後始末は念入りに、あと腐れなくです

「では第三十六回、『美少女冒険者アイシャ 〜迷宮を駆ける〜』の上映会を開始します!」


 エミリアの声にパチパチという拍手の音が響き渡る。


「どうでもいいけどフリーダ、お前は三十六回目でもまだまだ泣けるのだな。それに泣くタイミングがどんどん早くなっていないか?」


「アイシャの為なら、どれだけ泣いてもまだまだ泣ける自信があるぞ!」


 ハンカチを目に当てたフリーダが、リリスに向かって拳を突き上げた。


「それに何度見ても毎回新しい発見があるわよね」


「そうだな。アイシャが本気で走っている時は、意外と男っぽい走りだな。それとも単に自分の見せ方を間違っているだけか?」


「そうよね。アイシャって、中身は意外と男っぽいところがあるわよね」


「エミリア、それは言い方が間違っているぞ。ボーイッシュな魅力があると言ってくれ」


 エミリアの言葉にフリーダが口をとがらせた。


「はいはい。それはそうと、今回の件は方がついたみたいだけど誰も大騒ぎしなかったわね」


「当たり前だ。『闇にいざないし者』程度にアイシャが惑わされたりするわけがない」


 フリーダが、『暗き者の御使い』に対峙するアイシャの姿を見つめながら、エミリアに片手を振って見せた。


「それはそうよね。でもあの女、アイシャの秘密の一つに気が付いたみたいよ。今のうちに始末しておく?」


 そう問い掛けたエミリアに対して、リリスがめんどくさそうに首を横に振って見せた。


「それについては、アルから釘を刺されている。絶対に手を出すなだそうだ。そう言えば、アルはどこに行った? もうつまみもエールもないぞ」


 空の杯を手にしたリリスが、辺りをキョロキョロと見回した。


「アル君はお仕事中。後始末よ」


「そうか。あれも色々と難儀だな。仕方がない。何か我の裏庭から取り寄せることにしよう」


「それって食べられるの?」


「エミリア、我を馬鹿にしているな? 間違いなく絶品だぞ!」




「ではオールドストーンの赤毛組の始末と言う事で、よろしいでしょうか?」


 少し離れた所に立つ深緑色の服を身に纏った男に対して、フンネル男爵家当主、グロイト・フンネルは額に手を当てつつ頷いて見せた。


 部屋の照明は落としてあるが、それでもこうして手で隠さないと、目の周りが紫色の痣になっているのが相手から見られてしまう。


「期限についてですが――」


「なるべく早くあの世に送れ。そうでないと、腸が煮えくりかえって夜も眠れん」


 そう吐き捨てると、グロイトはテーブルの上にある蒸留酒をあおった。使用人を鞭打つぐらいではとても気が晴れたりなどしない。これを浴びるぐらいに飲まねば眠れぬぐらいだった。


「それでしたら、残念ながらこの金額ではお受けできません」


「どうしてだ? どうせ殺すのだから同じだろう?」


「かかる経費が違ってきます。お話を伺う限り相手は警戒しているでしょう。少しお時間をいただければ、相手の警戒が緩くなった時に仕掛けます。そうですね、流行り病に見える毒を使って確実に仕留められます」


