乙女ですよ、化け物呼ばわりは酷くありませんか!?
「なんだこの封印柱は? 見掛けだけの欠陥品か? 何の役にもたっていないぞ」
アルフレッドはそう呆れた声を上げると、背後にいるエミリアとリリスの方を振り返った。
「間引いた奴とは言え我の創造物だぞ。あんな結界など役に立つ訳がない。それにあれは躾が行き届いていないから、この辺りにいるもの全てをすぐに食い尽くすだろうな」
「おい、リリス。何を他人事みたいな発言をしているんだ?」
そう嘆息すると、アルフレッドはフリーダの肩をポンと叩いた。
「だがもうどうでもいい話だ。フリーダ、お前の出番だ。やつをさっさと吹っ飛ばせ」
「アル、了解だ。まかせておけ!」
アルフレッドの言葉にフリーダは腰を下ろすと、大剣を構えた。だがその腕を誰かが掴む。
「ちょっと待って!」
「エミリア、今度はなんだ? 地上に出たから、問題なくぶっ飛ばせるだろう?」
フリーダが怪訝そうな顔をすると、エミリアに問い掛けた。
「もっと状況は悪化しているのよ」
「どういうことだ?」
その言葉に、アルフレッドも表情を変えた。
「内部の封印だけが解けた状態で地上に出て移動できるようになったから、むしろあれの結界自体は広がっているのだ」
アルフレッドの問い掛けに、エミリアに代わってリリスが答えた。
「アル君の言った通りよ。あれには物理攻撃は効かないわ。だからフリーダが吹き飛ばすとしたら――」
「結界ごと吹き飛ばすしかない……」
アルフレッドの呟きにエミリアが頷いて見せた。
「そう。アイシャはまだあれの結界の中よ。そこから出ないと、こちらは手の打ちようがない。それにリリスちゃんの結界は特殊結界よ。分かっていると思うけど、力があるものにより強力に作用するわ」
「そうだ。我の結界は特別製だからな」
「自慢するな。やはり俺がいく」
アルフレッドはそう声を上げると、隠者の影の揺らめきの前へと進んだ。だがエミリアはアルフレッドの動きを無視してじっとアイシャを見つめ続けている。
「エミリア、さっさと障壁をよけろ!」
「ちょっと、怒鳴らないでくれる。誰かあの子にバフを掛けた? そもそもどうやってアイシャにバフを掛けられたの?」
「バフ?」
エミリアの言葉に、アルフレッドとリリスが顔を見合わせる。
「誰もそんな事はしていないぞ」
「おかしいわね。アイシャちゃんに思いっきりバフが掛かりまくっているんだけど。今ならちゃんと使えば、ほとんど無敵よ!」
「なるほど。だからさっき石が飛んできた時も何の問題もなかったのか……」
リリスもエミリアに同意した。
「ちょっと待て。もしかして実は相当にやばかったんじゃないのか?」
「アル君、今は細かいことはどうでもいいでしょう?」
アルフレッドの問い掛けにエミリアはそう答えると、両手をパンと鳴らして見せた。
「分かったわ。朝に私が渡した万能薬セットを飲んでいたわね。それよ! きっと予備も持っていて、それも飲んだのかも。これだけバフが効いているのなら『暗きものの御使い』ぐらいどうってことないわ!」
「待て、エミリア。そのバフは一体どのくらい持つんだ?」
「アル君は本当に心配性ね。私をその辺りのインチキ薬師と一緒にしていない? 一日や二日ぐらいは余裕で持つわよ。迷宮内で結界を破ったのもこれが原因だったのね」
「いや、お前はバフをかけまくったと言っただろう。重ね掛けした場合、効果は上がるが持続時間は加速度的に減衰するはずだ。それを考慮にいれたら、お前のバフは後どのくらい持つんだ?」
「えっ? 朝飲んで、アイシャちゃんに掛かっている分量を見ると――」
そう言いながら、指を折って見せたエミリアが急に慌てた顔になった。
「まずいわ。アル君、あなたの言う通りよ。もうほとんど持たない!」
「おい、アイシャがあいつに向かって斬撃を放とうとしているぞ!」
フリーダの呼びかけに、三人も揺らめきの向こうのアイシャへと視線を向けた。そこでは短剣を手に、斬撃を放とうとしているアイシャの姿がある。
「小娘、さっさと放て!」「アイシャ、打つのよ!」「撃て!」
「あっ!」
フリーダの口から悲鳴のような声が漏れた。手にした短剣を僅かに動かしたところで、アイシャが地面に転がっている。そこに『暗きものの御使い』と呼ばれる影が、覆いかぶさろうとした。
