暇なやつほどよく企む

「アルバート、どう見た?」


 カストルは片膝をついて、エールが入った器を手にした細身の男に声をかけた。男はエールを飲み干すとそれをカストルに振って見せる。


「どうもこうも見かけ通り空っぽですよ。本当にミストランドから来たんですか?」


 そうカストルに答えたアルバートの顔には疑念の色が浮かんでいる。


「事務に小金を握らせて自分でギルド証も確認したが、それ自体は本物だった。まあ、あれだな」


 カストルがアルバートに、ニヤリと笑って見せる。


「あれってなんです?」


「あそこはここみたいな場末とは違って本格も本格の所だから、やばい領域まで長く潜る連中だっているだろう。そいつらの夜のお相手役だよ」


 カストルの言葉に、アルバートはその整った顔へ驚きの表情を浮かべて見せた。


「へぇー、あの子がね。そちらも見かけ通りで男をまだ知らないと思ったんですが、意外だな……」


「お前は自分がモテまくりだからって、女の全てを分かったつもりになっていないか? そのうち足をすくわれるぞ」


「足をすくわれるもなにも、向こうから勝手に寄ってくるだけですよ」


 そう告げたアルバートに対して、カストルが肩をすくめて見せる。


「それよりも、宝物と魔道具は本物なんですか?」


「間違いなく本物らしい。相当な呪いが仕掛けられていたそうだ。その一つを確かめようとしたエドが、それを開けて病院送りになった。何処かに卸せれば、こんな場末でくすぶっている必要などもうない。一生左うちわだ」


「でもどうしてあの子が、そんな大それた物を持っているんです?」


 まだ納得できないらしく、アルバートはカストルに対して首をひねって見せた。


「夜の睦言とかで騙して、かっぱらって来たんだろうな」


「うへ。やっぱりカストルさんの言う通りかもしれませんね。でもこっちだって女相手なら百戦錬磨ですよ。すぐに骨抜きにします」


 そう言って、口元に笑みを浮かべたアルバートに対してカストルが首を横に振った。


「そんな面倒なやり方は抜きだ。明日すぐに迷宮で仕掛けるぞ」


「あからさまにすぎませんか?」


 アルバートは声を潜めてそう告げると、あたりの気配を伺った。このギルドで自分達に逆らう奴らがいるとは思えないが、それでも自分たちの後釜を密かに狙っている奴らはいるかもしれない。


 もっともカストル達は常に先手を打っていて、そういう連中を迷宮の行方不明者に加えてきた。


「あれだけのものを持ち出して、ミストランドの連中がいつまでもそれに気が付かないとは思えない。すぐにパーティーの一員にして仕掛ける。あの娘には身寄りがいないから――」


「遺品はパーティーの一時預かりですね」


 さらに声を潜めてアルバートが答えた。


「そうだ。その間にさっさと売っぱらってとんずらだ。ありがたいことに、小うるさい主任のエドは病院送りになった。だから残りの奴に小金を握らせておけば何の問題も起きない」


「確かにそうですね」


 カストルの言葉にアルバートも頷く。


「もう冒険者なんて、くだらない仕事に就く必要もないしな。どこかの領地でも買い上げて贅沢放題だ」


「でももったいないですね」


 杯についだエールをあおりながら、アルバートがそうぽつりと漏らした。


「なにがだ?」


「あの子、磨けば相当な玉ですよ。でも運命だと思ってあきらめますか……」


「味見ぐらいなら明日迷宮で出来るだろう。それとお前の女の一人に、余計なことは言わないようにちゃんと言っておけ」


「サラですか?」


 アルバートが意外そうな顔をする。あれはあの子の様な、お嬢さんタイプが大っ嫌いなはずだ。


「あの女、あの娘に余計な警告をしゃべっていたそうだ」


「警告? どんなやつです?」


「男に気をつけろ、だそうだ」


 カストルの言葉にアルバートが苦笑いをしてみせる。


「そもそもミストランドからここまで生きてたどり着けたという時点で、あの子は幸運って奴をもう使い果たしているのさ」





「俺は封印しろと言ったんだ。誰も殲滅しろだなんて言っていない!」


 そう怒鳴ったアルフレッドに対して、三人は互いに顔を見合わせた。だが腕組みをし自分たちを睨み続けるアルフレッドに対して、何か答えないといけないと思ったのか、フリーダが仕方なさそうに口を開いた。


「ちょうどいいストレス解消相手だったんだからしょうがないだろう。でも全然物足りないぞ。あれが後一ダースぐらいで、なんとなく憂さが晴れたか晴れないぐらいだな」


 そう告げると、自分でうんうんと頷いて見せる。

 