「たかが冒険者風情だぞ!」


「暗殺とはそう言うものです。それに一応はギルドを通した仕事ですから、あからさまに過ぎれば御家にも差し障りがあるかと思います。それに――」


 男はそこで言葉を切ると、グロイトに対して肩をすくめてみせた。


「おっしゃる通り、相手は冒険者風情ですが、御家の仕業だと分かれば、厄災が起きた時に頼る相手がいなくなります」


 確かにそれはまずい。グロイトは手にした杯をテーブルに置くと大きくため息をついた。


「時期についてはお前達の好きにしてよい。だけど一番苦しむやり方を選んで頂戴」


 今まで夫の横で口を閉じていた夫人が取次役の男に声を掛けた。ベールを被っているのでその表情は見えないが、声は隠しようのない怒りで満ちている。


「奥様、かしこまりました。努力させて頂きます」


 男は頭にかぶっていた羽根帽子を取ると、それを胸に当てて夫人に対して頭を下げた。そして体を翻すと、書斎の出口に向かって歩み去っていく。


 その後姿を見ながらグロイトは頭を掻きむしった。あの小娘たちのせいですべてがめちゃくちゃだ。だがその報いは間違いなく受けさせてやる。


 そう考えながら杯を口元へとやったグロイトが、小首を傾げて見せた。書斎の出口で男の足が止まっている。


「何か言い忘れでもあるのか?」


 不審に思ったグロイトがそう声を掛けた。だが男はグロイトに答えることなくがっくりと床に膝をつく。よく見ると、その足元には赤い血溜まりらしきものも見えた。


「その通りだ。警戒と言うのはとても大事だ。基本中の基本と言える」


 廊下の暗がりから男の声が聞こえた。見れば冒険者風の暗紫の皮の鎧に身を包んだ、細身で均整の取れた体つきの男が立っている。


「だが暗殺を生業にする者にしては、自分への警戒心が足りなかった様だな」


 男は書斎の中へ足を踏み入れると、グロイトの交渉相手、暗殺斡旋業営む男の顔を覗き込んだ。そして半立ちの男から剣を引き抜くと、それを油灯の光へとかざす。湧き上がる恐怖にグロイトの手から杯が滑り落ちた。


「飾ったままにしておくには惜しい剣だ」


 その台詞に、グロイトが慌てて書斎の壁に目を走らせると、そこに飾ってあったはずの剣がない。男の言う通り、それはこの部屋の壁に掛かっていた先祖代々この家に伝わる剣だ。


「く、曲者だ!」


 グロイトは大声を上げると、慌てて椅子から立ち上がろうとした。だが足が石になった如く動かない。


「いくら声を上げても無駄だ。誰もこない」


 男は床に倒れている斡旋役の腰から短剣を抜くと、自分が手にしていた長剣を足で蹴った。柄に見事な装飾がされた剣は、回転しながら床を滑るとグロイトの前で止まる。


「わ、私を殺すつもりか?」


「そのつもりだ。だがそれで俺を殺せたら助かる」


 感情を感じさせぬ声で男が答えた。


「うぉおおおおお!」


 グロイトは足元の剣を手に取ると男に向かって突進した。だが男の体がグロイトの目の前から消える。そして左腕に鋭い痛みが走った。男はいつのまにか横にいて、バターでも切るようにこちらの左腕を裂いている。


 必死に体をひねって長剣を横に振ったが、今度は右腕に痛みが走った。気づけばグロイトの服はあちらこちらに負った切り傷で真っ赤に染まっている。


「頃合いだな」


 そう告げた男が、おもむろにグロイトの胸に剣を突き立てた。床に倒れたグロイトの視線の先で、妻のサンドラが自分に目をくれることなく、書斎の机の後ろにその身を隠そうとしている。その背中に短剣が突き立てられた所で、グロイトの目から光が失われた。


 アルフレッドは領主の妻の背中から短剣を抜くと書斎に続く寝室の扉を開けた。一人の少女が両親の上げた断末魔の声に邪魔されることなく、すやすやと寝台の上で眠っている。


 手にした剣を少女の胸の上に掲げたところでアルフレッドは剣を止めた。そしてじっと少女の顔を見つめる。


「あんたは世間という奴に、少し揉まれてみるといい」


 アルフレッドは手にした短剣を床に倒れている男の手に握らせると、書斎の扉をそっと閉めた。





「サラさん、三食付きで週に銀貨一枚ですよ! なんでそれを捨ててここから逃げ出さないといけないんです!」


 私は御者台に座るサラさんへ抗議の声を上げた。私たちが何をしているかと言うと、せっかく登録したオールドストーンから夜逃げ同然、いやまさに夜逃げ中です。


 それに今回の件では何の収入もなしです。と言うか、あんな奴の金などもらう気にもなりません。受け取ったら間違いなく私の手が腐り落ちます。でもどうしてこんな貧乏状態で夜逃げしないといけないのでしょうか?


「あのね、アイシャ。ギルドから近い領地の領主をぶん殴ってきたんだよ。ギルドになんていられる訳ないじゃないか?」


 あの~、サラさんも嬉々として私の倍はぶっ飛ばしていた気がしますが、それは気のせいでしょうか?


「それどころか、この辺りをうろうろしていたら、すぐに暗殺されかねないよ」


「暗殺ですか!?」


 ちょっと待ってください。どんだけ根暗なんです!


「そうだよ。あんたはやつらがどんだけ腐ったやつらかよく分かっていない。あんなのは序の口さ」


 もしかして世の王子様とかもやつらと一緒ですかね? 王子様が私を迎えに来て、などと言う妄想は二度としないことにします。そんな事より夜逃げすることになると分かっていたら、もう二三発はぶんなぐっておくべきでした。


「私の三食付きを返せ~~!」

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