


 そうでないと、核を封印出来たとしても、辺りに飛び散った厄災に街にいる人たちが皆殺しにされてしまう。クラリスちゃんたちも、サラさんもその例外ではない。


『分かった!』


 ランドさんの翼が冬の嵐を捉え、あっという間にハマスウェルの街が近づいてくる。


『封印柱が!』


 そこで起きている出来事に私は思わず心の中で悲鳴を上げた。視線の先では、青白い光を上げながら封印柱が次々となぎ倒されていくのが見える。同時に大量の厄災たちが壁を昇っていくのも見える。


 間に合わなかったという気持ちに、心が張り裂けそうになる。だが淡い光が迷宮の周りを包むと、壁から出ようとした厄災たちをそこで弾き飛ばした。ギルドの冒険者たちだろうか?


『サラとクラリスだ!』


 私の疑問にランドさんが答えた。


『サラがクラリスの封印を解いた。クラリスは信じられないほどの魔力を持っている。それを大人達にいいように使われるのを恐れて、あれの母親は家を飛び出したんだ』


 そうか、あれはクラリスちゃんの力を借りたサラさんのとんでもウォールなのか!


『ランドさん、このまま迷宮の最下層、行けるとこまで行ってください!』


 私はランドさんに叫んだ。サラさんとクラリスちゃんの二人が頑張ってくれている。だけど信じられないほど巨大なウォールだ。長い時間持つとは到底思えない。ともかく核に近づけるだけ近づいて、宝具を放ってやる必要がある。


『しっかり掴まっていろ!』


 ランドさんはそう告げると、サラさんのウォールの上を超え、一気に迷宮の底へ向け急降下していく。そのあまりの早さに、辺りの景色が飛ぶように過ぎ、体が後ろへ弾け飛ばされそうになる。


 不意にその横を何かが通り過ぎた。見ると巨大な鶏の様な姿をした厄災、通称コカトリスが、壁を蹴ってこちらへと飛んでくる。その爪は刃の如く鋭い。それに切り裂かれたら間違いなく即死だ。


 ランドさんはそれを巧みに避けながら、各層を下に抜ける竪穴を次々と潜り抜けていく。ただ掴まっているだけの私にとっては、もうどちらが上でどちらが下かも分からない。やがてランドさんは大きく翼をはためかせると、急速に行先を落として地面へと着地した。


『30層だ。この下が最下層の31層になる』


 辺りは真っ暗で何も見えない。私は腰にまいた道具袋に手を入れると、そこから照明材を取り出して火をつけた。松脂の焼ける匂いと共にそれは黄色い光を灯す。私は前の暗がりに向けてそれを投げた。


 それは辺りに黄色い光を振りまいたが、何も照らし出さない。おかしい。最下層、核に近い所なら核を守る守護者と呼ばれる恐ろしい厄災が控えているはず――。


『アイシャ、上だ!』


 ランドさんの叫び声と共に体が前へと突き飛ばされた。私が先程までいた場所には、鉄の槍、いや柱みたいなものが突き刺さっていて、辺りにランドさんの羽根が舞っている。


『ランドさん!』


『俺は大丈夫だ! それよりも上にうじゃうじゃいるぞ!』


 その言葉に私は上を見上げた。そこには黒光りする何かがうごめいている。それは丸い鉄球に蜘蛛の足、それも槍の様に先が鋭く尖った足を持つ厄災が大量にいた。守護者と呼ばれる強力な厄災だ。


 その足が床に向かって次々と打ち下ろされてくる。床を転げ回って必死にそれを避けるが、逃げ回るのが精いっぱいで、宝具を取り出すことはもちろん、斬撃の一つを放つことも出来ない。


 闇の中でランドさんの羽ばたきも聞こえるが、ランドさんもそれを避けることしか出来ないでいるらしい。せめて何か反撃をして隙を作らないといけない。


 その時だ。照明材の奥に淡い光が灯った。なんだろう。みると膜みたいなものがあり、それがぼんやりと光っている。いや、膜が光っているのではない。その背後にある何かがその光を放っていた。


『なぜ?』


 同時に誰かが私の心に語り掛けてくる。ランドさんではない。それにどこか聞き覚えのある女性の声だ。


『なぜ、あなたなの?』


 再び声が聞こえた。それは膜の向こうから聞こえてくる。それにいつの間にか守護者の私への攻撃が止んでいた。よく見ると、天井からぶら下げられた半透明の膜の中に何かが浮かんでいる。


『人!?』


 私はその姿に驚いた。中にいるのは、膝を抱えて体を丸めた人、それも女性だ。それが子宮の中の赤子みたいに膜の中に浮かんでいる。その肌は雪のように白く、膜の中を漂う髪も真っ白だ。だがその姿は、どこかで見たことがある気もする。


『どうして?』


 それが再び問いかけてくる。そして膝に埋めていた顔をゆっくりと上げた。その顔は私と年が変わらない女性の顔だ。それにこの顔は――。不意にその目が開いた。真っ赤な宝石みたいな瞳が、私をじっと見つめる。


『どうして、私ではないの?』


『アイシャ、何をしている。今だ!』


 ランドさんの声が響いた。再び上で守護者たちが動く気配もする。私は胸元にしまっていた箱を取り出す。そしてその蓋の封印を歯で引きちぎってそれを開けた。その瞬間、黒い何かがそこからあふれ出していく。


 同時にチクチクなんかではなく、ゾクゾクする気配が私の体中を駆け抜けていった。これはなんだろう。前に感じたことがある奴に似ている気がする。そうだ、あの目玉お化け――。そう思ったところで、私の体が背後へと吹き飛ばされた。


 その体を柔らかい何かが受け止めてくれる。振り返ると、ランドさんが私の体を胸の羽毛で受け止めてくれていた。だが白く見えていたはずのその羽毛は血に赤く染まっている。


『ランドさん――』


 私が声をかける間もなく、ランドさんはわたしの体を足に抱えると、そのまま翼をはばたかせ一気に上へと昇っていく。


 私の足の下では、黒い何かによって守護者たちの足がへし折られ、次々とはじけ飛ぶのが見えた。

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