レベルは急には上がりません!
「痛たたたた!」
思わず口から悲鳴が上がった。
「すいません。もう少し弱い方が良かったですか?」
フェリアちゃんが心配そうに聞いてきた。
「いえ、明日の事を考えればもう少し強めでお願いします」
私は痛みに耐えて首を持ち上げると、背中を押しているフェリアちゃんに声を掛けた。彼女が再び背中のツボを指で押す。
『いだだだだだ!』
今度は心の中だけで悲鳴を上げる。私、アイシャは見ての通り、フェリアちゃんにマッサージをしてもらっています。
何でそんな事をしているかと言うと、昼間に仕事の話が終わった瞬間、サラさんから木刀を渡されました。そして「仕事の前に少しは息を合わせておかないとね」の一言で、訓練場まで引きずって行かれると、まさに足腰が立たなくなるまで鍛えられたからです。
ミストランドにいた時も、フリーダお姉さまが私の剣の相手をしてくれたが、こんなひどい目にあったことはない。途中でこの人は本気で私を殺しに来ているんじゃないかと思ったぐらいです。
体中はあざだらけだし、筋肉と言う筋肉が悲鳴をあげている。そんな私を哀れに思ったのか、フェリアちゃんがマッサージを申し出てくれた。
因みになんでフェリアちゃんがここにいるかというと、リアさんが相当に頑張ったのか一部屋だけではなく、なんと二部屋を借してくれた。夜中にごくまれにいびきを掻くことがある私としては、とてもありがたい。
それで明日の朝の出発が楽になるように、一部屋を彼らに貸すことにしたのだが、フェリアちゃんには私たちの部屋に泊まってもらうことにした。
だって、女の子ですよ!
荒野での野営ならいざしらず、私が宿の部屋に男二人と寝ることになったら、間違いなく一睡もできません!
サラさんは情報収集とか言って食堂で酒を飲んでいる。そう言えば、リアさんは食事は付くと言っていたけど、酒が付くとは言っていなかった。その点について先に釘を差しておくべきだったかもしれないが、今となっては後の祭りと言う奴です。それよりも、目下とても気になっている事を聞いて見る事にする。
「フェリアさん、あの二人とは幼馴染ですか?」
年頃の男の子二人にこんなかわいい女の子が一人ですよ。恋のさや当てがあるに決まっています。
「えっ!」
フェリアちゃんが驚いた顔をする。完璧に奇襲成功です。どっちが好みだとか、ぜひその胸の内を教えてください!
「私はフンネル男爵領の出身じゃないんです。私の村は厄災の影響でほとんど作物が取れなくなって、幼い時に親から人買いに売られました。そして旦那様に拾っていただいたんです」
「ええっ!?」
フェリアちゃんの発言に、今度は私が驚く。私の村でも奉公にいくとか聞いた女の子は何人かいたし、そう言う事があるとも聞いていた。だがその当人から話を聞くのは初めてだ。
「そしてアンリお嬢様にお会いして、その話相手になりました。おかげでこうして無事に生きています。だからその恩義に報う為にも、何があろうがお嬢様をお救いしないといけないんです」
そう告げたフェリアちゃんの顔には、固い決意以上の何かを宿している。
「でも、フェリアさんは魔法職ですよね。一体いつどうやって魔法を覚えたのですか?」
さっきの話と彼女がやっている事の辻褄があっていない。魔法職になるには魔法職学校などで専門の教育を受けないと、とてもなれないはずだ。
「魔法ですか? アンリお嬢様はとても本がお好きなんです。それにフンネル家は元は魔法職の家らしく、図書室に古い魔法の本が一杯あってそれで勉強しました」
「ちょ、ちょっと待ってください。それって、独学で魔法職になったという事ですか!?」
「はい。最初は全く出来ませんでしたが、コツを掴んだら、うまく使えるようになりました」
なんですか、それ? お姉さま方は別格として、サラさんもそうですけど私の周りにいる人は、みんな天才なんじゃないでしょうか? 私が普通ですよね。皆さんがおかしいんですよね?
