美味しくご飯食べられる、それこそが幸せです!

「美味しいです。本当に美味しいです。このまま死んでもいいぐらい本当に美味しいです」


「随分と大げさな女だね」


 食堂の片隅で涙を流しながら食事をする私を、サラさんが呆れた顔で眺めている。


「な、何を言っているんですか! やっと塩以外の調味料が使われた、ちゃんと料理されたものが食べられるんですよ! これを幸せと言わずに何を幸せというんですか!」


「どうでもいいけど、感動を語るのなら食べ終わってからにしてもらえない? 全部こちらに飛んできているんだ」


「す、すいません。でもすごく感じのいいギルドですね。こじんまりとしていてなんか暖かいというか……」


 私は背後の広間へと視線を向けた。言葉通り、建物は街の裏通りに面した少し手狭にすら思える建物だ。丁度お昼を過ぎたところで人の動きもほとんどない。

 

 天井に設置された明かり窓からは燦燦と日の光が降り注ぎ、その明かりの元、厨房から出てきた料理人と、床を拭き終わった掃除人のおじさんがテーブルでカードに興じている。


「すごくほのぼのしていて、とてもいい感じです」


「ここオールドストンは私が駆け出しの頃に世話になったところでね、あんたの言う通り、放牧地に囲まれたこじんまりとした所だよ」


 サラさんは私にそう告げると、懐かしむように辺りを見回した。日々依頼を受けながら嫌味な小言を聞くことなく、のんびりと心豊かに暮らす。


 これです! これこそが私が求めていた冒険者生活です!


「サラさん。自分の冒険者としてのイメージが急に湧いてきました!」


「へぇ――。それはよかったわね。私にはぶらぶらしているうちに有り金を使い果たして、路頭に迷う未来が見える気がするけど、気の所為かい?」


「ゲホゲホゲホ!」


「さっきから汚いね。もう少し落ち着いて食べたらどうだい?」


 落ち着いてと言うか、せめてこれを食べ終わるまでは、世知辛い世の中の事は忘れさせてくれませんか? それにですね……。


「そのお金ですけど、私のとっても少ない蓄えじゃないですか?」


「何を言っているんだい。私たちはパーティーだよ。あり金はパーティーみんなのものに決まっている」


「それって、いつ、誰が決めたんです?」


「昔からの不文律という奴だ。あんたのいたところでは違ったのかい?」


「はあ、確かにお金の話をを言う人はいませんでしたね……」


 と言うか何かを自分で払った記憶はない。ないと困るだろうからと言って、エミリアさんから定期的に渡されていたのを貯めていただけだ。


「まるでお小遣いをもらっていた子供でしたね」


「あははは!」


「何がおかしいんですか、何が!」


 どこがツボなのかはよく分からないが、サラさんが腹を抱えて大笑いをしている。なんだかな。


 ちなみに今サラさんが食べているパンだって、そのお金ですからね! 私がせめて文句の一つも言おうとした時だ。背後からパタパタと言う足音が響いてきた。振り返るとギルドの制服を着た若い女性が、こちらへと駆けてくる。


「サ、サラさん。大変お待たせ致しました」


 黄色みかかった茶色の髪をした水色の目を持つ少女が、私たちのテーブルの横に来ると、少し荒い息をしながらそう告げた。


「それで、どうにかなりそうかい?」


 サラさんの問い掛けに彼女が頷いた。


「もちろんです。お二人で週に銀貨一枚、三食付きということで話を通してきました」


『二人で週に銀貨一枚、しかも食事つき!』


 その言葉にまたむせそうになる。と言うか、そうですよね。それが相場ですよね。ブリジットハウスがぼったくり過ぎですよね!


「銀貨一枚? 私は二枚でと言ったつもりだったけど?」


「何を言っているんですか! 他でもないサラさんですよ。そもそも金を取ること自体が、間違いみたいなものです。でも本当にこれでいいんですか? ただは流石に無理かもしれませんが、月に一枚ぐらいまでなら、私がなんとかねじ込んで見せます!」


「リア、あんたにそんな無理はさせられないよ」


「サラお姉さまの為なら何の問題もありません。あのおっさん、ダメとか一言でも言ったら、裏手の酒場の女性宛に書いたラブレターの下書きを、奥さんに見せに行きます!」


「あんたも随分と大人になったもんだね。でもその手はなしだ。交渉相手がいなくなっちまう。それにこの手はやり過ぎはよくないんだ。周りからやっかみを買うからね」


「誰ですか、それ? そんな奴がいたら私が許しません!」


 サラさんの言葉に少女が首を横にふった。そして腕組みをしながらそう宣言する。私より年下にしか見えないが、もしかして、この子がこのギルドを実質的に支配している影の権力者なんだろうか? そうとしか思えない。


「それより、リア。どうしてあんたはギルドの受付をやっているんだい?」


「えっ、サラお姉さまが引退して、ギルドの受付になったと聞いたので、私も受付業務を覚えて、ブリジットハウスに行こうと思っていただけです。ブリジットハウスの件は驚きましたけど、お姉さまが冒険者に復帰されただなんて、もううれしくて!」


 そう言うと、その子はおさげに結った髪を跳ねさせながら、さも嬉しそうに飛び跳ねて見せた。確かに冒険者姿のサラさんは、受付にいたサラさんとはまるで別人で、同じ女性として憧れるのは分かる気がします。でも中身はちょっと辛口ですよね?


