これでは私が人類の敵です!
ランドさんと一緒に今度は迷宮の縦穴を上へと昇っていく。だが傷を負っているせいか、その羽ばたきはどこかぎこちなく聞こえた。
そこにコカトリスをはじめとした跳躍力のある厄災たちが、行き同様に私たちを襲ってくる。それはまるで
それでもランドさんは巧みな旋回でそれを避けていく。そしてついに最上階を抜け、迷宮の上部へと到達する。同時に冬の嵐が私たちを翻弄した。それにもみくちゃにされながら辺りを見回すと、壁にはまだびっしりと厄災たちが張り付いている。
だがサラさんのウォールはまだ健在だ。迷宮の周りにめぐらされた淡い光がその津波の様な大群を弾き飛ばし、迷宮の底へと叩き落し続けている。私の放った宝具はどうなっただろうか? それがこちらの計画通りに核同士で消耗しあってくれないと、全ての努力が無駄になる。
『なんだあれは!?』
不意にランドさんが慌てた声を上げた。そして翼を羽ばたかせて迷宮の真上から退避する。私は自分の足元、その下にある黒々とした迷宮の入り口を見つめた。そこから何かがこちらに向かってくるのが見える。同時に壁際にいた厄災たちが、迷宮の入り口の方へ一斉に駆け下り始めた。
『何があったんだろう?』
そう思った瞬間、私たちの横に巨大な何かが立ち上がった。それは大きく腕を振り回すと、迷宮内にいる厄災たちを叩き潰していく。それは赤いおさまりの悪い髪に――。
ちょ、ちょっと待ってください! 人様に特に誇れる訳ではない普通の胸に、少しばかり肉付きの良すぎる上腕も見えます。こ、これって、どう見ても私ですよね!? それが厄災たちを払い落とし、足で踏みつけている。
それにまっぱです。まっぱですよ!
唯一救いがあるとすれば、それが巨大とはいえ階層をぶち抜いて立っているせいか、迷宮を取り囲む壁から頭一つぐらいしか出ていないことです。もし全部見えていたら、下の毛も赤毛であることがバレバレです!
私が羞恥心に悲鳴を上げていると、巨大な私もどきの体が迷宮の壁に激突し盛大な埃が上がった。そこにはもう一体の巨人が現れ、それが私もどきの体に絡みつこうとしている。
その表面はごつごつ、いや違います。一体の巨人なのではなく、厄災たちの群れが集まって一つの体を形作っている。それは腕を上げると、私もどきに向かって殴りかかろうとした。私もどきは首を傾げてそれを避けるとカウンターをその顔に叩き込む。
まるで砂の城が崩れるみたいに、群体の顔が崩れ落ちた。だがすぐに厄災たちが集まって来て、崩れた顔が再生してしまう。そして両腕で私もどきを押さえつけようとする。なんですかこれ、まるで私がいかつい男性に襲われているみたいじゃないですか!?
けれどもそのせいか、厄災たちは迷宮の外に出ることなく私もどきとの戦いに全て集まっている。これで私もどきが厄災に勝利すれば、崩れで起きた厄災は全て掃討されたことになるのだろうか?
でもその後、私たちはどうやってこの巨大な私もどきと戦えばいいのだろう? 何も思い浮かびません。リリスちゃん、一体なんてものを私に渡してくれたんです!
『まずい、どうやら赤毛の方が押されている!』
強風にあらがって周囲を旋回し続けるランドさんが声を上げた。このまっぱな私もどきは、ランドさんから丸見えですよね。まあ、すでに本物を見られているから素直に諦めることにします。
そんなことより、ランドさんの言うように、私もどきはパンチや蹴りを繰り出すが、変化自在に形を変える厄災の群体に翻弄され続けている。このままでは厄災に圧倒されてしまう。
私がそう思った時だった。厄災の群れに縋りつかれていた私もどきの腕や足が溶けていく。いや、溶けたと言うより、真っ黒な中身が溢れ出てきた。正直言って吐きそうなぐらいにグロいです。それが自分そっくりな奴ですから、なおさらです。
だがその黒いねばねがした中身は、群体が差し出した腕に今度はこちらから絡みつくと、それをそのまま体の中に取り込んでいった。腕だけでなくそれは厄災の群れ全体をその中に取りこもうとする。
かつて私そっくりな頭があった場所に、何か別な物が浮かび上がってきたのが見えた。そこにはどこかで見た記憶のある一本の筋も見える。それが大きく開くとあの巨大な瞳が現れた。やっぱりです。あの目玉お化けです!