「フリーダ、あなたのやり方がよくないのよ」


 それを見たエミリアが、フリーダに声をかけた。


「エミリア、どういう意味だ? あんなかび臭いやつらなんて、ただぶっ飛ばすだけだろう?」


「ちょっとだけ壊しながら相手の反応を楽しむぐらいはしないと、一瞬で終わっちゃうでしょう?」


「私はあんたと違って、面倒くさいのはきらいなの!」


 そう告げたフリーダに対して、エミリアがその横腹を、手でちょんちょんと突っつき始める。


「く、くすぐったい、や、やめろ、エミリア!」


「こういう事よ。そう言えばリリスちゃんは次元の隙間に連中をせっせと放り込んでいたけど、一体何をしていたの?」


 エミリアが悶えるフリーダを突っつき続けながら、リリスに問いかけた。


「我か? 裏庭の肥料にしてやったのだ」


「なるほどね。言ってくれれば増殖してあげたのに――」


「おい、下手をするとこの世の終わりになるようなやつを、庭の肥料にするために養殖したりするなよ。そもそも庭の肥料になんてするな!」


 アルフレッドが再び怒鳴り声を上げた。だが当のエミリアとリリスは当惑した表情で互いに顔を見合わせるだけだ。


「アル君、やっぱり糖分が足りていないんじゃないの? 単に有効活用しているだけだから、額に青筋を立てたりすることではないと思うのだけど」


「あのな、 『失われし神の右手』だぞ! あれを求めてどれだけの冒険者が命をかけてきたのか、分かっているのか?」


「それなら何の問題もないな」


 エミリアのくすぐり攻撃から、やっと復活したフリーダが答えた。


「フリーダ、どうして何の問題もないのか、俺にはさっぱり分からないのだが?」


「あんなくだらない物のために、もうこれ以上誰も無駄な時間も、無駄な努力も使う必要はないと言うことだ。めでたし、めでたしだな」


「そうよね」「そうだ」


 アルフレッドは三人に対して、何か口を開きかけたが何を言っても無駄だと悟ったのか、その口を閉じる。だがリリスがアルフレッドの横を飛び跳ねるようにすり抜けると、血相を変えて隠者の影の先に見える揺らめきを指さした。


「そんなことよりアイシャを見ろ。変な虫がよってきているぞ」


「あら、『失われし神の右手』がなくなっちゃったから、雑魚でも寄ってきた?」


「違う。もっと質の悪い奴、男だ!」


「男だって!」


 その言葉に、フリーダは前に立つアルフレッドを弾き飛ばすと、ゆらめきの前へと進み出た。


「なんだあの軟弱なやつらは? それに何をなれなれしくアイシャに話しかけているんだ? 奴らをぶっ飛ばすぞ。エミリア、今すぐ隠者の影をどけろ!」


「アイシャだって年頃の娘だ。男と話すぐらい何の問題もないだろう?」


 二人のやり取りを聞いていたアルフレッドは、フリーダにどつかれた肩をさすりながらそう呟いた。


「アル、何を言っているのだ。奴らは害虫と同じだ。いや、害虫以下だ」


「そうだ。我らを倒せるようなやつでないと、アイシャには到底釣り合わない」


 リリスの言葉に、アルフレッドが肩をすくめて見せる。


「あいつは一生独り者で確定だな。リリス、お前を倒せるやつなどこの世に存在するか?」


 そう告げたアルフレッドに対して、エミリアが首を傾げて見せた。


「あら、そうかしら? 私はアル君だったら、何の問題もないと思うのだけど?」


「おい!」


「そうか! アルなら今と何も変わらないし、何の問題もないな」


 エミリアの言葉にフリーダも同意する。


「いい加減にしろ。どうして俺があんな小娘を嫁にしないといけないんだ?」


 アルフレッドはうんざりした表情を浮かべると、隠者の影の向こうに見えるゆらめきへ、めんどくさそうに視線を向けた。だがすぐにその表情を真剣なものへと変える。


「まずいな……」


「あら、やっぱりアル君も妬ける?」


「あんな小娘相手に嫉妬などするか! それよりもお前たち、あれに身分不相応な物をいろいろと渡しただろう。それが何を引き起こすかまで考えたのか?」


 そう告げると三人の顔をジロリと見回した。そしてアイシャに話しかけている冒険者を指さす。


「そのせいであんな連中が寄って来たんだぞ。奴らはこの辺りの迷宮か何処か人目につかないところでアイシャを殺して、それを奪うつもりだ」


 アルフレッドは横に立つフリーダの方を振り返った。


「フリーダ、連中が迷宮に向かったら、問答無用で奴らをぶっとばせ。どうせ今までも似たようなことをやってきたはず。遠慮はいらない。ただしぶっ飛ばすのは連中だけだ」


 そして次にリリスの方を振り返った。


「リリス、その間はアイシャからは連中は見えない様に隠しておけ。途中ではぐれて、行方不明になったと思わせればいい」


「まかしておけ。この世の果てまで吹き飛ばしてやる」


 アルフレッドの言葉にフリーダが同意した。


「余計なものはぶっ飛ばすなよ」


「アル君、ちょっと待って!」


 不意にエミリアがアルフレッドに声を掛けた。


「なんだエミリア?」


「リリスちゃんじゃないけど、今回の件はもっと有効活用しましょう」


「有効活用?」


 エミリアの言葉にアルフレッドが面食らった顔をする。


「そうよ。せっかく独り立ちしたんだから、アイシャちゃんにはもっと自信を持ってもらう必要があると思わない?」


「自信、そんなもの必要か? あれは十分にかわいいぞ」


 エミリアの言葉に、リリスが首をひねって見せた。


「そこじゃないわ。冒険者としての自信よ。今回の件はそれにうまく使えると思うの。だって私たちが一緒にいると、どうしても彼女に何かある前に私たちの方でそれを先に排除しちゃうでしょう?」


「当たり前だ。アイシャの髪の毛一本傷つくことなど許せるか!」


 フリーダが手にした大剣を振り上げる。アルフレッドは慌ててその間合いから飛びのくと、エミリアの前へと進み出た。


「エミリア、お前は何をしようとしているんだ?」


「ちょっとした演出よ。アイシャが自信を持てるような状況を作ってあげるの。それにこの坊やたちを使えば、まさか私たちが裏で手を引いているだなんて思わないでしょう」


「それはいい考えだ。我は乗ったぞ!」


 リリスが手を叩いて同意した。


「うむ。それはいいな。アイシャが剣を掲げて、敵にとどめを刺すなんてのが見られたら最高だ!」


 フリーダも手にした剣を掲げて同意する。


「おい、お前たち!」


 そう告げたアルフレッドを、三人が睨みつけた。


「うるさい!」「うるさいわよ!」「うるさいぞ!」


「これから脚本会議をするから、アル君は口を閉じていてくれる?」

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