やばい団体に聞こえませんかね?

 ガタコトと心地よい音が耳に響いてくる。だけど体は鉛で出来たみたいに重い。もしかしたら、私は死んで遠い世界へ旅立つ途中なのだろうか?


 生前さほどの悪事を働いた記憶はないので、いきなり煉獄の光景を見せられるなんてことはないと思いつつも、閉じていた瞼を恐る恐る開けてみる。


『あれ?』


 視線の先にあるのは見慣れた青い空だ。その真ん中に羊雲が一つだけぽっかりと浮かんでいる。その横を何かがゆったりと通り過ぎていくのも見えた。トンビだ。


 私は慌てて周囲へ視線を向けた。そこには私がギルドの宿舎に持ち込んだ、あの皮の鎧を始めとした、装備の品々が積まれている。


 耳に聞こえてくるのは車軸の軋みに、馬の馬蹄が地面を叩く音だ。私は馬車の上に乗せられてどこかに連れていかれているらしい。それにどう考えてもこれは私が知っている世界そのもので、遠い世界のどこかとは思えない。


「痛たた――」


 体を動かそうとして思わず声が漏れた。あの刺すような痛みは去っていたが、ちょっとでも体を動かすと全身を筋肉痛の痛みが襲ってくる。


 確かに目玉お化けから逃げるのに走りはしたけど、こんな盛大な筋肉痛になるほどではなかったはずだ。


 だとすれば、これもエミリアさんからもらった薬の副作用の続きと言うことで、間違いなく私はまだ生きている!


「目が覚めたかい?」


 御者台の方から声が聞こえた。見上げると、馬車の振動に合わせて、無造作に後ろにまとめた髪が跳ねている。


 誰だろう? 逆光になるのと、荷台に転がっている私より高い位置にいるのでその顔はよく見えない。


「あ、あの? ここは?」


「見ての通り、馬車の荷台の上さ」


「あ、はい。それは分かるのですが……」


 あれ? この声。どこかで聞いた覚えがあるぞ。だけどその口調と言うか、覇気がちょっと違う気もする。


「どこに向かっているかと言えば、ブリジットハウスというちんけな迷宮のあった街、正しくは元は迷宮があった街から、ともかく手近な街へ避難中というところだね」


「避難中!?」


 私は思わず声を上げた。あの目玉お化けは消えたはずだ。もしかしてあいつは消えたのではなく――。


「あんたが魂喰らいの上位種を吹き飛ばした後、あの窪地は迷宮ごとどこかに消えちまったのさ」


 そう言うと、荷台にいた人物がこちらを振り返った。


「サラさん!」


 だけどその服装は着崩したギルドの制服ではなく、よく油をなじませた皮の鎧を身に纏っている。それにその顔つきもギルドで見た妙に疲れた感じではない。キリリとした、とても精悍な表情をしている。


「サラさんって、冒険者だったんですね」


 もしかしたら、受付はバイトだったんだろうか?


「元冒険者さ。いや、復帰せざる負えなくなった、元冒険者というところだね。なにせ迷宮がなくなっちまったんだから、ギルドはもちろんのこと街自体もどうなるかは分からない」


 迷宮が消えた? 確かに入り口が吹っ飛んだのは見ました。まあ、実質的になくなったのと同じですね。でもサラさんが冒険者だったとは……。


 確かに受付で会った時から、お姉さまたちに通じる無言の圧力というか、逆らえない何かがあるのは感じました。


「それよりもアイシャ、あんた見かけはその辺りの町娘と変わらないのに、ものほんのミストランドの冒険者だったんだね」


「一応そこで登録はしましたけど、ただそれだけの事です」


 皆さんが想像されているのとは何か違う気がします。


「私はそうは思わないけど。それにあんたが神話同盟って書いたやつ。実はあれ、本当だったんじゃないの?」


「違います。嘘です。超絶嘘のつきまくりです!」


 あれは私の人生最大のトラウマです。消去すべき黒歴史なんです!


「フフフ、あんたがそう言うのなら、そうなんだろうね」


 あれ? サラさんが口に手を当てて笑っている。何かツボにはまるような事でも言いましたでしょうか?