悲鳴を上げたいのにそれを上げることすら出來ない。そんな激痛が私の体を襲っている。まるでこの世の痛みという痛みが、一度に振り掛かって来たみたいだ。
『そうか……』
エミリアさんの薬は何かを直してくれる薬ではなく、その痛みを後回しにする薬なのかもしれない。しかも倍々返しで……。
そう思った私の顔に何かの影が掛かった。影などではない。黒い闇そのものだ。その先端にある大きな瞳が私をじっと見つめている。だけど私はそいつに対して指一本動かすことが出来ない。
カストルさん同様に、こいつはすぐに私を飲み込むことだろう。だけど私の魂はこいつに立ち向かうことだけは出来た。
『えっ!』
次の瞬間、心の中で驚きの声が漏れる。さっきまで私に覆いかぶさっていたあの目玉が、黒いナメクジの様な体が、幾筋かの黒い線となって空へ消えていく。
まるで陽の光に霧が晴れるか如く、数筋の線を描いて虚空へと消えていく。
もしかして、こいつには日差しとか何か弱点があったのかもしれない。体中を襲う痛みはまだ続いていたが、どうやら自分が助かったという事実に、思わず口から安堵のため息が漏れた。
「間に合ったのね……」
そう告げたエミリアの口から安堵のため息が漏れた。その視線の先では、右手を前へ突き出したリリスがその拳を固く握りしめている。
「ああ、やっと結界の鍵が分かった」
「ちなみに鍵は何だったのか、教えてもらってもいいかしら?」
「鍵か? 『くたばれ
「おい、そんな事はもうどうでもいい。あの男はアイシャに何をしようとしているんだ?」
そう告げたアルフレッドの指先では、一人の男が地面に倒れこむアイシャへ向かって、そっと歩み寄ろうとしていた。
助けが来たのだろうか? 誰かが近づく足音が聞こえる。その人物は私の横に立つと上から私を見下ろした。視線の先には軽くウェーブがかかった黒髪、それに短く刈り揃えられたあごひげが見える。土埃に汚れてはいたが、それが誰かはすぐに分かった。
『アルバートさん?』
そう口に出したいのだが全身を襲う痛みに、声が出て行こうとしない。
「化け物め!」
私を見下ろしていたアルバートさんが、そう吐き捨てた。
『化け物?』
それは先ほど消え去ったはずだ。彼は何についてしゃべっているのだろう?
「俺達をからかっていたんだな?」
今度はそう告げると、クックッと含み笑いを漏らして見せた。
「ミストランドの冒険者はみんな化け物。その通りだったよ」
そう言うと、堪えきれなくなったらしく、空に向かって大笑いをする。
「あっさりと、開闢以来の開かずの封印をぶち破ってあの化け物を呼び出してくれた。俺たちが何を考えていたのか、全てお見通しだった訳だ」
「よ、呼び出す?」
私は必死に声を絞り出した。彼は一体どんな勘違いをしているのだろう? いや、先程の恐怖に我を失っているのかもしれない。
そうだ。トニオさんは私が持つ宝物が狙いだと言っていた。あの重いだけだと思っていた小箱たちが、ここまで人を狂わせるものだったなんて思いもしなかった。
「だが最後の詰めを誤ったな。あの化け物は俺達だけじゃなく、飼い主のあんたにも噛みつこうとした訳だ」
飼い主? 私があれを操っていたと思っているの?
「ち、違う!」
「何が違うんだ。俺にとってお前はこの世の厄災そのものだ。お前のおかげで俺が今まで積み上げてきたものは全部お終いになった。そのためにどれだけこの手を汚してきたと思っているんだ?」
そう告げた彼が腰から剣を引き抜いた。そうか。すべて私のせいだと思っているんだ。そして私を殺そうとしている。
「化け物め!」
再び彼がそう私に吐き捨てた。そして手にした剣の先を私の心臓へと向ける。それを避けるどころか、痛みに動くことすら出来ない。
どうやらこんなつまらない男の、つまらないこじつけで、私の16まで生きた人生は終わりを迎えようとしているらしい。私は閉じかけていた目を見開いた。痛みに今にも気を失いそうだが、せめて最後までこの男がどんな顔をして私を殺そうとするのか見てやる!
『あれ、なんだろう?』
彼の後ろから、誰かがこちらへ近づこうとしている。
「化け物はあんたよ!」
誰かがそう叫んだ瞬間、剣を手にした男のが崩れ落ち、私の意識も遠い所へと去って行った。
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