私の天使に手を出さないでくれます?

 衝撃の発言に固まっている私をおいて、二人は部屋から出て行った。


 クラリスちゃんはどうやって私が乙女だって分かったんですかね? その手段を考えるとめちゃくちゃやばい気がします。それに言われてみれば、薪の燃えるパチパチという音以外も聞こえてくるのに気が付いた。


 このギシギシという木が擦れ合う音とたまに聞こえる女性の声は、間違いなくあの行為に関するものですよね。これがもっといっぱい聞こえてくるという事ですか? やばいです。とってもやばいです。


 ガチャ!


 再び扉が開いてクラリスちゃんが顔を出した。私の短剣と皮の鎧を重そうに持っている。それをテーブルの上に置くと、すぐに体を翻して部屋の外へと出ていった。


 短剣を持ってきてくれたという事は、やばい人ではないと理解してもらえたのだろうか?


 部屋の扉が今度はゆっくりと開く。見れば、クラリスちゃんが飲み物と食べ物が入った盆を手にして立っていた。私は慌てて戸口のところまで行くと手で扉を抑えてあげる。


 クラリスちゃんはペコリと頭を下げると、飲み物が入ったカップに豆と肉を煮込んだスープをテーブルに置いてくれた。なんてかわいいんでしょう。見かけはリリスちゃんと似た感じですが、中身は明らかに別物です。


 どちらかと言えば、リリスちゃんの方がまるでお人形さんみたいに整った顔をしていますが、そこから噴き出している何かは、クラリスちゃんが纏っている天使の笑顔とは全く別の何かです。


 彼女はポケットから瓶を取り出すと、それを盆の上に注いだ。どうやら細かい砂らしい。彼女は木の棒を握ってそこに文字を書き始めた。


「アイシャ……」


 そう書いたところで棒の動きが止まる。そうか、私の名前の綴りがあっているのか、確かめたいんですね。私は彼女に頷いた。


「アイシャさんは、冒険者なんですか?」


 そう書くと、クラリスちゃんは傍らの短剣を指さした。まあ、ほとんどの人からそうは思われていませんけどね。


「はい。これでも間違いなく冒険者です」


 そうだ。私のギルド証はまだあるだろうか? 私はクラリスちゃんが持ってきてくれた、皮の鎧の内ポケットを探した。


『あった!』


 これは雪崩でもどこかに行かなかったらしい。と言うか、これまでなくしてしまうと本当に路頭に迷う。


「これが証拠です」


 私はそれをポケットから出すと、クラリスちゃんに差し出した。そこには百合の紋章と雲に乗る幻獣の紋章の二つが描かれている。


 それを見たクラリスちゃんが、目を輝かせて私を見上げた。私は彼女に頷くと、それをそっと握らせる。


「クラリスちゃん、あなたは冒険者になりたいの?」


 私の呼びかけに、クラリスちゃんはハッとした顔をすると慌てて首を横に振った。そして私にギルド証を戻そうとする。私は彼女の手を両手でしっかりと握りしめた。


「クラリスちゃん。あなたも冒険者になれる。冒険者になる為に必要なのは腕力や魔力じゃないの」


 私の言葉に、クラリスちゃんがきょとんとした顔をした。


「信念。私たちの心の内にある魂の力よ」


 私は彼女の鳩尾にそっと指を添えた。腕力では厄災をぶっ倒すことなど出来ない。相手は私達より遥かに強く強靭だ。だから私たちは自分たちの魂が持つ内なる力、霊力でそれに挑む。それは私が放つ技の源泉であり、魔法職が放つ魔力の源でもある。


「あなたに魂があるかぎり、そしてそれを信じるられる限り、あなたは私と同じ冒険者よ」


 それは他人やギルドが認める様なものではない。自分が自分を信じる力だ。クラリスちゃんが私の顔をじっと見る。私はクラリスちゃんに頷き返した。彼女の顔に笑みが浮かんだ。


「フフフフフ!」


 私は声を上げて、彼女は声を上げずに笑った。傍から見たら、何がそんなにおかしいのだろうと不思議に思うかもしれない。だけどとっても笑いたい気分なのだ。だって、とても心が温かく感じられるのだから。


 そうだ。今のうちにどうしても確かめておかねばならない事がある。これを聞いておかないと、幾度も頭に浮かんでくること間違いなしのやつです。


 私はテーブルの上にある木の棒を指さした。これを口に出して聞くのはあまりにも恥ずかしいので、これを借りることにする。クラリスちゃんは不思議そうな顔をしたが、私に頷いて見せた。


「クラリスちゃんはどうして私が乙女だと分かったの?」


 この環境に居れば耳年増というか、知識が豊富にならざる負えないとは思いますが、どうやってクラリスちゃんはそれを知ったのでしょうか?


 この天使みたいな子にあそこを覗かれて確認されたなんて事があったら、もう赤面どころの騒ぎじゃありません。


 私の言葉にクラリスちゃんが小さく含み笑いを漏らした。あの~~、なんで笑ってるんでしょうか? 人と比べて何か変だとかありました?