「私の父親は村の鍛冶屋で、私は末っ子の一人娘。上は全部男兄弟。そのせいか私は子供の頃から冒険譚というのが大好きでね」


 サラさんは何かを懐かしむ様な顔をすると、突如自分の事を語り始めた。


「母親の手伝いなんてろくにしないで、兄たちと原っぱで冒険者ごっこばかりをしていたのさ」


 そう言うと私に苦笑いをして見せる。


「お転婆さんだったんですね!」


 そう言えば似たような存在を知っている気がする。私の場合は一人娘だったので、相手は近所の悪ガキたちでした。


「一人娘の末っ子で甘やかされていたんだろうね。少しばかり成長しても、世界を破壊神が振りまいた厄災から救うって、冒険者上がりの引退爺さんのところへ出かけていったのさ」


「へえ――」


 その点について言えば、食い扶持がなくて冒険者になった私とは心意気のレベルが全く違います。


「やってみたら、意外と水にあってね。爺さんが教えてくれるような術や技はすぐにマスターしてしまった。厄災の飛び火の消炭みたいな場所を見つけて腕試しをしてみたら、なんてことはない。その程度のものなら簡単に倒せた」


「えっ! それって天才とかいう奴じゃないですか?」


「さあね。家を飛び出てギルドにも入って、最初は調子よくやっていたんだけどね。粋がっても所詮中身はガキだ。変な男に引っかかって、夢も希望もどこかに置き忘れていたのさ」


「あの、もしかしてその変な男って――」


「あんたの想像通り、あのアルバートだよ。だけどぶち殺して来たから、あんた同様、私もあの街にいる訳にはいかない」


「アルバートさんの事はさておき、どうして私があの街にいる訳にはいかないのでしょうか?」


 私の発言にサラさんが呆れた顔をする。


「当たり前だろう? あんたが街に来たらあの化け物が出てきた。それに迷宮が消えちまったんだ。みんなあんたのせいだと思うに決まっているじゃないか? 街の者からすればあんたは神話級の厄災そのものだ」


「ちょっと待ってください。それって思いっきり濡れ衣ですよね!」


「それを証明する無駄な努力をするより、こうして他に逃げた方が早くないかい?」


「まあ、それはそうですね」


 私は素直にサラさんに同意した。


「あの男に引っかかる前から分かってはいたんだ。私は冒険譚に残るような英雄なんてものにはなれない。だけどあんたを見て思ったんだよ。英雄にはなれなくても、英雄の介添え役だったらなれるかもしれないってね」


 サラさんはそう告げると、私の方をじっと見つめた。


「だって、あんたは金の使い方ひとつ怪しいだろう。誰かが助けてやらないといけないじゃないか?」


 あの~。話がさっぱり見えていないのですが、その介添えする対象の英雄って誰の事を言っています? まさか私ではないですよね!?


 サラさんは私の心中を察したらしく、私に向かって思いっきり頷いて見せた。ちょっと勘弁してください!


「だから、こうしてあんたを助けてやった礼と言ってはなんだけど、あんたにお願いがあるんだ」


「何でしょう?」


「私を、サラ・アフリートを、あんたのパーティーに入れて欲しい」


「はい」


 私はサラさんに頷いた。どうも単なる勘違いの様な気もしないでもないが、それは今はどうでもいい。誰かが私と一緒にやっていきたいなんて言ってくれる日が来るとは本当に夢みたいだ。


「私、アイシャール・ウズベク・カーバインをよろしくお願いいたします」


 本当は起き上がってその手を握りにいきたいのだけど、体が言う事を聞かない。


「でもパーティー名を決めないといけないですね」


 これはずっと使う事になりますからとっても大事です。でも私にはどうも名前をつける才能がないらしい。近所で犬や、牛や、羊が生まれる度にその名前を提案しては、その全てにおいて拒絶されてきている。