エミリアお姉さまから、「アイシャは魔法以外を伸ばした方がいいと思うの」と、あっさり告げられた身としてはとても違和感ありまくりです。
「アイシャさんは、どうして冒険者になられたんですか?」
今度はフェリアさんが不思議そうな顔をして私を見た。そうですよね。こうして皮の鎧も着ないで、下着姿で寝台に寝っ転がっていれば、全く持って冒険者らしくは見えませんよね。
「私は父の遺言で冒険者の人達を頼れと言われたからだけですよ。父も亡くなって、誰も身寄りもいなくなりましたし、他に選択肢がなかっただけです」
「そうなんですね。お父様はご愁傷さまでした」
「ありがとうございます。それに若い女が一人でいたりしたら、すぐに襲われますよね。父親が誰か分からない子供を抱えて、誰かの袖でも引きながら生きていくしかなくなるじゃないですか?」
私の発言に、フェリアちゃんがきょとんとした顔をする。
「そう言うものじゃないですか?」
「あ、そうかもしれませんが、私のところはそこまでは酷くなかった気がします」
どうやらフェリアちゃんのいたところは、私の村と同じぐらいに貧乏な村だったみたいだけど、治安については遥かにましだったらしい。
と言うか、あのバカ親父! そんな場所なら、娘の為にさっさとどこかに引っ越せという感じです。
「やっぱり、アイシャさんはすごいと思います」
「何がですか?」
「年もそう変わらないのに冒険者パーティーのリーダーをされていて、世界のあちらこちらへ旅をされています。私はオールドストンに来たのも初めてなんです」
そう言うと、黒い瞳を輝かせて見せた。私としては旅をしているというより、追い出されまくっているという気がする。だが事実だけを見れば確かにそうとも言えるかもしれない。
「フェリアさんも、旅をすればいいんです」
「旅ですか?」
フェリアちゃんがびっくりした顔をする。
「その年で、しかも独力で魔法を使えるようになったんです。都へ行って魔法職の研究をするべきだと思います。きっと歴史に名が残る大魔法職になれますよ」
「そんなお世辞はやめてください!」
私の台詞に、フェリアちゃんが激しい口調で拒絶の声をあげた。それにお世辞? 何を言っているのだろう。導かれなくても自分で道を開けられる人なのだ。そんな才は誰もが持って生まれて来れる訳ではない。
「私は本気ですよ。私が知っている魔法職を紹介できればいいのですが……」
エミリアお姉さまに、リリスちゃんが偉大な魔法職であることは間違いない。だけど二人とも師匠向きかと言えば、全く違う気がする。
「それよりもアイシャさん。明日は夜明けと共に出発ですよ」
「そうでした。すいませんが、今押したところを、もう一度だけ押していただけませんでしょうか?」
本当に馬車に乗って半日以上、こんな体で移動できるだろうか? でもどうして世の中とは、こうもうまくいかないものなんだろう。
「おい、リリス。あれはなんだ? あの女、アイシャをマッサージしているぞ!」
「まあ、あれだけ痛めつけられれば、筋肉痛の一つもあるだろう」
「そうじゃない! なんて羨ましいことをしているんだ。今すぐ私と代われ!」
「フリーダ、お願いだから、せっかく張った障壁をぶっ飛ばさないでくれる? これって、見かけほど簡単じゃないのよ」
「エミリア、お前は羨ましくないのか?」
そう言うと、フリーダは揺らめきの先にいる二人を指さした。
「もちろん羨ましいわよ。できればマッサージだけじゃなくて、全身舐めまわしてあげたいくらい」
「エミリア、お前が言うと、なぜかとてもいやらしく聞こえるな」
リリスがフリーダの指した先を見ながら、首をひねって見せた。
「リリスちゃん、何を余計な事を言っているの? もしかして煉獄の園の茨で、その口を結いつけられたい訳?」
エミリアの言葉に、リリスが口の端を持ち上げて見せる。
「それはそれで、ちょっとしたアクセサリーになっていいかもしれないな。それよりも暇だ、暇すぎだぞ!」
「おい、お前たち。この間の件で、十分に懲りたんじゃないのか? 暇だからと言って、アイシャに何かをするのは無しだ」
会話を黙って聞いていたアルフレッドが、耐え切れなくなったように声を上げた。その台詞に三人がアルフレッドの方を振りかえる。
「懲りた? 一体何にだ? それにアイシャが自分で仕事を受けたのだ。その邪魔を我らがする訳などないだろう」
「そうよ。それに色々と面白そうな
「おい、エミリア!」
アルフレッドの問い掛けに、エミリアが舌を出して見せた。
「アル君、冗談に決まっているでしょう。それよりもリリスちゃん。退屈ならいいものがあるわよ」
「エミリア、本当だろうな。くだらないものなら――」
「この間のアイシャちゃんの活躍を、きっちりと記憶球に記録しておいたの。それの編集が終わったから、みんなでアイシャちゃんの雄姿を見られるわよ」
エミリアの言葉に、リリスは眠たげにしていた目を大きく見開いた。
「なんだと! すぐに見せろ。いや、その前に飲み物と食べ物だ!」
「私はから揚げにチリソースを掛けた奴を頼む」
「あら、フリーダちゃん。それいいわね。やっぱり冷えたエールも必要よね」
「では決まりだな。アル!」
「なんだ?」
「聞いただろ。すぐにつまみとエールを買ってくるのだ!」
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