笑って

 手ひどくふられるのも辛いが、優しくふられるのもなかなか辛いものだ。


 昔、好きになった子は誰が見ても美人という子だった。

 美人な割に気さくな子で、私のような今風に言えば「チー牛」的キャラにも普通に接してくれた。

 彼女はよく笑う子で、私のつまらない冗談にもよく笑ってくれた。


 どうしてそうなったのかは、よくわからないが、彼女とメールのやりとりをするようになった。

 私は彼女が笑ってくれそうな話を探して、それを書き連ねた。

 彼女が面白がってくれるのが嬉しかった。

 彼女はすぐに返事をくれた。

 返事をもらったら、それがどんな時間であろうとすぐさま返事を書きたくなったが、それだけは我慢した。

 

 リアルで会った日もメールを書いた。

 内容は他愛もないものだ。

 私がこのエッセイで書いているバカ話のようなものを書いた。


 返事はすぐに返ってくる。

 そんな日は帰ってきてから、私はベッドの上でごろごろと転がりながら、彼女の笑顔を思い出した。

 八重歯がちらりとのぞくのがとても可愛らしかった。


 ある日、私は彼女をデートに誘うことにした。

 多分、私の一生であそこまで推敲を重ねた文章は他にないだろう。

 今の状況でもとても楽しいのに、それ以上に高望みなんかしていいのだろうか。

 高望みなんかしてはいけなかったのだが、恋心というのはそう簡単に抑えきれるものではない。

 結局、送った。


 送った後はひたすらに落ち着かなかった。

 返事が返ってきたときは、死刑宣告でもされたかのような気分であった。

 ただ、それは死刑宣告ではなかったのだ。O.K.の返事をもらった私は一人で部屋の中をごろごろと転がった。それ以外に嬉しさをあらわす術を知らなかった。


 私は彼女の誕生日を知っていた。デート当日ではないものの、何かプレゼントしたかった。

 私は香水愛用者だった(注)ので、彼女と香水の話をしたことがあったし、彼女の好きな香水も知っていた。

 だから、デパートに行って、それを頼んだ。

 デパートで女性向けのプレゼントを買うときは、いつも本当に緊張する。

 そのときも私はコチコチになりながら、ラッピングをしてもらうのを待っていたはずである。


 当日は、映画を見て食事をしてという、なんのひねりもないコースにつきあってもらった。

 ただし、そのデートコースについては前日すべて一人で歩いていた。

 我ながら気持ちが悪いが、それくらいには頑張ったわけだ。


 映画を見ながら笑う彼女の笑顔が気になって、映画には集中できなかった。

 ちなみにそれから何年か後、私はカジンとはじめて映画に行ったのだが、どちらも主演女優が同じだったというのは、また別の話である。


 最後に告白をして、撃沈した。

 少し困った顔をしてごめんねという彼女はとても可愛らしくて、私は現在進行系でふられているにもかかわらず彼女に見惚れた。

 ただ一つ問題があった。

 そう、私のカバンの中身である。デパートでかちこちになりながら買った彼女が好きな香水だ。

 私は謝りながらそれを渡した。

 撃沈する前に渡していなくてよかったと思った。

 彼女は優しい子だから、とてもとても困ってしまうだろう。

 少し困った顔に見惚れていたくせに、とても困った顔は見たくなかった。


 彼女は翌日からも普通に接してくれた。

 つらかったが同時にほっともした。


 まぁ、もてないやつの行動として笑ってほしい。


注:「臭跡」、『立蝮帖』

https://kakuyomu.jp/works/16817330658925656472/episodes/16817330665057085622

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