二日酔いなんかには負けません!
『まずいです!』
私はずきずきと痛む頭に手をやった。ちょっとでも頭を動かすと、まるでノミを頭に打ち込まれているんじゃないかという痛みが襲ってくる。
間違いなく完璧な二日酔いだ。エールは蒸留酒と違って大してアルコールが入っていないと思って、調子に乗りすぎました。
もともと私はお姉さま方と違って酒に強くはない。それにあの大荷物を背負って歩き続けたので、肩こりもてんこ盛りです。でもパーティー参加初日から遅刻とかいう訳にはいきません!
私は寝台の上から再び青虫の様に這いずり出ると、まだ乾いていない自分の革の鎧の横にかけてある、もっと薄手の革の鎧に袖を通した。これらの装備はカストルさんたちが昨晩、ギルドから借りてくれたものだ。
やはり持つべきものは頼りになる
『そうだ!』
私は部屋の床に所狭しとおかれた荷物へ目を向けた。確かエミリアさんが、痛み止めといってくれた薬があったはず。あれ、下痢止めだったかな?
薬と思って飲めば、それだけでも何らかの効果はありそうな気がする。どれだっただろうか? 私は寝台の横にあったどピンク色の箱に目を留めた。確かこれだ。とりあえず一錠だして口へ放り込む。
「うぇ!」
何ですかこれ! ピンク色の飴みたいな色をしていますが、その味たるや泥団子がデザートに思えるぐらいに苦い。私はサイドテーブルに置かれた水差しへ手を伸ばして慌ててそれを飲みほした。
『うん!?』
なんでしょう。流石はエミリアさんのくれた薬です。二日酔いの痛みが早くもとれてきた気がします。グッドジョブですよ、エミリアさん!
私は細身の剣に投擲用のナイフ、それに非常食を兼ねた乾燥フルーツなど、冒険者御用達の品々を身に着けると広間へと向かった。また後で頭が痛くなると困るので、さっきの飴みたいなまずい薬を下着の胸ポケットに何粒か入れる。
広間ではすでに大勢の冒険者が出発の準備を終えており、受付横の大テーブルに広げられた迷宮の地図を前に何やら話し合いをしている。そこにはカストルさんとアルバートさんの姿もあった。
流石にサラさんの姿はない。あったら深夜明けの早朝連続勤務ということになるから当然か。
「アイシャさん、おはようございます」
私を見つけたアルバートさんが、テーブルから離れると私の方へ歩いてきた。その顔には最初に会った時と同様に朗らかな笑みが浮かんでいる。
朝から「隣の部屋にドラゴンがいるのかと思ったぞ」などという、あり得ない言葉を掛けてくるあの嫌み男とは違います。
「ちょうどいいタイミングでしたよ。今日の割り振りが決まったところです」
「割り振りですか?」
「はい。アイシャさんがいたミストランドの周りにある奴から比べたら、大したことはないと思いますが、ここのギルドはこの街のすぐ隣にある、『闇の息吹の迷宮』からのあがりで持っている所です」
「まだ新人の身ですが、皆さんの足手まといにならないよう頑張ります」
私は両手で握り拳を作った。このAランクパーティーの一員に認めてもらえるかどうかで、今後の私の運命は大きく変わってくる。
「こちらこそ、アイシャさんの足手まといにならないよう気を付けます。と言っても、今日はアイシャさんに迷宮を案内するのが目的ですので、深い階層は他に譲ってうちは浅い階層だけです」
そう言うと私に地図の左側を指さした。そこには浅い階の地図が描かれてい、青色のコマが一つだけ置いてある。どうやら相当に気を使わせてしまっているらしい。
「ですが、我々碧き誓いの貸し切りですので弓で撃つも、剣で薙ぎ払うも、魔法で燃やすも遠慮なくやれます。もっとも大した獲物はいないとは思いますが……」
そう言うと、アルバートさんは私に片眼を瞑って見せた。うん、イケメンは何をやっても様になりますね。あの嫌み男がやったら単にキモイだけです。
「アルバートさん、了解です!」
「では、うちの残りのメンバーを紹介します」
アルバートさんはそう告げると、私を入口横の荷物置き場へ案内した。そこには少し小柄ないかにも俊敏そうな感じの男性と、背が高く深めにロープを被った痩せ気味の男性が立っている。
「うちの前衛のトニオに、魔法職のギリアムさんです」
二人がそれぞれ私に右手を差し出す。
「はじめまして、アイシャールです。どうかアイシャと呼んでください」
私の言葉に二人が頷いた。どうやらカストルさんや、アルバートさんとは違って寡黙な人たちらしい。
「私はギリアムさんと一緒に、後衛で射手を務めています。前衛は剣士のカストルさんとトニオが努めます。アイシャさんは何が得意ですか?」
挨拶を終えた私に、アルバートさんが問いかけてきた。
「私ですか?」
「後衛で射手というか、ナイフでの投擲を担当していました」
確かに前の神話同盟での役割はそうだったが、実際は単に役割がないから、一番邪魔にならない武器と位置を任されていただけな気がする。
それに迷宮に潜ってはいたが、ナイフを使う様な状況になったこともない。単にお姉さま方のピクニックのお供という感じだった。
だから私はこの「闇の息吹の迷宮」で、真の冒険者としての一歩を踏み出す。そしてあの嫌味男が私に戻って来てくれと泣いて頼むのを、すがる間もなく袖にしてやるのです!
「なるほど。今日は案内ついでですので、カストルさんの横でゆっくりとついて来てください。前衛はトニオが、後衛は私とギリアムが固めます」
「アルバートさん、了解です!」
私としては皆の期待に反しないよう頑張るだけだ。
「では荷物を持って出発です。と言っても、迷宮はこの街のすぐ側ですけどね」
「今日の荷物はこれですか?」
私は床の荷物置き場にある装備を指さした。わずかな食糧に水、それに休憩用のマット程度のものしかない。
いくら低階層で私の案内が目的だとしても、ちょっと少なすぎる気がする。武器の予備とか、いざという時のキャンプ用の装備ぐらいはあっても良さそうなのだけど……。
「今日は本当に案内だけですからね。これで十分です」
そうあっさりと答えると、アルバートさんたちは全ての荷物を背負ってしまった。
「あの、私も背負わせていただきます!」
さっきは後衛なんてかっこいいことを言いましたけど、あの嫌み男からの扱いはほぼ荷物の運び屋でした。なので荷物を運ぶのだけは慣れているとも言える。だけどアルバートさんは私に向かって首を横に振って見せた。
「男たるもの、女性に荷物を持たせるわけにはいきませんよ」
なんてかっこいい人なんでしょう。後光が差して見えます。それは出発する人たちが明けた扉から差し込んだ朝日ではあったが、私には間違いなく本物が差しているように思えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます