第23話

「俺が小さい頃、家族が殺された。夜中、誰かがインターホンを押して、家に上がって、その日、たまたま寝られなかった俺は、姉ちゃんと一緒にかくれんぼをして遊んでて、納戸に隠れてた。男は玄関先で父さんと口論になったみたいだった。がたがた音をたてながらリビングに入ってきて、殴り合いのけんかを始めて、それを止めに入った母さんが大きな声で何か叫んだ。俺は怖くて納戸から出られなかった。そしたら、男が目の前を通ってキッチンに入った。納戸の隙間から見えた男の手には、包丁が握られてた。悲鳴が聞こえて、何かが倒れる音がした。姉ちゃんの泣き声もしたけど、すぐに聞こえなくなった。

 どこかなって、声が聞こえた。でも、男は俺に気づかないでリビングを出て行ったみたいだった。

 俺は、納戸から出た。母さんも父さんも姉ちゃんも、リビングの真ん中で倒れてた。俺は母さんのほっぺたを触ったけど、動かなかった。

 大変なことになってるって母さんに助けを求めたのに、何も話してくれなくて、そこで、死んだんだって気づいた。

 どうしたらいいか分からなくて固まってたら、見つけたって声がした。

 振り向いたら、男が立ってた。返り血で真っ赤になって、でも、笑ってた。

 俺は、その人が、選挙で父さんと争ってたことを知ってた。

 その人は、木島敬。汐さんのお父さん」

 佑は続ける。

「そのあと、俺だけが運悪く生き残って、養護施設に引き取られた。それからは航が色々助けてくれて、ここまで生きてこられたって感じ。

 本当はね、キャットを作ったのも、復讐のためだったんだ。誰も悲しまない世界を作るためとか言ったけど、本当は、父さんを殺した奴が許せなかった。どこかのタイミングで全部話して、手伝ってもらおうと思った。

 けど、みんな、優しいんだもん。俺の汚い復讐なんかにつき合わせるわけにはいかないないじゃん。その時、ちょうど汐さんが来日するって知って、これはやるしかないって思った。だから解散したんだ。新しい家族を、俺の個人的な復讐に巻き込みたくないから」

 航すらも知らなかった佑の目的を知ったキャットのメンバーは、何も言えなかった。

「佑さん」

 汐が口を開いた。

「佑さんは、僕を殺したいんですか? それとも、父を殺したいんですか?」

「……家族を奪われる悲しみを知ってほしい、かな」

「それで気が済むなら」

 汐はそう言うと、おもむろに佑が拘束されている椅子の後ろに回り、その拘束具を外した。

「僕を殺していいですよ」

 驚いたように顔を上げた佑だったが、よろよろと立ち上がると、壁際の机の上に置かれた拷問器具の中から、ナイフを手に取った。

「ごめんね」

 佑はナイフを真正面から汐に突きつけた。

 しかし、切っ先は身体の数センチ手前で動かなくなった。

「……できないよ」

 切っ先が震え始める。

「汐さんは、何も悪いことしてないもんね。これで汐さんを殺したら、俺、あいつと同じになっちゃう」

 佑は、震える手で、ナイフを自分に向けた。

「迷惑かけてごめんね」

 ナイフをぐっと両手で握った。

 その時──

「リーダー……!」

 身体に近づいていくその両手を、南奈が止めた。

「南奈……! 放して……!」

「やだ! 放さない! 死んじゃダメ!」

 揉み合いになりながらも、南奈は叫ぶ。

「なんで助けてって言ってくれなかったの? 今まで私、さんざん助けられてきたんだよ? 今度は私がリーダーを助ける! ねえ、みんな、そうでしょ!?」

 添華が、南奈と一緒に手を押さえた。

「私も助けられました。今度は私にも支えさせてください」

 冬馬が、佑の身体を押さえた。

「……俺も、佑にいっぱい助けられた。俺も、佑を助けたい」

 恵が、ナイフを床に落とした。

「佑は甘えるタイミングが下手くそ。もっと上手に甘えて」

 夜雲が、ナイフを遠くに蹴り飛ばした。

「佑さん、勝手に逃げるのは許さないわよ」

「航!」

 南奈が叫ぶ。

「航も何かあるでしょ!」

 航はずんずんと佑に近づくと、額にデコピンをお見舞いした。

「……アホ。迷惑はかけてもいいけど、心配はかけんじゃねえよ」

 取り押さえられて身動きが取れなくなった佑は、「うるさい……! 放せ……!」とそれでもなお、死のうと藻掻く。

「本当に」

 ふいに、汐が言った。膝をついて正座をすると、深く頭を下げる。

「すみませんでした」

 呆気に取られる七人に、汐は言った。

「父が人の命を奪ったことは、謝っても謝りきれません。僕が何かできるなら、なんでもします。帰国したら、父に罪を償うように促します。本当に、申し訳ありませんでした」

 頭を地面につけ、汐は謝罪をした。

「でも、佑さんには、生きていてほしいです。加害者家族が言うことではないのかもしれません。でも、この国の治安を守るためには、あなたがきっと必要です。ここにいる六人も、同じ思いだと思います。だから、どうか、死なないでください」

 佑が叫んだ。

「あんたが謝っても、もう帰ってこない……! 死んじゃったんだよ……! 母さんも父さんも姉ちゃんも! 二十年も死にたいって思いながら生きてきて、まだ生きないといけないの!? もう無理だよ! 俺はみんなのところに行きたい! またみんなで一緒にご飯を食べたい……!」

 佑は大きな声を上げて泣き出した。床に座り込んで泣く佑を、六人は囲むようにして抱きしめる。

 佑が背負ったものの大きさを、今、やっと六人は理解した。

 天然で甘えたがりの残念なリーダーが、ずっと胸の内に秘めていたもの。

 それに触れ、悲しみを感じ、苦しさを受け取った。

「リーダー……もう頑張んなくていいよ……私たちもいるから頼ってよ……」

 南奈が呟くと、佑はひときわ大きな声で泣いた。


   ×   ×   ×


 一軒家の前に、七人は集まった。

「リーダー開けてよ」

 佑が鍵を受け取り、鍵穴に差し込む。

 カチャリと音がして、扉が解錠される。

 全焼した前の拠点と似た空間が広がる。

 夜雲が似ている物件を探し出したのだ。

 リビングもダイニングも、家具は先に運び込んでもらって、いつでも暮らし始められるように準備してあった。

 何も言わず、七人はダイニングテーブルに集まる。

「……ミーティングを始めます」

 ふふふ、と夜雲が笑う。

「懐かしいね」

 恵がテーブルの撫でながら言う。

「リーダー、最初の依頼は何ですか?」

 挙手しながら南奈が聞く。

「……野上筑紫への、報復かな」

「同じこと思ってた」

 南奈がにこにこと笑う。

「佑」

 航が言った。

「何かあったら頼れよ」

「そうね。何もなくても頼っていいわよ」

「でも、甘えるのはなし」

「リーダー、甘えん坊だもんね」

「でも、甘えん坊のリーダーっていうのも面白いと思います」

「……またゲームの相手してあげる。来流亜も一緒にやりたいっていってた」

 視線が佑に集まる。

「佑」

 佑は照れたように笑って言った。

「……ありがと。それと、これからもよろしくね」

「はい!」

 六人の揃った声が、新しい拠点に響き渡った。

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暗闇に射し込む一筋の光 侑菜(ゆうな) @yuuna0715

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