美少女冒険者アイシャ、ブチ切れる

呪いなんて掛けていませんからね!

主な登場人物


・アイシャ・ウズベク・カーバイン


通称「アイシャ」。父親の遺言で神話同盟の冒険者になるがすぐに首になるが、元ブリジットハウスの受付のサラと赤毛組という冒険者パーティーを結成する


・アルフレッド


通称「アル」。伝説の冒険者パーティー「神話同盟」のリーダー、アイシャからは「嫌み男」と呼ばれている


・フリーダ・ガイアス


ガイアスの戦乙女にして、神話同盟の剣士。好きな物はアイシャ。趣味はアイシャの猫かわいがり


・エミリア


「神話同盟」の魔法職にして破戒僧。見かけは美しい女性だが中身は男。フリーダ同様に好きな物はアイシャ。


・リリス


「神話同盟」の魔法職にして謎な存在。見かけはまだ幼い少女だが、誰もがそれが実態とは思っていない。やはりアイシャが大好きだけど、猫かわいがりは出来ないでいる。嫌いなものはパール・バーネル(創世神)


・サラ・アフリート


元冒険者で、ブリジットハウスのギルドの受付をしていたが、冒険者に復帰してアイシャと赤毛組と言う冒険者パーティーを結成する。


・タニア


ミストランドで神話同盟のせいで、常に二番手の冒険者パーティー「薔薇の騎士」のリーダー


・アンチェラ


冒険者パーティー、「薔薇の騎士」のメンバーでいつも執事姿をしている




「お疲れさん!」


 酒場の片隅でそう声を掛けられた男は、背後を振り返ると自分に杯を掲げた男に苦笑いをした。自分も疲れ切った表情をしているとは思うが、相手もこちらと大して変わりはない。


「そっちは北からの戻りか?」


「そうだ」


「蹴りはついたのか?」


「封印柱の基礎ぐらいまでは何とかという感じだな。規模は小さくても、Aランクの厄災に楽な仕事などないさ」


「その通りだな。ともかく近頃は全員出ずっぱりだ。いくらここがミストランドとはいえ、ちょっと多すぎじゃないのか?」


「あの守銭奴のおっさんギルド長が、どんなに金を積まれても、無理なものは無理だ、とか叫んでいたらしいぞ」


 そう告げると、相手は肩で笑って見せた。


「あの守銭奴がか? 一時期、一番上神話同盟が依頼抜きに、あちこちの厄災をぶっ飛ばしまくっていた時には、うちを潰す気かとか言っていたはずだが……」


 男のぼやきに相手も同意する。


「Sランクなんて出て来た日にはそれこそ総出になるから、小さい奴はみんなほったらかしだな」


 その言葉に男は少し心配そうな顔をした。故郷を厄災で失った身とすれば、絶対にあって欲しくはない状況だ。


 厄災、それは様々な形状を取っていきなり現れる。それが発生すると普通には存在しない魔物達が闊歩し、ほっておけばその地に人はもう住めなくなる。


 だがその内部には本来存在しないはずの金属や物質、植物等を見つける事が出来た。さらにその最深部からは厄災を発生させた原因物質、核から宝具と呼ばれるものも得られる。それらはかつてこの地を支配していた、失われし神々の一部という話だった。


 冒険者はそれらを求めると同時に、厄災から住民たちの生活を守っている。その一方で、封印柱でうまく安定させられれば、鉱山並みに開発することも可能でそこには街も作られる。このミストランドも、元々はグレートと呼ばれる厄災跡の横に作られた街だ。


「それで一部の小物は、他のギルドに門戸を開くとか言っていたぞ」


 その言葉に男がおやっという顔をした。ここミストランドはお高く止まっているというか、他のギルドの助けに行くことはあっても、他のギルドに助けを求めるなど決してしないところだ。