「それなら一つ考えがあるんだけど」


「えっ、ぜひお願いします!」


 サラさんにアイデアがあるのなら何の問題もない。


「赤毛組だ。これならどこの誰が聞いても、あんたのパーティーだという事がすぐに分かるじゃないか? 変に気取った名前なんかより余程にいい」


「はあ?」


 ちょっと待ってもらえませんか? この赤毛はどちらかと言えば、私のコンプレックスの一つなのですが……。


 でもその名前なら私が大活躍しているという事が、すぐにあの嫌み男に伝わっていいかもしれません。物は考えようですね。


「そうですね。それもありかもしれません」


「なら決まりだ。ギルドに到着次第、それで申請を出すよ」


「はい。サラさん、了解です。それに――」


「それになんだい?」


「アルバートさんをぶち殺したと言ったのは嘘ですね?」


 私の言葉にサラさんの顔が僅かに曇った。


「私には分かります。サラさんはそんな事をしなくても、過去に決着をつけられる強い人ですよ」


「あのね。まあいいさ。あんたはうちのリーダーだから、隠し事は無しにするよ。せいぜいぶっ飛ばしたぐらいで蹴りをつけてきた。それよりも一人で手綱を握っていると、肩がこって仕方がないんだけど?」


「すいません。なるべく早く起き上がれるように努力します」




「畜生、畜生、覚えていろよ。絶対に、絶対に復讐してやる!」


 白詰草に覆われた小高い丘の上に男の声が響いた。その背後には、かつては迷宮と呼ばれるものが存在した跡地が広がっている。


「逃げられるだなんて思うなよ」


 男は四つん這いの姿勢のまま、遠くあぜ道を遠ざかって行く一台の馬車を見つめ続けた。


「その通りだ」


「誰だ!」


 不意に響いた声に、男は慌てて立ち上がると同時に腰の短剣を抜こうとする。だが自分の手が短剣の柄に触れる前に、銀色の刃が自分の心臓を貫いているのが見えた。


 その刃の先では、一人の男がこちらをじっと見つめている。


「な、なんで、こ、こんな……」


 男の口から血が溢れ、体が崩れ落ちた。肺が空気を求めて喘ぐ音がしばしその口から漏れる。だがそれもすぐに聞こえなくなった。


「普通に死ねたんだ。俺に感謝しろ」


 そう告げると、アルフレッドはアルバートの体から短剣を抜いて、死体が身に纏うマントの裾で血糊を拭った。


「おい、アル。何を勝手に先回りして殺しているんだ?」


「そうだ。そうだ!」


 アルフレッドの背後から、騒がしい声が聞こえてくる。


「あら、アル君。ずいぶんあっさりと殺したのね」


「我はこいつの為に、60もの死よりも酷い報いを考えたのだぞ! その努力をどうしてくれるのだ!」


「リリス、それはいつかの為にとっておけ。それよりもエミリア、いくつか聞いておきたいことがある」


「あら、何かしら?」


「お前はあの男の無意識とか言うのを操っていたのか?」


 アルフレッドはエミリアに対して丘の少し離れたところに立つ、木の杭らしきものを指さした。


「墓を建ててあげたの?」


「それもこれと同様に俺の責任の範囲だ。それよりもさっきの質問の答えは?」


「無意識を操るというのは言葉の使い方が良くないわね。仮に私が何かをしたとしても、それはその背中をちょっと押してあげるだけのものよ」


「術の説明は今はいい。結論を教えてくれ」


「彼について言えば、言葉通りに嫌気が差してたのね。だから彼がアイシャを助けたのは間違いなく彼の意思よ」


「そうか。ありがとう」


「おい、アル。我の60の方法を思いつく為の努力の説明を、ちゃんと聞いていたのか?」


「すまん。全く聞いていなかった。それよりも峰の向こうに自然のものとは思えない黒雲が見えるのは、俺の気のせいか? 雑魚がアイシャのところに寄って来ようとしているとしか思えないんだが……」


「あら、本当ね。でもあの程度の雑魚なら、失われし――。ああ、そうか、壊しちゃったのよねぇ」


「分かったら、さっさと行ってあれを排除してこい」


「は――い!」


「憂さ晴らしだ。思いついた内のいくつかを試してやる!」


「リリスちゃん。それって、人以外にも使えるの?」


「エミリア、我を馬鹿にしているな? 我の技だぞ。人限定などというケチな方法ではない!」


「そんな事より、今回は何もぶっ飛ばせていないんだ。私にやらせてくれ!」


 アルフレッドは三人に続いて丘を下る道を歩き出した。だが途中で足を止めると、背後にある死体を振り返る。


「誰もお前の死体を埋めてくれるものがいないとしたら……、諦めろ。それがお前の人生だったという事だ」


 そう告げると、アルフレッドはおさまりの悪い灰色の髪を掻きながら、再び丘を下る道を歩み始めた。

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