両方いけるってどういう意味ですか!?
「あんた、可愛い顔してなかなかやるね!」
ジェニファーさんはエールが注がれた杯を掲げると、本日何度目になるか分からない同じ台詞を口にした。間違いありません。完璧な酔っ払いです。
「そうだよ。久しぶりにスカッとしたね」
他の半裸のお姉さま方もジェニファーさんに同意する。クラリスちゃんをかどわかしに来た男どもを撃退した後、なぜかここで酒盛りになっています。
あのですね。やつらが戻って来ないか警戒しなくていいんですかね? あの嫌み男なら間違いなく警戒しろと言ってくるところです。 それに――。
「かきいれ時とかいうのは、気にしなくていいんですか?」
「はあ? こんなうさ晴らしが出来たんだ。仕事なんて休みだよ。休み!」
そう言うと、ジェニファーさんは私の肩を抱いてその豊かな胸を私の腕に押し付けてくる。男の人がこれをやられたら、一発ですね。きっと金がなくなるまで通い続けること間違いなしです。
「ふ~~ん」
今度は私の顔をまじまじと見ながら、ジェニファーさんが謎な声を上げた。あの~~、何か変な物でもついています?
「あんた、やっぱりとってもかわいい顔をしているよね」
そう呟くとさらに顔を近づけてくる。ちょ、ちょっと待ってください。どんだけ酔っぱらっているんですか? 私は女ですよ、女。
「アイシャちゃん、気をつけな。ジェニファーは両方いける口だからね。それにどちらかと言えば女の方が好きなんだよ。客だって男だけじゃないんだ」
えっ、ここには女性の客も来るんですか!
「そうさ、私はかわいい女の子がだ~い好きなんだよ」
ちょっとこの手はなんですか、人の太ももに指を這わせるのはやめてください! 私が乙女の貞操の危機に恐れおののいていると、だれかがジェニファーさんと私の間に割り込んだ。クラリスちゃんが真剣な顔でジェニファーさんに怒っている。
「クラリス、冗談だよ。冗談。でもやっぱりかわいいね~~」
全く冗談に聞こえません!
「そう言えば、あんたはギルドに用があるって言っていたね」
ジェニファーさんは急に真顔になると、そう私に聞いてきた。
「私はこの街の近くでパーティーのメンバーと雪崩に巻き込まれました。その人が無事かどうか確認したいのです」
「あんたにも仲間がいるんだね」
「はい。とっても大事な仲間です」
そうだ。サラさんがいなかったら、ブリジットハウスで私の人生は終わっていた。
「夜が明けたら、クラリスに案内させるよ。あんなことがあったから、この子はここ以外にいた方がいい。それに私らは市民証を持っていないから、この外地区から中地区へは入れないんだ。クラリスは市民証を持っているから問題ない」
「市民証?」
何だろう。ギルド証みたいなものなんだろうか?
「ここは金鉱山の街だからね。その採掘権を持っているものと、持っていないもので区別される街なのさ。まあ、持っていたから何と言う訳でもないし、持っていないからどうという訳でもないんだけどね。そう言うところなんだよ」
「クラリスちゃんを狙ってきたのは、何者なんですか?」
「あれの父親、と言っても義理の父親の差し金さ」
「あの子の母親はそれなりの家の出でね、理由はよく分からないけど、家から逃げ出して私達と一緒にやっていたんだ。だけど流行病でぽっくり逝っちまった。でも最近クラリスの祖父が亡くなって、全ての財産をクラリスに渡すと遺言したらしい」
「それで……」
「クラリスの事なんてほったらかしにしていたくせに、それで急にクラリスを引き取ると言い出した。もちろん私らとしたら、クラリスをそんな男の元に渡す訳にはいかない。私たちにとっては、この子は娘であり、妹でもあるんだ」
そう告げたところで、ジェニファーさんの顔が曇った。
「でも居場所がばれたからね。次はあんなやくざ崩れじゃなくて役人を先頭にやってくるだろう。そうじゃなくても、ここは家主がピンハネをしないから、私らみたいないい女が集まる人気店で、やつらからすれば目の上のたんこぶなんだよ」
そう告げると、いつの間にか私の膝の上で転寝をしていた、クラリスちゃんの頭をそっと撫でた。
「そう言えば、家主さんはいつ戻ってくるんでしょうか?」
私の質問に、ジェニファーさんは首をひねって見せた。
「さあね。いつ戻るかはよく分からない。私達にはルールがあってね。私たちはあの男に干渉しないし、あの男も私たちには干渉しない。そう言う関係なんだよ。ただ――」
そこで言葉を切ると、ジェニファーさんは少し遠いところへ視線を向けた。
「たとえ私たちが距離を詰めたいと思っても、あの男はそれを許してくれない。人がきらいなのか、それとも諦めているのか、どっちにしても孤独な男なんだ」