「領主たちも足の引っ張り合いばかりにかまけていないで、少しは自分たちで何とかすればいいのさ。おい、聞いているのか?」


 そう告げると、自分の問い掛けを無視して首を捻って見せる男に杯を突き出した。


「そう言えば、神話同盟の連中を見かけなくなってからどのくらいになる?」


「そうだな。もう10日以上にはなるんじゃないか? いや、半月ぐらいにはなるか……」


「結局、うちはあの人たちにおんぶにだっこだったという事だな」


 その言葉に相手も両手を上げて見せる。ここミストランドが一番のギルドなのは間違いないが、その中でも神話同盟は別格だ。それはここにいる冒険者の誰もが知っている。


 まれに新人で、「ここの一番を目指す!」などという大言壮語を口にする者がいるが、ここミストランドにはいない。いても不適格者として間違いなく追い出される。なぜならそれが不可能であることを、皆がよく知っているからだ。Aランクの厄災程度なら、剣の一振りでそれをぶっ飛ばすような存在であり、差がありすぎて目標にすらならない。


「神話同盟と言えば、妙な噂を聞いたのだが……」


 相手は声を潜めると、男の耳元に口を寄せた。


「一時期、若い町娘みたいな女の子を連れていただろう」


「ああ、依頼なしで厄災を片っ端から吹っ飛ばしていた頃に連れていたな。確か赤毛のすごく愛嬌のある娘じゃなかったか」


「確かにとても冒険者とは思えない、愛嬌のある子だったな。一部の若手には大人気だったらしいが、誰も怖すぎて手が出せなかったらしい。でもこの件は愛嬌とは何の関係もなしだ」


「その子が例のブリジットハウスの迷宮消失事件の直前、そのギルドにいたという話があるんだ」


「ブリジットハウスって、いきなり『暗き御使い』が現れたかと思ったら、迷宮ごと消失とか言う寝言みたいなやつだろう?」


「いきなり消えたのも不思議な話だが、潜っていた奴の大半が生き残った上に、何が起きたかもさっぱり分からないという奴だ」


「それなら話は単純だ。あの人たちの仕業だよ。理由は分からないが、それなら十分に納得できる。それで上も大して騒がなかったのか……」


「そうだ。でもしばらくはここに戻ってくるつもりはないらしいな。つまり、この忙しさは当分続くということだ。お互い無理せず……」


「それはとっても興味深いお話ですね」


 不意に聞こえた声に二人の男は慌てて声の方を振り返った。そこには腰に湾曲した双剣を差し、薄手の布を身にまとった女性が男たちを眺めている。


「二番手さん?」


 そう声を漏らしてから男は慌てて口を押えた。だがその言葉は確実に相手に伝わってしまったらしく、女性が首を僅かに傾げて見せる。


「うちは二番手と言う名前ではなくて、『薔薇の騎士』のはずですけど。もしかして私の聞き間違いだったでしょうか?」


 そう告げると、口元に笑みを浮べて見せた。その冷たい視線に、幾多の厄災を潜り抜けてきたはずの男たちの背中を冷たい汗が流れ落ちる。


「あっ、結果の報告があるのでこれで!」「打ち合わせの時間なので……」


「ちょっと!」


 そう声を上げた女性から、逃げるように男たちが去っていく。だが角を曲がったところで急に悲鳴らしきものが聞こえてきた。


「ギャ――、な、なんだこの黒虫の群れは!」


「フン!」


 そう鼻をならして見せた女性に対して、誰かが横からグラスを差し出した。それは薄いピンクの液体で満たされ、一枚の薔薇の花びらが浮かんでいる。


「タニア、随分とご機嫌斜めのようですね」


「アンチェラ、面と向かって二番手などと言われて機嫌がいいやつなどいるの?」


 女性の呼びかけに執事服姿の男性、いや女性は口元に妖艶としか言えない笑みを浮かべると、自分のグラスを飲み干した。そして花びらより赤い舌でそれを嬲ってみせる。


「でもさっきのはいただけませんね。あなたは礼儀正しくいい子に見えないといけません」


 パーティーメンバーのアンチェラの言葉に、タニアはフンと不貞腐れて見せた。


「あの程度で許してやった私は相当に優しい、女神みたいな女だと思うけど?」


「タニア、私があなたにいつも言っていることを忘れましたか?」


「力とは目の前にあるものとは限らない?」


「そうです。あなたは、『そうですね。下から二番目ぐらいですね』と、にこやかに笑って見せるべきだったのです」


「本当に面倒な話」


「簡単な事です。敵に回らせない為。私たちの敵の敵に回らせる為」


「あなたお勧めのぶりっ子も、だいぶ疲れてきたわ」


 タニアはその整った顔にうんざりした表情を浮べて見せた。


「これは集団における生き残りの黄金律です。これを制する者が権力を、魔力や剣などより遥かに強力な力を得ます。宮廷でやる本物に比べたら、田舎芝居のようなものではないですか?」


