第22話

 航が地下の牢獄で目にしたのは、椅子に縛り付けられている佑の姿だった。いつも仕事で使っていた黒い服は、拷問でも受けたのか、ボロボロになっている。切られた服の下には、赤黒い痣や傷が見え隠れしている。

「……佑」

 俯いていた佑は、航に声をかけられて顔を上げた。

「……久しぶりだね、航」

 口の端は赤く染まり、頬は腫れていた。喋りにくそうに口を動かしている。

 航は何を話していいのか、話すべきなのか分からなかった。

「ごめんね、こんな格好で」

 佑が先に口を開いた。

「……なんでこんなことをした」

「ちょっとね」

 そう言って、佑は微笑む。

「ちょっとね、じゃねえよ。なんでこんなことをしたんだよ」

「俺にだって、秘密はあるよ」

「だから……!」

 航は怒鳴り声を上げた。

「言わなきゃ分かんねえんだよ! 何を一人で抱えてんだよ! 幼馴染だろ、俺たち。なんで信用してくれねえんだよ!」

「……信用はしてるよ」

「じゃあ、なんで──」

「迷惑、もうかけたくないから。人に甘えて頼るのは、駄目なことなんでしょ? だから、大丈夫。俺、強いから」

 にひっと、笑って見せた。

「そういうことじゃねえんだよ……」

 航はため息をついた。

 リーダーからは、目的を聞き出すように言われているのに、自分が言ったことが枷になって聞き出せそうにない。

 もし目的を聞き出せなかったら、処分すると言われた。

 殺される、ということである。

「佑……頼むから教えてくれ」

 佑は小さく微笑んで首を振る。

「教えてくれないと、お前、死ぬんだぞ……」

「それは……仕方ないね」

 佑は自分の境遇を分かっていなかったのか、一瞬驚いたように目を見開いたが、小さく諦めたように笑った。

「佑……」

 その時、牢獄の外から声が罹った。

「申し訳ありません」

 振り向くと、来流亜と、その隣に夜雲がいた。

「この方がお話したいと」

「久しぶりね、佑さん」

 夜雲はいつもの調子を崩さずに佑を見た。

「……夜雲まで来るとは思わなかったな」

 ガチャンと音をたてて牢獄の扉が開いて、夜雲が滑り込むように入ってくる。

「航さん、聞き出せそう?」

「……見れば分かるだろ」

 ふふっと笑って、「そうね」と夜雲は言った。

「佑さん、何を嗅ぎまわってたの?」

「嗅ぎまわってたって、ひどい言い方だなぁ」

「私、まだ解散のこと、認めてないから」

「……女の人って、そういうところあるよね」

「多分、みんな納得してないと思うわよ」

「そっかぁ……」

「ねえ、話してくれない?」

 佑は「ごめん」と返した。

「迷惑、かけたくないんだ」

「すでに迷惑かかってるわよ」

「それは……ごめん。でも、これ以上、かけるわけにはいかない」

 佑は強い意志のこもった目で夜雲を見上げた。

「……佑さん、私たちを拾っておいて、勝手に捨てていくのはひどいんじゃない?」

 夜雲は違う角度から佑を責める。

「私たち、佑さんに拾われて動物アニマルになったのよ? なりたくてなったわけじゃないの。それを、拾った責任放棄して、一緒にいたいって言ってる子まで捨てて、なんでこんなことしたの? そんなに汐さんを襲うことが大事なの?」

 佑は目を泳がせた。佑の中にくすぶっていた罪悪感に触れたらしい。

「ねえ、佑さん、教えて。なんで汐さんを襲ったの?」

 それでも、佑は答えなかった。口を噤んだまま、何も話すまいと下を向く。

 その時、複数人の足音が響いた。地下への階段を降りる音がして、徐々に牢獄に近づいて来る。

「何度も申し訳ありません」

 牢獄の外に、恵、冬馬、南奈、添華の四人が、来流亜とともに姿を現した。

「この方々が、お話したいと」

 ガチャンと音をたてて扉が開き、四人が牢獄の中へと入ってくる。

「ちゃんと来たのね」

「当たり前でしょ。話したいこと、たくさんあるんだから」

 恵が怒ったように答えた。

「……なんで、みんな来たの?」

「私と航だけじゃ力不足だと思ったからよ」

 佑の問いに、夜雲が答えた。

「リーダー……」

 南奈が佑のそばに歩み寄ると、擦り切れた膝に手を乗せた。

「ねえ、リーダー、なんでこんなことになってるの? なんで汐さんを襲ったの? ねえ、なんで?」

 佑は顔を背けた。

「佑。みんな心配してるんだよ。なんでこんな馬鹿なことしたの?」

 恵は仁王立ちで佑に詰め寄る。

「……ごめんね、なんでもないんだ。南奈、みんなのところに行きな」

 ため息をついた恵によって、南奈は引き剥がされた。

「ねえ、話せばいいんだよ」

 恵が呆れたように言う。

「話したら終わるんだよ? なんで話さないの?」

「……誰だって、秘密くらいあるでしょ?」

「その秘密で死ぬかもしれないのに?」

「だったら、秘密を抱えたまま死んだ方がいいかもしれない」

「私たちじゃ駄目なの? どうにもならないの?」

「……どうにもならないと思ったから、一人でやったんだ」

 佑は頑なに話そうとしなかった。

「さすがに、ここまで意固地になるとは思わなかったわね」

 夜雲も、どうしていいか迷っているようだった。

「あの……」

 また牢獄の外から声がかかった。

「お話、したいという方がいらしているんですが……」

 困ったように言う来流亜の隣に姿を現したのは、汐だった。

「お揃いのところすみません」

 戸惑う七人を前に、汐は丁寧に頭を下げた。

「なんで、ここに?」

「彼とお話させていただけませんか?」

「いや──」

「俺は何もしない」

 突然、佑が口を開いた。

「何もしないから、話をしたい」

 それは佑からの初めての要望だった。

「……リーダーはこのこと、知ってるのか?」

 航が来流亜に聞くと、「知っています。キャットが揃っているなら大丈夫だろうということでした」と答えた。

「駄目でしょうか」

 航は汐が諦める気配のないことを察して、何も言わずに中へと通した。

 牢獄の中は広かったが、八人も集まると満員だった。

「佑さん、ですよね。僕を襲ったのはなんでですか?」

 汐は襲った人物が目の前にいるのにもかかわらず、臆することなく堂々と言った。

 佑はじっと汐の目を見つめる。

「君のお父さんが昔起こした事件について、何か知ってる?」

「父ですか? 父が何かしたんですか?」

 何も知らない様子の汐に、佑は言った。

「君のお父さんが起こした事件の被害者なんだ。俺」

 そう言うと、佑は静かに話し始めた。

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