臭跡
香水が好きで使っていたことがある。
今でもたまに使うが、あまり頻度は高くない(カジンが嫌がるのだ)。
香水については、別の研究室の友人に教えてもらった。
「黒石くん、鼻ってのはバカになるからね。香水はつけすぎちゃだめだよ」
手首につけるのだって、つけすぎだ。
なにもないところに出して、そこをさっと通る程度で十分だというのが、彼の教えであった。
香水について、教えを請うたのはなぜか。
どうせモテたいからだろうと言われたら、否定できない。そのとおりである。
ただ、モテたい一心で学んだものが、思わぬところで役立つこともある。
実はバカの巣窟には香水を常用するものがけっこういた。
だいたいがつけすぎであった。
意識してみると、つけすぎた者は痕跡というか臭跡までわかる程度にはつけすぎである。
洋行帰りの友人からもらった知恵の実を食べた私には、その臭跡が目に見えてわかるようになった。
つけすぎな香水常用者の中には一人の教授も含まれていた。
この教授、なかなかとんでもない人で、院生は自分のためにただ働きするのが当たり前と公言している方であった。
私たちは彼が廊下に出てくるのを奴隷狩りと呼んでいた。
もちろん狩られるのは私たちバカである。
バカ同士は仲が良いものの、バカの領袖には色々と派閥があって、保護されているバカを狩ってしまうと問題になるので、彼もほどほどにしか捕まえない。
私は保護下にない外様バカで狩られる頻度が高かった。
私は徹底的に彼の臭跡をおぼえた。
臭跡で彼がどれくらい前に廊下に出てきたかを知り、危ない時は身を隠すことをおぼえた。
ドア越しに彼の臭いが漂ってくると、机の下、ドアの裏に隠れた。
結果として、「あいつは必要なときにいつもいない」というありがたい評価をいただけるようになったのである。
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