「確かにドレスを着て、爺たち相手に裾を持ち上げて見せるよりは遥かにましね。でもほったらかし?」


「まさか。この手は料理の調味料と同じでバランスが大事です。彼らが忘れた頃に、私達以外の者の手を通じて教訓を与えてやればいいだけの話です」


「いかにもあなた好みね」


「人がその様な手を嫌うのは、それが一番対処し辛い事を本能的に分かっているからですよ」


「さっきの、敵をなんとかと矛盾していない?」


「敵を作らないというのは、必ずしも皆と仲良くしろと言う意味ではないでしょう?」


 アンチェラの問いかけにタニアが肩をすくめて見せた。


「面倒なのは嫌いなのよ。それよりも、あの件にモノホンのぶりっ子小娘が絡んでいた、というのは本当の話?」


「私の方でも事務局に探りを入れてみました。どうも本当のようです。ですが詳細は不明です」


「不明!?」


やつら神話同盟の件になると、連中はとても口が堅いのです。それに現地のレベルが低すぎて、話がよく分からないというのが実情みたいです」


「ふ~~ん。それなら、こっちから見学に行こうかしら?」


「面倒なのは嫌いではなかったのですか?」


「すでに滅びの笛は既に吹かれている。ともかく連中をなんとかしないと、方舟の鍵を手に入れるのは無理。絶対にやつらに先を越されてしまう」


 そう言うと、タニアは酒場にいる疲れ切った冒険者達の群れを眺めまわした。


「人の家の迷宮をぶっとばしたんだから何か訳ありのはずよ。これはあなたが大好きな、世論って奴を動かすネタになるんじゃないの?」


 タニアの言葉にアンチェラは深く頷いて見せる。


「流石はタニアお嬢様、その通りです」


「ここで私をそう呼ぶのはやめて頂戴。そうと決まれば休暇もお終いね。連中を今すぐに呼び戻して、いや延長させてもらって、久しぶりに旅行に行かせてもらいましょう」


 タニアの言葉に、アンチェラは胸に手を当てると、貴婦人に対する礼をして見せた。





「はい。今はうちは上の方が休みをとっておりまして、今すぐには……。はい。金額的には融通をですか? はい。では前向きに検討させていただきます」


 横に立つ魔法職が右手をふると、頭を下げていた男の前から淡い揺らめきが消え去った。同時に魔石の灯が部屋を明るく照らす。


 かなり恰幅のいいギルドの制服を着た男は、背後に控える女性の方を振り返った。そして差し出されたお茶に手を伸ばす。


「未だに連中の行方は分からないのか?」


「神話同盟でしたら、特に何も連絡はありません」


「ヒルダ。薔薇の騎士の休暇だけど、少し早めに戻ってきてくれるようタニアに連絡を取ってくれ。報酬はもちろん、ランクポイントにも色をつけると忘れずに伝えろ」


「それでしたら……」


 男は女性にしばし待つように合図すると、渡された茶に口をつけた。


「一時期やたらと張り切っていたくせにどこへいっちまったんだ? あの娘がここに現れて以降、全く訳が分からん。あれは人の皮を被った厄災だな。それも間違いなくSSランクだ。それとなんだ?」


「薔薇の騎士から休暇の延長届けが出ています」


 男は口に含んだお茶を吐き出すと、思いっきり咳き込んだ。


「こ、これは、一体誰の呪いなんだ?」


 そう呟くと、ミストランドギルド長ハントマンは、しょぼついた目で辺りを見回した。

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