毒をもって毒を制すです!
「崩れに崩れ? アイシャ、何をとち狂った事を言っているんだい?」
サラさんが何かかわいそうなものを見る目で私に聞いてきた。
「とち狂ってなんかいません!」
それにちょっと失礼じゃありませんか? これでも一生懸命に生き残る手段を考えたんですけど!
「そもそも、崩れに崩れとはどういう意味なんだ?」
ランドさんも私に首をひねって見せる。あのですね。それをこれから説明しようとしているところなんです。
「はい。活性化した迷宮の核を封印すると核から宝具が得られますよね」
「それがどうしたんだい?」
サラさん、ちょっとの間だけ口を閉じていてもらえませんか?
「宝具の封印を何の準備もなしに開放すると、その核が解放され崩れになります。その核をここの迷宮の核にぶつけるんです」
「それがあればすぐに引退出来る代物だよ。誰がそんなあほな事をするんだい?」
「えっ、それって常識じゃないんですか? お姉さま方は普通にやっていましたけど……」
それに宝具なんかより命の方が余程に大事です。
「お姉さま方が言うには核にはそれぞれテリトリーがあるそうなのです。なので、核があるところに、別の核が侵入すると、互いに反発して相手を倒そうとするそうです」
「お姉さまって、エミリア・フリーマンか?」
「そうですね、エミリアお姉さまと言うより、リリスちゃんですね。『面倒だ』の一言で、それで核をパクリと取り込んでいました」
そう言えばそれと同じような光景を、どこかで見た様な気がするのですが、気のせいですね。
「リリスって、リ・リスの事か?」
ランドさんが驚いた顔で呟いた。リリスちゃんって、本名はリ・リスだったんですね。初めて知りました。
「それが、崩れには崩れの意味か……」
「なので共倒れを狙えます!」
「うまくいかなかったら、どうなるんだい?」
サラさんが今度は疑わしそうな顔で聞いてきた。私の事を全く信用していませんね。
「どうでしょうかね? でも残った方だって弱るとは思います」
「確かに俺達だけで迷宮の封印に臨むよりはましだな。それに周りにいる守護者ぐらいは排除できるかもしれない」
私はランドさんに頷いた。
「そうですよ。少なくとも面倒ごとは減るはずです」
「でもアイシャ、身につけていたものを除くと、私らの荷物は全部雪崩で流されちまった。あんたの宝具もだ。探すのにもどれだけ時間がかかるか分からないし、見つかるかどうかも分からない」
「一つだけ、見つけられる可能性があります。黒い箱で封印された宝具です」
ほとんどの宝具はエミリアお姉さまがくれたものだ。だがその中に一つだけリリスちゃんが渡してくれたものがあった。
それは独特なオーラを放っていて、近くにいるだけで、私の首の後ろがチリチリしっぱなしになる代物で、たまに肩こりの解消に使わせて頂いたぐらいだ。
「私はある種の魔力に敏感でそれが近くにあると、首の後ろがチリチリします。なので雪に埋もれていても、近くまで行けばそれがどこにあるか分かると思います」
サラさんは大きくため息をつくと、塔の外を指さした。
「川向こうだよ。それに冬の嵐が本格化したら、ここに戻ってこれるかどうかすら分からない」
「サラ、それは俺が何とかする」
ランドさんがサラさんに答えた。
「あんた、元に戻ったばっかりだろう?」
「短時間なら俺の意思で何とかなる。アイシャ、少し距離があっても分かるのか?」
「はい」
あれの放つ何かは別格です。
「それなら空から探したほうが早い。風が強くても、帰りは風に乗ってすぐに戻ってこれる」
「ならばすぐに出発です!」
私はランドさんに同意した。
「そうだ、時間がない。すぐに店に戻って出発の準備だ!」
紫色の派手な服を着た女は冬の嵐のせいか、誰も開けようとしない裏口の扉を、肩をぶつけるようにして開けた。
「畜生!」
女の口から言葉が漏れた。その息は荒く目は血走っている。そして外から吹き込む風に押されるように屋敷の中へと転がり込んだ。屋敷の中に人の気配はない。
「誰か、誰かいないのかい!」
女はそう叫んだが誰も答えない。女は体を引きずるようにして進むと、屋敷の広間へと出た。そこには明かりが灯りついさっきまで人がいた気配があるが、やはり誰もいない。
ガタ!
