美少女冒険者アイシャ、用心棒になる

それって、昔の男と言うことですよね?

主な登場人物


・アイシャ・ウズベク・カーバイン


通称「アイシャ」。父親の遺言で神話同盟の冒険者になるがすぐに首になるが、元ブリジットハウスの受付のサラと赤毛組という冒険者パーティーを結成する


・アルフレッド


通称「アル」。伝説の冒険者パーティー「神話同盟」のリーダー、アイシャからは「嫌み男」と呼ばれている


・フリーダ・ガイアス


ガイアスの戦乙女にして、神話同盟の剣士。好きな物はアイシャ。趣味はアイシャの猫かわいがり


・エミリア


「神話同盟」の魔法職にして破戒僧。見かけは美しい女性だが中身は男。フリーダ同様に好きな物はアイシャ。


・リリス


「神話同盟」の魔法職にして謎な存在。見かけはまだ幼い少女だが、誰もがそれが実態とは思っていない。やはりアイシャが大好きだけど、猫かわいがりは出来ないでいる。嫌いなものはパール・バーネル(創世神)


・サラ・アフリート


元冒険者で、ブリジットハウスのギルドの受付をしていたが、冒険者に復帰して、アイシャと赤毛組と言う冒険者パーティーを結成する。


・タニア


ミストランドで神話同盟のせいで、常に二番手の冒険者パーティー「薔薇の騎士」のリーダー


・アンチェラ


冒険者パーティー、「薔薇の騎士」のメンバーで、いつも執事姿をしている


・ランセル


「薔薇の騎士」の魔法職にて、厄災研究家


・ハワーズ


「薔薇の騎士」の前衛。フルプレートの騎士姿をしている


・ハントマン


ミストランドのギルド長。守銭奴との噂あり


・リア


オールドストンのギルドの受付。サラに憧れている


・グレイ


オールドストンのギルド長。かつてのサラの師匠



「それでランセル、オタクのあんたなら何か分かる?」


 タニアは跪いて地面を調べていた長身の男に声を掛けた。


「タニア、オタクと研究者を同一視しないでくれ。興味を持つ事と真理を探求することは同じじゃない」


 男は立ち上がると、頭に被っていたフードのずれを直しつつタニアの方を振り向いた。


「そうなの? 私には同じに見えるけど?」


 そう鼻を鳴らして見せたタニアに対して、薔薇の騎士の魔法職を務めるランセルは小さく肩をすくめて見せた。


「真理の探究と言うものがどれほど深淵なものか、タニア、君に説明するのは難しい。それは見えたと思った瞬間に消えていく明け方の夢みたいな存在なんだ」


 ランセルの言葉にタニアの表情がさらに険しくなる。そして隣でタンポポの綿毛を口で吹いている騎士姿の男に声を掛けた。


「ハワーズ、何のことか、あなたには分かる?」


 男は手にしたタンポポの綿毛を放り投げると、タニアに肩をすくめて見せた。


「タニア、俺に聞くな。ランセルの説明を理解するなんてのはとうの昔にあきらめているよ」


「それで何か分かったの? それとも分からなかったの? その事実と言うやつだけを教えてくれないかしら?」


 タニアは肩をすくめ返すと、ランセルに問いただした。


「何もない。それが事実だ」


「ちょっと。薔薇の騎士一同、ミストランドからはるばるブリジットハウスなんて場末の街まで来て、何も分からなかった訳?」


「タニア、ランセルはそうは言っていませんよ」


 ランセルに詰め寄ろうとしたタニアに、アンチェラが声を掛けた。


「何の痕跡もない、という理解であっていますでしょうか?」


「アンチェラ、その通りだ。何の痕跡もない」


「まるごとどこかにぶっ飛ばしたという訳?」


 まだ納得できないと言う表情を浮かべたまま、タニアは首を傾げて見せた。


「言葉通りだ。たとえ丸ごとぶっ飛ばしたとしても痕跡ぐらいは残る」


「極大魔法で吹き飛ばした訳ではないと言う事ですね」


 ランセルの台詞に、アンチェラは細く長い指を顎に当てながら頷いて見せた。


「どういう事?」


「ナメクジを指で弾いたとしても、ナメクジがそこまで這ってきた跡は残ります。ランセルはそれすら見つからないと言っているんです」


「そうだ。まるで手品でコインを消したみたいだな」


「でもランセル、あなたなら何か仮説ぐらいは持っているのではないでしょうか?」


 アンチェラはその端正な顔に笑みを浮かべながら、ランセルに問いかけた。


「アンチェラ、あくまで仮説だ。だがそれなら納得できるというのがある」


「もったいぶらないで言ってくれない?」


 二人の会話に耐え切れなくなったタニアが、苛ついた声を上げた。


「まさに消したんだ。それが出来るのは――」


「それを作り出した者だけ――」


 ランセルの言葉をアンチェラが引き継いだ。


「ちょっと待って、それって厄災を引き起こしている存在が、自分が作った迷宮をなかったことにしたという事?」


「流石はタニアお嬢様です」


 胸に片手を当てたアンチェラが、タニアに執事らしい丁寧な礼を返す。


「アンチェラ、変なところで褒め殺しはなしよ。それにあの小娘が関わっていたということは……」


「裏で神話同盟の連中が絡んでいたということか?」


 ずっと成り行きを見守っていたハワードが呟いた。


「その通りよはハワード! 奴らの力はあまりにもおかしい。でも自分たちが引き起こしたもので、自作自演の英雄ごっこをしているんだとしたら全ての辻褄が合う」


「おいタニア、そうだとすれば奴らはまさに神話、神様そのものだぞ」


 慌てた声を上げたハワーズに対して、タニアはフンと鼻を鳴らして見せた。


「神殺しは人の特権じゃないの? それを証明できれば私たちは――」


「歴史に名が残る英雄。それも比類なき存在ぐらいにはなれるだろうな」


 今度はランセルがタニアの言葉を引き継いだ。タニアはランセルに頷き返すと、隣に立つアンチェラを見た。その目は燃え上がる野心に爛々と輝いている。


「アンチェラ、王国の後継者だって、まだ決まったわけじゃない。やつらの秘密を暴けば、この世界を手に入れることだって夢じゃないわ!」

 