「ところで、こちらはどなたですか?」


 そう言うと、彼女は私を水色の瞳でじっと見つめた。すぐにあいさつしようと思ったのだが、まだ口の中に食べ物が詰まっているので、とりあえずは愛想笑いでごまかします。


 でもなんでしょうか? このかわいそうな生き物を見るみたいな目は? どこかで同じような視線を見た記憶があります。これって嫌み男が私を見る目と同じじゃないですか!


「うちのリーダーだよ」


「えっ!」


 サラさんの言葉に女の子がぎょっとした顔をする。あの、一応は皮の鎧を着ていますし、腰には細身の短剣も履いているつもりですが?


「サラさんがリーダーじゃないんですか?」


「まさか。それにリア、何か勘違いしているみたいだけど、私は彼女に自分から入れてくれとお願いしたんだ。」


 やっと固焼きのパンが喉を通り過ぎた。いや通り過ぎてくれないと、マジで死んでしまいます。


「は、はじめまして、アイシャールと申します。どうかアイシャと……」


『あれ?』


 なんかとっても睨んでいますけど、前世辺りで、何か恨みを買うようなことでもしましたでしょうか?


「信じられない……」


 彼女の口から声が漏れた。あの〜、信じられないのはどの辺でしょうか? 私が冒険者らしくない? 私がサラさんの相方に相応しくない? 思いつくものが多すぎてどれが地雷だったのか、よく分かりません。いや、きっと全部ですね。


「まだ駆け出しも駆け出しですけど、どうかよろしくお願い致します」


 一応は下手に出て見ますが、彼女の表情は全く変わらずです。


「依頼の方はどうだい?」


 サラさんの言葉に私を睨みつけていた少女が、はっとした顔をした。


「要望に合いそうなのは、優先順位があって……」


「やっぱり難しいかい」


「すいません……」


 ちょっと俯いた少女の肩をサラさんがポンと叩いた。


「リア、正しい事をやっているあんたがどうして私に謝るんだい。依頼の斡旋はギルドの良心だろう?」


「それはそうなんですが、それよりもハグレが大量発生していて警備無しには峠はもちろん、その手前すら怪しい感じなんです。そちらにほぼ全ての人手を取られています。でも峠を二人だけで超えて来るなんて、流石はサラさんです!」


「単に運が良かったのさ。まさか、ここもこんな事になっているなんて思わなかったよ。まるでミストランンドへの街道筋並だ。それよりも宿舎は助かった。本当に感謝している」


「は、はい」


 サラさんの言葉に、少女は先ほどとはうってかわって顔を真っ赤にすると、うれしそうに照れ笑いをして見せた。


「すいません。お客みたいです。また後でお話させてください!」


 そう答えると、少女は受付の方へと戻っていった。依頼人だろうか? 三人ほどの若い男女の一団が、受付に居るのが見える。


 だがその服装は依頼人らしくは見えない。どちらかと言えば冒険者に近かった。だけど冒険者だとすればあまりにも不慣れだ。その姿に冒険者になりたての頃の自分を思い出す。今も大して変わっていませんけどね。私はサラさんの方へと視線を戻した。


「昔からのお知り合いですか?」


 私の問いかけに、サラさんが口元に笑みを浮かべて見せる。


「そうだね。私が鍛えてもらった教官役の娘さんだよ。その時はまだ小さかったけど今では随分と女らしくなったもんだ。だけど相変わらず落ち着きのない子だね」


 そう言いつつ、なぜかサラさんは私の顔をちらりと見る。もしかして、私も落ち着きがないとか言っています? 一週間ぶりにまともな食事が食べられたら、誰だって落ち着かないと思いますけど!


「でも二人、食事付きで週に銀貨一枚ってすごくないですか? というか、ブリジットハウスがぼったくり過ぎです!」


「取れるところから取るのは、商売の基本だろう?」


「あの、価格表らしきものを見せられた気がするんですが、あれって、もしかして何通りもあったりします?」


 絶対に貴族の連絡員とか、国の役人とか、自分の金で払わない人達向けの奴ですよね。


「見かけによらず、ずいぶんと疑り深い女だね。それより流石に無理を言ったからギルド長に挨拶に行ってくるよ」


「じゃ、私も……」


 さっきサラさんたちが言っていた件は良く分からなかったが、この辺境領の小さな街であるオールドストン、崩れが起きた迷宮跡を抱えるギルドにも、色々と問題はあるらしい。のんびりなどと妄想に耽っていた私は愚か者だ。


「積もる話もあるからね。あんたは後で紹介させてもらうよ」


「はい。分かりました」


 私は素直にうなずいた。パーティーは一心同体だが共有すべきなのは未来であって、過去ではない。私はサラさんに片手を振ると、流石に取りすぎたかもしれない4つ目のパンに手を伸ばした。

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