Ⅲ 傘は持たない (花婿のスピーチ)

帆尊歩

第1話 花婿のスピーチ

本日は、私たちのささやかな結婚パーティーに来ていただき、誠にありがとうございます。

本来ですと、新郎の私が先にご挨拶するところでしたが、どうしても新婦の、お父さんへの思いと感謝が伝えたいと言うことで、前後いたしました。

そもそもこのスピーチも通常の物とは違い、おそらくご出席の方々も違和感がおありかと存じますが、平にご容赦ください。

それほど妻、そう、あえてもう妻と言わせていただきます。

妻の強い思いに免じて、平にご容赦いただきたく存じます。


正直この場で、そこまでの思いを表明するのはどうかなと思いました。

一時は、普通に感謝のご挨拶にするべきと、私も提案いたしました。

ですが妻のお父様、妻は一貫してこのような席でありながら、父と呼ばず、

(お父さん)で通しました。

これは妻が初めて呼べた、お父さんと言う言葉に、強い思い入れがあったからに他なりません。

ですから、私からしてもすでにお父さんですので、あえて私も、(父)ではなく、お父さんと呼ばせていただきます。


様々なことがありながら、二人で生きてきた父と娘。

新郎の私からも、ご親戚の皆様に御礼を申し上げたく思います。

この親子がここまでの信頼関係を構築できたのは、ご親戚の方々の叱咤激励があったからこそです。

結果二人きりで、生きて行かなければならなかったことが、逆に絆を強くした側面は、この私にまでひしひしと伝わりました。

人は逆境があれば、強く結束する物です。

まあ、ご親戚の皆さんからは、当然の心配であるとは思います。

ですから、誰が悪いと言うことではありません。

残念なのは、お父さんが、出席を辞退するような考えに至る、何らかの力があったことはとても残念でした。

新婦にとって、一番感謝を伝えたく、一番この花嫁姿を見せたかったのは、何よりお父さんです。

その気持ちが痛いほど分かるので、今回お父さんが出席を辞退したことはとでも残念でなりません。


実際、お父さんは、私から見ても親馬鹿です。

お父さんは、私より十二歳上なだけなので、義父と言うより、兄貴のような存在なのですが。

これが本当に親馬鹿で、そのエピソードを一つ。

お父さんと話している時。

このときに、妻はいませんでした。

「僕は、傘持たないんだよ」とお父さんは言いました。

「何ですか、それ」と私は聞き返しました。

お父さんが申すには。

あるとき、仕事帰りにお父さんは駅を出ると、雨が降っていました。

その時、妻が、傘を持って来たそうです。

そのあと、二人は雨の中、帰宅したそうなんですが、その帰り道、ほぼ初めてといっていいくらい、話が弾んだそうです。学校の話、友達の話、お母さんがいないことの寂しさ、でもお父さんがいる安心感。

それはお父さんにとって何より嬉しく、楽しい時間でした。その時間もお父さんにとって宝物になりました。

それから、また娘が駅まで迎えに来てくれることを願って、傘は持たなくなったそうです。そんなお父さんなんです。

そんなお父さんが、

花嫁の晴れ姿を見たくないわけがない。


お父さん。

あなたに誓います。

あなたの宝物は僕が守ります。

一瞬は行方不明になりかけた、あなたの宝物をこれからは僕が守っていきます。

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Ⅲ 傘は持たない (花婿のスピーチ) 帆尊歩 @hosonayumu

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