「そう言えば、仕事をしなくてもいいと思ったからです」


 クラリスちゃんが、そう砂の上に書き記した。なんて頭がいい子なんだろう。それにこの年でこれだけ文字が書けるのは相当なものだ。


「はい。私はまだ乙女ですよ」


 私の言葉にクラリスちゃんも頷いてくれた。分かります? 分かっていただけると、とっても嬉しいです。


「ちょっと、勝手に入らないでもらいます!」


 不意にジェニファーさんの声が聞こえてきた。それだけじゃない。大勢の足音もする。


「ここにいることは分かっているんだ」


「なんのことか分からないし、そう言う事はうちの家主がいる時に来てもらえませんかね!」


「いないから来ているんだろうが!」


 男のだみ声が響く。誰か人を探しにきているのだろうか? 気が付くと、クラリスちゃんが私に縋りついている。


「クラリスと言う名前の餓鬼だ。探せ!」


 そうか、あいつらはこの子を探しているのか。それにとても友好的な態度とは思えない。


「大丈夫」


 この子は私の命の恩人だ。いや、命の恩人かどうかなんて関係ない。私の信念がこの子を守れと言っている。


「あなたは私が守る」


 バン、バン!


「キャーー!」


 男たちが乱暴に部屋の扉を開ける音に、女たちの悲鳴が重なる。ここにいると逃げ場がない。それに相手は複数だ。単に開けた場所ではこちらが囲まれる。


「クラリスちゃん、行くよ!」


 私は短剣を手にクラリスちゃんの手を引くと、部屋を飛び出した。油灯の僅かな明かりの先では、男たちが鍵のかかっている部屋を乱暴に蹴り飛ばし中を確認する姿が見える。


「外への出口を教えて!」


 クラリスちゃんが、廊下の先へと走り出した。私もその背中を追いかける。


 私は剣士だが、基本的には斬撃系だ。だからこのような剣を振り回せない狭い場所は不利になる。せいぜい剣先か投擲で相手の動きをけん制するぐらいしか出来ないし、それでは相手を撃退するのは無理だ。


「おい、誰か逃げていくぞ!」


 背後からこちらを追いかける足音が響く。クラリスちゃんは廊下の先を曲がると、裏口らしい扉を指さした。そこを抜けると建物の間にある小さな原っぱみたいな所へと出る。


 どうやら洗濯物を干す場所らしく、棒が立てられていてその間に紐が通してあるのが見えた。ここなら斬撃を放つのに何の問題もない。相手は何人だろう。私が斬撃を放ち続けられる間に諦めてくれないとそこでお終いだ。


「私はここで奴らを迎え撃つ。クラリスちゃんはどこかに身を隠して!」


 私の呼び掛けに、クラリスちゃんが首を横に振った。


「自分のせいだと思っているのなら間違いよ。私があなたを守りたいの!」


「どこだ!」


 戸口から声が聞こえた。ここで威嚇の声を上げるなんてのは間違いなく素人だ。私は腰を下ろすと、自分の中で脈打つ力に語り掛けた。


『我に力を、我に信念の刃を!』


 その脈動は私の体の中へと広がり、短剣を握る手へと集まっていく。


『斬撃!』


 私の心の呼びかけと共に、スパイクを手に戸口から飛び出してきた男に向かって斬撃を叩きつけた。男の体が吹っ飛び、入り口の壁に激突して落ちる。


『斬撃を絞らなかった私に感謝しろ!』


 心の中でそう呟いた。絞れば叩きつけるのではなく、男の体を真っ二つにしていたはずだ。


「てめえ!」


 もっと小柄な男が短剣を手に地面に横たわる男を飛び越えてきた。その背後に弩弓を手にした男の姿も見える。私は迷うことなく男に向かって斬撃を放った。男の体が吹き飛んで、背後で弩を構えようとした男に激突する。


「次は遠慮しないで撃つ。体が二つになりたい奴は前に出な!」


 私は男たちに向かって怒鳴った。


「畜生!」


 男たちが捨て台詞を吐きながらドタドタと走り去っていく。私は思わず肩の力を抜いた。斬撃を広範囲に放ったせいで体中が重い。それに私の中の脈動もかなり弱まっている。今の私は絞った奴をあと一つか二つ、放てるかどうかという所だ。


 クラリスちゃんが私の胸に飛び込んでくると私に縋りついて泣きだした。とっても怖かったことだろう。私は声にならぬ声で泣いているクラリスちゃんの体をそっと抱きしめた。


「あんた見かけだけかと思ったら、本物の冒険者なんだね!」


 扉の先からジェニファーさんが顔をだした。いや、多分ジェニファーさんだ。化粧をした顔は部屋で見たのとは全くの別人に見える。その手には麺棒だろうか、太い木の棒を持っていた。


 ジェニファーさんだけでない。半裸姿の大勢の女たちが手に棒や瓶などを持って顔を出す。クラリスちゃんは私から離れると今度はジェニファーさんに抱き着いた。


「でっかい生ゴミができたね。あんた達、これを外に放り投げるのを手伝って頂戴」


 背後を向いたジェニファーさんが、おそるおそる顔をだした男たちにそう告げた。


「おい、俺達は客だぞ――」


「いつも私達にサービスされているんだ。たまにあんた達が私達にサービスしな!」


 ジェニファーさんの呼びかけに、男たちが頭を掻きながら裏口から出てくる。ちょっと待ってください。皆さん、まっぱですよ! まっぱ!

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