あの~、なんでまっぱでいるんですかね?

「エミリア、どういうことだ!」


 隠者の影にリリスの怒声が響き渡った。


「おそらく旧神の残した罠よ」


「そんなもの、全部吹き飛ばしたんじゃなかったのか?」


 エミリアの台詞にフリーダが首を傾げて見せた。


「そのつもりだったわ。少なくともミストランドの周辺は片っ端から始末したはず。だけど、こんな辺境も辺境まで来るとは思ってもいなかったから、見逃していたのね」


 そう言いながらも、エミリアは次から次へと呪文を唱え続けている。


「理由探しなど後でいい。すぐに助け出さないとアイシャが死ぬ。もしそんなことになったら、我は、我は何者も許さぬぞ!」


「見れば分かるでしょう。さっきからずっと探しているわ。だけど何も引っ掛からないの! おそらくアイシャに持たせていた、全ての探知具も全部吹っ飛んだのよ!」


 エミリアは普段は絶対に上げない金切り声で答えた。それを聞いたリリスが右腕を上げる。


「分かったエミリア。我がやる。この地に在りしもの全てを吹き飛ばしてやる。そうすれば、アイシャが何処にいるかすぐに分かるだろう」


 次の瞬間、目に見えない何かがリリスの右腕へと集まってきた。それは魔力などと言う言葉では表現出来ないあまりにも強大な力だ。リリスがそれで呪文を唱える瞬間、誰かがその腕を掴んだ。並みの人間であればそれだけで気絶しそうなほどの冷たい視線で、リリスは掴んだ相手を睨みつけた。


「アル、我の邪魔をするつもりならお前でも許さん!」


「焦るなリリス。あれが死んだら俺には必ず分かる。だからあれはまだ間違いなく生きている」


 アルフレッドはリリスの視線を受け止めつつ冷静に答えた。その言葉にエミリアも頷く。


「そうね、確かにアル君とアイシャは繋がっている」


「アル、場所は分かるか? 分かるなら、私が周りの雪を全て吹き飛ばす」


 そう問いかけたフリーダに対して、アルフレッドが首を横に振って見せた。


「残念ながら俺には分からない。だが生きているのは分かる。だから――」


 アルフレッドの言葉に、リリスが上げていた腕を下ろした。その周りに集まっていた目に見えぬ何かが四散する。


「分かった。アル、お前がそう言うのであれば我はお前に従う。だがアイシャに何かあったら話は別だ」


「そうだな。その時は――」


「ちょっと待て、あれはなんだ?」


 フリーダはアルフレッドの言葉を遮ると、月が照らす夜の一点を指さした。




 私は夢を見ていた。それはとってもふわふわした夢で、私の体は月明りの下、夜空を飛んでいる。でも手や足は何も感じないぐらいに冷たい。


 それに気づいたのか、私の体を抱えているそれは、私を掴んでいた足をそっと持ち上げると暖かい羽毛で包んでくれた。


 なんて暖かいんだろう。そのあまりの心地よさに私の意識は再びまどろみの中へと落ちていく。だけど暗闇へ落ちる恐怖などは感じない。とても安心できるまどろみだ。


 そうだ、夢とはこうあるべきなのだ。だって世知辛い世の中とは何の関係もないのだから。




 ぼんやりと開いた目の先に質素な木の天井が見えた。視線を下ろすと、私の体にはぼろを繋いだような掛布が掛けられている。それにどこかで火が燃えている、パチパチと言う音も聞こえてきた。


『ここはどこだろう?』


 ともかく訳が分からない。確かサラさんと野営中に雪崩に巻き込まれて……。もしかして私は助かった? それにサラさんは無事だろうか? そうだ。こんなところで寝ている場合じゃない!


 私は掛布を跳ねのけて飛び起きた。そこで目が点になる。あれ? もしかして、私は真っ裸じゃないですか? これって、気のせいじゃないですよね! 上だけじゃありません。下も何も履いていない。


 とりあえず、体のある場所に違和感がないかを確認する。そこに痛みなどは感じられなかった。どうやらまだ私は乙女でいれたらしい。だが誰かにまっぱにされたのは間違いない。


 辺りを見回すと、そこはとても小さな部屋で天井の片隅には排気用の穴が開いている。そこだけ石で積まれた壁際に、小さな鉄の焚火台が置かれ、火がくべられていた。それで裸でいても寒いとは思わなかったらしい。しかし私の荷物はどこにも見当たらない。


 部屋の奥には簡素な木の扉も見えた。出口はそこしか無さそうだ。もし向こうから鍵がかかっていたら、私は裸でここに閉じ込められていることになる。


 ガチャ!