いつの間にか寝台で寝ていた私は、背中に這い寄る明け方の冷気に目が覚めた。だが私の体はとても暖かく感じられる。昨晩むりくり飲まされたエールのせいだろうか? だが私の胸元からはすやすやという寝息が聞こえてきた。
クラリスちゃんも私と一緒に寝てしまったらしい。いや、もともとこの部屋は彼女の部屋だから、私がもぐり込んだと言うべきだろう。
私は彼女を起こさぬようそっと寝台から降りると、テーブルの上に置いてあった皮の鎧を身に着けた。鎧を着終わる頃、背後からクラリスちゃんが抱き着いてくる。
どうやらとってもなつかれたらしい。一人っ子だった私としては妹が出来た気分に嬉しくなる。
彼女は私から離れると、寝台の枕の下から一枚の紙を取り出して、私に差し出した。そこにはここの女性達の連名で、赤毛組への店の安全確保に関する依頼が書いてある。
「依頼票?」
クラリスちゃんが私の目をじっと見つめた。もう人相手の仕事はしないと思っていたけど、依頼人がこの人たちなら話は別だ。
「うん。謹んで受けさせてもらうわ」
私の答えに、クラリスちゃんがぴょんぴょんと跳ねて喜んだ。でもサラさんが見つからない場合、その家主の男性が戻っている間は交代させてもらおう。サラさんを雪の下にしたままにはしておけない。
「それじゃ、ギルドまで行って受付をしましょう」
私はクラリスちゃんの手を引くと、裏口からそっと顔を出して辺りを伺った。昨日の奴らがこちらを張っている気配は感じられない。
「あんたの仲間が見つかるといいね」
早朝にも関わらず、毛糸の肩掛けをしたジェニファーさんが声を掛けてくれた。ジェニファーさんだけじゃない。店のお姉さま方が総出で私とクラリスちゃんに手を振ってくれる。
「はい」
私は彼女らに軽く手を振ると、手招きするクラリスちゃんの後に続いた。神話同盟にいた時の私は、誰かに頼られることなく常に誰かから守られる存在だった。
それが今はこうして誰かに頼りにされている。それがとてもうれしく、思わず頬を涙が流れそうになった。だが私自体が何か別の存在に変われた訳ではない。油断など論外だ。
私は自分の頬を叩いて気合を入れると、サラさんの無事を心から祈りながら、建物の間の路地を警戒しつつ歩き続けた。
「こうしてあんたの背中に乗るのも、本当に久しぶりだね」
サラはそう呟くと、懐かしそうに自分が乗る背中の羽毛に顔をうずめた。
「そうだな。誰かを乗せるのも本当に久しぶりだ」
羽根をはばたかせると、大空を飛ぶ
「あの子に無事を知らせなくていいのか?」
その問いかけに、サラは顔を上げると首を傾げてみせた。
「すぐにでも知らせてあげたいところだけど、この面倒なのを何とかする方が先だね」
「お前が手伝ってくれるのなら心強い」
その言葉にサラは苦笑して見せた。
「当たり前だよ。なにせうちのリーダーを助けてもらったんだ。それに私も助けてもらった」
「正に偶然だが本当に良かった。お前には何度も助けてもらっているし、パーティーで俺をまともに扱ってくれたのもお前だけだ」
「そうかい? 私はそうは思わないけどね。あんたは大勢に頼りにされている」
「俺の本当の姿を知らないからだ」
「少なくとも、あのクラリスと言う子は違うじゃないか。それにアイシャはきっとあんたの事を気に入ると思うよ」
サラの言葉にそれは無言で答えた。その態度にサラが小さくため息をつく。だが気を取り直すと翼の下に見える動きに目を凝らした。
「でも今度の奴らはちょっと厄介だね。アイシャもつけられているのに全く気が付いていない。こちらで先回りして始末する?」
そう告げると、サラは路地の間を進む二人を、建物の上や平行した路地を使ってつけていく男たちへ視線を向けた。
「撃ち漏らしがあると厄介だ。まとめて始末する方がいい」
「了解。それよりもあの子は何者だい? アイシャが斬撃を放った時に一瞬だけ見せた魔力は、どう考えても只者じゃない」
「流石だな。あれの母親は、それを大人たちにいいように使われるのを恐れて家を逃げ出した。今は呪符で封印しているが、あの子が本気になったら、それで抑えられるかどうか――」
「確かにあれだけの力があれば、問答無用で王宮魔法学校に送られて連中の傀儡だ。ところでランドスルー、あんたに一つお願いがあるんだ」
「お願い? 一体なんだ?」
「アイシャには、あんたが私に言い寄ってきたと言ってある。だから何か聞かれたら、そうだと口裏を合わせてくれないかい?」
「なんだって!?」
「女にだって、見栄と言うものがあるんだよ!」
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