天井桟敷の化け物たち

「なんなの、この超やる気のないギルドは!」


 隠者の影と呼ばれる領域から、ギルドの中を覗いていたフリーダが大声を上げた。その声のあまりの大きさに、横にいたアルフレッドは両手で耳を抑える。


「アイシャが挨拶しているのに、誰も返事をしないなどあり得ない!」


「お前、ギルドでアイシャに返事を返す様に皆に強制していただろう?」


「はあ? 誰がそんな事をするの。挨拶されたら挨拶を返すのは当たり前だろう?」


「まあ、一応はそうだな……」


 だがアルフレッドから見る限り、仕事中のものまで全員が手を止めて、敬礼する様にアイシャに挨拶を返すのは、人としてどうとか言う問題とは違うだろうと思ったが、ややこしくなるので口に出すのは止める。


「それよりも、アイシャのことを嘘つき呼ばわりするとは許せん。おいアル、すぐに受付にいって、アイシャはうちの最重要メンバーだって申告してこい。何ならリーダーでもいいぞ」


 そう言うと、フリーダは手にした剣の柄でアルフレッドの背中を押した。


「フリーダ、それは冗談で言っているんだろうな?」


 背中をさすりながら、アルフレッドはフリーダに対して当惑した表情をして見せた。


「冗談? 何をふざけたことを言っているんだ? アイシャが嘘つき呼ばわりされたのだぞ、さっさと行ってこい!」


 その言葉にアルフレッドはフリーダに向かって両手を上げて見せた。その顔には呆れるを通り越して怒りの表情が浮かんでいる。


「フリーダ、あれは首にしたの。それに俺がのこのこ出て行って受付に顔を出したら、こうして隠れてついてきた意味がないだろうが!」


 そう叫んだアルフレッドの肩をエミリアがポンと叩いた。


「アル君、最近とっても怒りっぽいけど、少し甘いものでもとったら? 精神的に落ち着くわよ」


 エミリアがアルフレッドの前に手を差し出した。そこには飴が一粒乗っている。それを見たアルフレッドが天を仰いだ。


「お前たちと一緒にいて精神的に落ち着ける奴がいたら、それは誰か俺に教えてくれないか?」


「あら、私は結構楽しくやらしてもらっているけど」


「そうだ。アイシャが来てから楽しくて仕方がない」


 今まで黙っていたリリスが、エミリアに同意した。


「あら、リリスちゃんにしては超前向きな発言」


「今までが退屈過ぎたのだ。それよりもなんだ、あの男たちはアイシャのことを、明らかにいやらしい目で見ているぞ」


 そう言うと、リリスはホールの奥にいる冒険者らしき一団を指さした。その黒い瞳には魔人すら逃げ出すぐらいの、ほの暗い何かを宿している。


「ほんとそうよね。男って、どうしてこうも始末に負えない存在なのかしら?」


 リリスの言葉に、エミリアもアルフレッドの方を見ながら顔をしかめて見せた。


「ちょっと待て、俺を奴らと一緒にするな。それにエミリア、お前だって肉体的には男だろうが?」


「アル君、私をあなたたちと一緒にしないでくれる?」


 そう告げると、エミリアはアルフレッドに対して、並みの人間ならそれだけで心臓が止まりそうな冷たい視線を返した。


 アルフレッドがエミリアに何かを突っ込もうとする前に、フリーダは手にした大剣を掲げると、それを部屋の奥で何やら猥談を始めた男たちに向けた。


「おい、フリーダ。お前は何をするつもりだ?」


「あいつらに、報いというものを与えてやる。今すぐぶっ飛ばして――」


「待てフリーダ!」


 今にも剣を振り下ろそうとしたフリーダにリリスが声を掛けた。その言葉にアルフレッドは胸を撫で下ろす。フリーダが剣を振るったら、男たちだけでなくこの辺り一帯が全て吹き飛ぶ。


「そんな手ぬるいことではだめだ」


「どうするんだ?」


「目を開けている間は、我の住処の裏庭しか見えないようにしてやろう」


 そう言うと、リリスは口の端を持ち上げて見せた。


「あら、リリスちゃんって、お家があったの?」


「エミリア、お前は我のことを馬鹿にしていないか?」


「そんなことはないわよ。それよりも、その裏庭には何があるのかちょっと興味があるかしら?」


 そう言うと、エミリアは腰を曲げてリリスの口元に顔を寄せた。そして何かもごもごと話すリリスの言葉に頷いて見せる。


「へぇ――。それはちょっと来るかも」


「そうだろう。やつらへの罰にはちょうどいい」


 アルフレッドはニタニタと笑っている二人に対して、腕を上げると、受付の奥で固まっている男の姿を指さした。その手はわずかに震えているようにも見える。


「そんなことよりエミリア、お前もしかして『失われし神の右手』をアイシャに渡したのか?」


「そうよ。護身用に渡したわ。変な虫がよってこなくなるから、ちょうどいいでしょう?」


「おい、ど素人になんてものを渡したんだ。そこの馬鹿がそれを開けたぞ」


 アルフレッドの言葉に、三人がその指先へと視線を向けた。そして三人ともおやっという表情になる。視線の先では複雑な文様を施された箱から這い出た干物のような手が、それを開けた男の体へよじ登ろうとしているのが見える。


「あら、これは大変ね」


 それを見たエミリアがまるで他人事みたいに呟く。


「大変なんてもんじゃないぞ。無限迷宮が開いて、失われし神々が降臨しちまうじゃないか!」


 そう叫んだアルフレッドに対して、フリーダがめんどくさそうに片手を振って見せた。


「なんだその程度か。そんなカビ臭い連中はどうでもいいだろう。今はアイシャの方が先だ」


「この戦ばか、いいわけないだろうが! す、すぐにあれを封印しろ!」

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