 不意に扉の把手が回る音がした。ともかく相手を油断させないといけない。私は慌てて寝具を被ると、寝たふりをした。もしこちらを襲う気なら、目つぶしか喉の急所を狙って一撃で仕留めてやる。


 だが掛布の隙間から見えた来訪者の姿に、思わず力が抜けそうになった。リリスちゃんぐらいの年の長い髪の女の子が、私の着ていた服を手に部屋に入ってくる。どうやらここに閉じ込められているという考えは、私の杞憂だったらしい。


「あの~~」


 私の呼びかけに、女の子の体がビクリと震えた。そして私の顔をじっと見る。とりあえずは、やばい人ではないことを分かってもらうために愛想笑いです。


「もしかして、助けてくれたの?」


 私の言葉に女の子が首を横に振った。どうやら自分が助けた訳ではないと言いたかったらしい。だが、服を傍らの小さなテーブルに置くと、身を翻して部屋の外へと駆け去っていく。


 どうやら私は彼女を驚かせてしまったらしい。そんなに危険人物に見えますかね? 思わず口からため息を漏らしつつ寝台から起き上がると、彼女が持ってきてくれた服を身にまとった。


 いつまでもまっぱでいる訳にはいかないし、フリーダお姉さまみたいに人様に自慢できる体をしている訳でもない。


 ガチャ!


 再び部屋の扉が開いた。今度はまっぱではないので、先ほどよりはかなり心に余裕がある。見ると、先ほどの長い髪の女の子に、少しそばかすが目立つ茶色の髪の女性が立っていた。


 年齢はサラさんと同じぐらいだろうか、私よりは年上だとは思うがそれでも20代の半ば手前ぐらいだろう。


「気が付いたみたいだね」


 女性が私に声を掛けてきた。どうやら向こうに悪意はないらしい。


「アイシャールと申します。もしかして助けて頂いたのでしょうか?」


「助ける? まあ、そうなんだろうね。私はジェニファー、この子はクラリスだ」


 そう言うと、女性は背後にいる女の子を振り返った。


「アイシャールです。どうかアイシャと呼んでください」


 だがクラリスちゃんは私が呼びかけても、ジェニファーさんの背中に体を隠したままだ。


「挨拶が出来ないのは赦してやっておくれ。この子は口がきけないんだ。それにあんたを助けたのは私じゃない。ここの家主だと思う。私たちが知らない間にあんたを運び込んだ。そしてクラリスに、あんたの事を頼むと伝言したらしい」


「伝言?」


「家主と言うか、居候と言うか、よく分からない男だけどね。長い時は月の半分、短くても10日はどこかに行ってしまう。そのうち戻ってくるだろうから、もし礼を言いたいのなら奴が戻って来た時に言っておくれ」


 どうやら私を助けてくれたのは男性らしい。もしかして、私はその男性にまっぱにされてしまったのだろうか?


「それと、クラリスにもよく礼を言って欲しいね。あんたの氷みたいに冷たい体を必死に温めたのはこの子なんだ」


 そうか。この子が肌を合わせて、私の体を温めてくれたのか。それであんなに暖かい夢を見れたらしい。


「クラリスちゃん。本当にありがとう。あなたは私の命の恩人よ」


 クラリスちゃんは、はにかんだ笑顔を浮かべると、私に頷いてくれた。お礼にせめて何か手伝いをしたいところだけど、私には今すぐやらねばならない事がある。


「これでも私は冒険者なんです。もう一人のパーティーのメンバーが無事か、この街のギルドまで確かめに行きたいのですが、どなたかにそこまで案内をお願いできませんでしょうか?」


「冒険者? それで短剣なんて腰に差していたんだね。でも残念だけど、もうすぐ日暮れだ。ここはこれからがかきいれ時でその準備に忙しい」


 そう言うと、ジェニファーさんは私に両手を上げて見せた。


「それにこの街はもともと治安がいい所じゃないし、この辺りは最悪に近い所だ。もしどうしても行きたいのなら明日の朝にしておくれ」


「はい。分かりました」


 この人たちには十分に助けられた。私の我ままで、これ以上この人たちに迷惑を掛ける訳にはいかない。


「では私で何かお手伝いできることは、ありませんでしょうか?」


 夜から忙しくなるという事はここは酒場だろうか? 確かに、ジェニファーさんからは色気とでも言うべきものが濃厚に感じられる。化粧をしたら間違いなく別人というやつだ。


「手伝い。そうだね。あんたなら稼げるとは思うけど、うちにはまだ早いね」


「えっ?」


 その台詞をこんなところで、もう一度聞くとは思いませんでした。


「ここは売春宿だよ」


「えええ!」


「だってあんたはまだ乙女なんだろう? クラリスがそう言っていたよ」


「えええええええ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る