「もちろんです、タニアお嬢様。世界はあなたのもの。世界はあなたにひれ伏すべき存在なのです」




「お風呂……」


「暖炉……」


「焼きたてパン……」


「随分と鬱陶しいね」


 サラさんが私に苛ついた声を上げた。あれ? 何か口にしていました? もしかして、心の声が駄々洩れでしたかね?


「だって冬ですよ、冬! 冬に野営をするなんて絶対に間違いです」


「野営ぐらいで文句を言うのなら冒険者なんてやめちまいな」


 ううううう。それはそうですけどね。


「それよりも、どう考えても北へ向かってますよね」


 私は手にした枝ですぐ近くに見える真っ白な山々を指さした。それに周りにはうっすらと雪が積もり、木々の枝にはつららも下がっている。


「そうさ。ほとぼりが冷めるまで、大きなところは難しいからね。この時期あまり人が寄って来ない所へ行くしかない」


 そう告げると、サラさんは私の方をジロリと見た。あの~、全てが私のせいとは思えませんけど……。


「そうだとしても、もっと南の暖かい所にした方がよくありませんか?」


「こっちの財布は大分薄いんだ。稼げる可能性があるところじゃないと、のたれ死んでしまうだろう? それとも裏通りで男の袖でも引いてみるかい?」


「冗談でも勘弁してください。だけどもうちょっと暖かくなってからでもよくはありませんか?」


「この先に結構大きな川がある。目的地は渡ってすぐのところだ」


「なんだ。もうすぐなんですね」


「ハマスウェルと言う所で、迷宮と金鉱山が一緒になっている変わったところだよ。だから辺鄙な所だけど金回りはいいはずだ」


「えっ! お金持ちが一杯ですか?」


「さあね。山師は一杯いるだろうさ。それに川が氷ついているこの時期じゃないと簡単には渡れないんだよ。もっと寒くなれば、こっちが凍ってしまう。だから今しか行けないんだ」


 それって、行っても戻ってこれないと言うことじゃないですかね?


「それにその街には私の昔の知り合いがいる。いきなり知らないギルドで、一からやるよりはまだましなはずさ」


「昔の知り合いって、パーティーを一緒に組んでいた人ですか?」


「そうだよ。でもちょっと変わった奴でね。でも悪い奴じゃない。昔言い寄られた事があって、そっちを選んでおけば良かったと今更ながら思うよ」


 えっ! ちょっと待ってください。もしかしてサラさんの昔の恋人ですか?


「分かりました。寒いのは嫌いですが我慢することにします」


「おや、がぜんやる気が出たみたいじゃないか?」


「はい。かなり出てきました」


 サラさんの昔の男ですよ。興味がない訳ないじゃないですか!?


「じゃ、夕飯も食べたことだし、最初の不寝番は頼むよ。間違っても居眠りして火が消えたりしたら凍死だからね」


「は、はい」


 サラさんの昔の男に会うのも命がけです。




 眠いです。ともかく眠いです。でも眠ったら死んじゃいます。私だけなら諦めもつきますが、サラさんまで一緒に遠い所へ連れていく訳にはいきません。


 私は手にした小枝を折るとそれを焚火へとくべた。まだ生乾きの枝は白い煙を上げたがすぐに赤い炎に包まれる。それを見ていると、自分と言う存在がどこかへ消えて、この世界へ溶け込んでしまう気がしてきた。


 自分は一体何者でどこに行こうとしているんだろう。どうして人は生まれてくるんだろう。死んだらその魂はどこへ行くんだろう。そんな普段は絶対に考えもしないことが頭に浮かんできてしまう。


 私はサラさんの寝顔をじっと見つめた。規則正しい寝息を立てているが冒険者らしく、すぐにも動ける恰好のままだ。サラさんがいなかったら、私はどうなっていたことだろうか?


 だめだ。どうも前回のフェリアちゃんの件からこの方、精神的に病みかけている気がする。私は頭をふると焚火で氷を溶かして作った白湯に手を伸ばした。それに眠気覚ましに、ハッカの葉を乾燥させたものを入れる。ともかく体を温めて……。


『ん?』


 その時だ。私はカップの中の白湯が、妙に揺れているのに気が付いた。私の手が震えている? 違う! 尻からも地面の揺れる振動が伝わってくる。


「地震です!」


 私はサラさんに声を掛けた。だがサラさんは私が声を掛けるよりも早く飛び起きている。そして私たちが背にしていた林の奥を覗き込んだ。


 ゴゴゴゴゴ!


 その奥から地響きのような音が響いてくる。地震の本震だろうか? だが次の瞬間、目の前にある木々が白い壁になぎ倒されるのが見えた。地震じゃない。雪崩だ!


「サラさん、雪崩――」


 そう叫び終わる前に私の体は白い壁に巻き込まれた。体が巨人の掌の中で振り回されたみたいに転げ回る。ともかく息が出来るスペースを確保しないと。そう思って腕を上げたところで、頭から降ってきた雪の塊に体が押しつぶされた。


 目の前が真っ暗になり息をすることすら叶わない。そしてその闇は私の意識をもっと深く、より暗い場所へと引き込んで行った。

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