小さく響いた音に女は背後を振り返った。そこには地下室に降りる小さな扉がある。もしかして、嵐に備えて地下室に入ったのだろうか? 庶民のあばら家なら分からなくもないが、子爵家のこの屋敷でそれを心配する必要があるとは思えない。
女は再び体を引きずって地下室のドアを開けた。油灯に火をつけて階段を一歩一歩と降りる。
ギャ―――!
不意に悲鳴が聞こえてきた。どうやら主人の機嫌は最悪で誰かを鞭で打つかなにかしているらしい。女は「チッ!」と舌打ちをした。
自分がこれから言わねばならない報告を考えれば、鞭がこちらにも飛んできかねない。だが遅らせればより酷いことになる。
「これも全てあの小娘たちのせいだ……」
女はそう呟くと、階段の先にある扉を押した。
「旦那様」
そう声を掛けたが何も答えはない。だが何かがうごめいている気配はする。
「旦那様、ただいま戻りました」
女は再び声を掛けたがやはり答えはない。女は文句を言われることを承知で、床においた油灯を前へ差し出した。そこに映し出された姿にそのまま床に尻もちをつく。尻もちをついた床の上に女の体から水たまりが広がった。
「丁度良い所にきた。この手のものは観客がいないと盛り上がりに欠ける」
油灯の先に映し出された人影が声を上げた。その姿は年端もいかない子供の様に見える。だが女の目にはそれが見かけ通りの存在ではないのが、すぐに分かった。なぜならその背後にあるのは――。
「本来はアルの仕事だが、今回は我に寄越せと言ったのだ。少しはこの苛ついた気分が収まるかもしれないからな」
少女が人形の様に整った顔に、不気味な笑いを浮かべて見せる。
「それにせっかく60種類も、単なる死などよりよほどにましな罰を考えたのだ。それを試したくなるのは当たり前だと思わないか?」
そう告げると、少女は背後にあるものを指さした。そこには女の主人である子爵の姿がある。だが真っ黒な巨大な花の様な生き物がいて、そこから伸びた茨によって拘束されていた。それは真ん中にある、三角錐のとがったくちばしで、子爵の体を咀嚼していく。
「た、助けて――」
子爵の口から嘆きの様な悲鳴のような声が漏れた。だが子爵が息絶える様子はない。気が付くと、どういう訳か食べられた部分が元に戻っている。
「お前たちは寝るのと、まぐあうのと、食べるのが大好きなのだろう。だから我は食べることに関する罰を考えた。だがお前たちが食べるのではない。永遠に食べられるのだ」
女はベルトからナイフを取り出すと、それを自分の喉元へ突き刺そうとした。だがその手が動かない。見れば既に茨が体の自由を奪っている。
「お、お許しを――」
「許し? 何を言うのだ。お前は我の一番大切な者を傷つけようとしたのだぞ。この程度の報いでも、我からすればまだまだ物足りぬぐらいだ。だがアルからやりすぎるなと言われたからな。この程度で許してやる」
黒いくちばしが女の体へと迫ってくる。
「ギャ――――!」
女はそれが自分の上げている悲鳴なのか、それとも目の前にいる子爵のものなのかすら、もう分からなかった。
「あれ? アル君、リリスちゃんはどこに行ったの?」
エミリアはそう告げると、きょろきょろとあたりを見回した。
「リリスか? 憂さ晴らしだそうだ」
「憂さ晴らし? さっきの件ね。でもいいの?」
「憂さ晴らしをさせるか、それとも世界を滅ぼすのとどちらがいいかと聞かれれば、行けとしか言えないだろう?」
そう告げると、アルフレッドはエミリアに大きく肩をすくめて見せた。
「そうね。リリスちゃんがそれを言ったら、冗談にならないものね」
「それよりも、エミリア。アイシャが動いた。今度は見失うなよ。それにあれは――」
「あなたの思っている通りよ。私の犯した過ちの一つ」
「そうかもしれない。だがアイシャを救ってくれた。俺はお前と彼に心から感謝する」
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