『なんですか、これ!?』
どう見てもまっぱの私が目玉お化けに変身したようにしか見えません。このままでは問答無用で私は人類の敵に認定されてしまいます。
「いいかげんにしろ!」
私がそう叫んだ時だ。
『すまない、もう限界だ!』
ランドさんの苦しげな声が聞こえた。その体から羽が次々と抜け落ちていくのが見える。そして私たちの体は、迷宮の壁の向こう側へと落下していた
「フリーダ、頃合いだ。迷宮ごと吹っ飛ばせ!」
そう告げたアルフレッドに対してフリーダが首をかしげて見せた。そして背後にいる、エミリアとリリスの方を見る。
「二人とも、あれをぶっ飛ばしてもいいのか?」
「構わぬ、失敗作だ。だがどうして元に戻ったんだ?」
リリスが渋い顔をしながら呟いた。
「最後の定着が足りなかったのよ」
エミリアの言葉に、リリスがポンと両手を叩いて見せる。
「造形を正確に合わせるのに気を取られて、仕上げを失敗したという事か?」
「多分そうだと思うわ」
「我は何の問題もないが、エミリア、お前はいいのか? あれはお前の実験体だろう?」
「違うわ。私の過ちの一つよ」
そう告げると、エミリアもリリス同様に渋い顔をして見せた。
「それに私たちにとって――」
「そうだ」「そうだな」
エミリアの言葉を、フリーダとリリスが引き継いだ。
「アイシャは一人だ」
そう最後を締めくくったフリーダが、大剣を引いて腰を下ろす。
「斬撃!」
フリーダの剣先から放たれたそれは隠者の影の障壁をぶち破ると、その先に見える迷宮の穴へ、一直線に向かっていった。
不意に私たちの背後から、まるで火山が爆圧でもしたみたいな音が響き渡った。振り返ると、本物の火山の爆発同様、迷宮から空に向かって白い粉塵が吹き上がっている。そしてサラさんが張り巡らせていたウォールが、まるでひび割れたガラスみたいに崩れていった。
もしあれがなかったら、この爆発に巻き込まれた時点で私たちは木っ端みじんに吹き飛ばされていた事だろう。それでも冬の嵐がそよ風に思えるような爆風が私たちを襲った。
『しっかり掴まっていろ!』
ランドさんの怒声に近い声が響いた。つぎつぎと羽が抜け落ちながらもランドさんは必死に風切り羽を伸ばして、風を捉えようとしている。だがそれを捉えるまでもなく、爆風が私たちの体を中地区と外地区を区切る城壁の先へと吹き飛ばした。
バタバタバタ!
翼が必死にはためく音がする。その先にあるのは、私たちが目指す天使の休息だ。そして最後の一羽ばたきと共に私たちは屋上へ落ちるように降りて行く。最後は私の体を受け止めるように、ランドさんが屋上に転がった。
辺りにはランドさんの体から抜け落ちた大量の羽毛が舞い上がっている。その先から、ジェニファーさん達がこちらへ駆け寄ってくるのが見えた。
「清潔な布と強い酒だ!」
ジェニファーさんの叫び声が聞こえた。そして誰かが私の体に飛びついてくる。見ると、クラリスちゃんが私の胸に抱きついて泣いていた。ちょっと汚れてますけどね。今はそんなことは関係ないですね。その向こうには、私同様にお姉さま方に体を支えられているサラさんの姿もあった。
「サラさん、クラリスちゃん、ただいまです」
私は大きく口を開けて、「お・か・え・り・な・さ・い」と答えてくれたクラリスちゃんの体を抱きしめた。
「お帰り、アイシャ。お疲れ様」
サラさんこそ、本当にお疲れです。
背後を振り返ると、ランドさんは肩にマントを羽織って、ジェニファーさん達から手当を受けていた。その表情はとても戸惑っているように見える。私は彼に目配せした。ここで言うべき言葉は一つです。
「た、ただいま……」
ランドさんの台詞に、傷の手当てをしていたジェニファーさんやお姉さま方の手が一瞬止まる。そして互いに顔を見合わせた。
「おかえり、ランド!」
そしてみんなで一斉に笑いだす。もちろん私も声を上げて笑う。
「そう言えば、アイシャ。あんたって、あんなに大きくなれたんだね!」
ランドさんの傷に、包帯を巻き終わったジェニファーさんが、わたしに向かって呆れたような声を上げた。
「えっ!?」
「だって、あれはあんただろう?」
「違います!」
誰があんな巨大なまっぱな女になるんですか!
「だって、胸元にあるほくろが同じだったよ」
そう言うと、ジェニファーさんは、右の乳房の真ん中よりのところを指で刺した。慌てて着ぶくれた衣服の隙間から自分の胸を確認する。本当だ。間違いなく小さなほくろがある。リリスちゃん!
「ちょ、ちょっと待ってください。どうしてジェニファーさんがそれを知っているんですか?」
「えっ、だって裸にひん剥きはしたからね。でも惜しかったね。あんたが生娘じゃなかったら――」
「はあ!?」
お前か、お前が私をまっぱにした犯人か!
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