最終話 メンヘラちゃんが行くょ。




【イベント後】


「凄かったね……あんなに人が集まるとは思わなかった」

「そうですね! でも結婚式はこうじゃなくちゃ!」


 舞台裏で、悠と亜美はそんな話をしていた。

 今はメンタルディスオーダーが楽曲の演奏をしている最中だ。ファンの人も、そうじゃない人も一緒になってライブを見ている。メンタルディスオーダーはメタルバンドなので、一般人としては激しいヘドバンをしているファンにドン引きしたりしている地獄絵図でもある訳だが。

 悠と亜美が話しをしているところに、2人の足音が近づいてきた。


「亜美」


 呼びかけに対して2人が振り返るとそこには、瑪瑙めのうと律華がいた。


「お姉様、ご結婚おめでとうございます」


 そこにはもう怨嗟えんさも何もない、純粋な祝福の言葉を言える亜美の姿があった。

 雨柳家の亜美と高宮家の瑪瑙の婚姻が破綻したことは、財閥関係の人たに留まらず、今や日本人の殆どが知っていることであった。両家も婚姻関係を結ぶことは諦めたが、律華が瑪瑙との結婚を申し出たことにより、縁談はひそかに進められていたのだ。


「…………あんたに……今までしたこと謝るわ。ごめんなさい」


 瑪瑙と悠は目が合うと顔を見合わせて微笑みあった。瑪瑙と悠は恋の相談相手としてときどき2人で話し合っている。亜美の扱い方を瑪瑙から聞いたり、律華の気持ちに対しての対応の仕方を悠がアドバイスしたり。

 それは実は亜美と律華には内緒だ。別に怪しい関係じゃないけれど、知られると話がこじれるのであえて黙っている。


「あと…………あんた」


 律華は悠の方を向く。最悪なファーストインプレッションだっただけに、律華を見れば悠は表情が強ばるし、悠を見れば律華の表情は強張った。


「その……あんたにも悪いことをして……ごめんなさい」


 そうしおらしく律華が悠に頭を下げて謝罪する。すると、悠は少し考えるようなそぶりを見せる。

 それから返事をした。


「うーん、ゆるさねぇ」

「なっ……!」


 律華は信じられないようなものを見る目で悠を見た。すると、堪え切れずそれを見た悠は笑い出す。


「ははは、冗談冗談。仕方ないから許してあげるよ」


 悠は悪戯っぽく笑って、手をひらひらとはためかせる。律華はその態度に腹が立って腕を組んでそっぽを向いた。


「ふん……今度、一緒に食事でも行ってあげてもいいわ。瑪瑙、行きましょう」

「はいはい、律華ちゃん」


 瑪瑙は悠と亜美に手を振って律華と一緒に去って行った。


「良かったね、両家もとりあえず丸く収まったみたいで」


 亜美は悠の手に自分の手を絡めた。悠も亜美の手を握り返す。

 そうして黙って2人でメンタルディスオーダーの曲を聞いていた。亜美も悠の影響もあってメンタルディスオーダーのファンになっていた。

 だから一緒にバンドの曲を聞いて、この結婚式の締め括りを待っていた。最後の曲が終わって、光が呼びに来たところ、悠と亜美は一緒に表舞台に立ってきてくれた人たちに挨拶をし、結婚式は終わった。


「緋月さんたちに挨拶して、帰ろうか」

「はい!」


 緋月は悠に「また」と軽く挨拶して別れた。光は相変わらず緋月に絡んでぎゃあぎゃあ言っていたが、緋月と光はあれはあれで上手くやっていけそうだ。


 亜美は悠の元のアパートに住むようになった。亜美への両親からの仕送りが止まってしまったけど、亜美は律華の紹介でモデル事務所に入った。今は悠と亜美で共に働いて生活している。


 帰り、悠と亜美が手を繋いで帰っていると、柄の悪い男たちが亜美と悠に絡んだ。


「おい、ねぇちゃんたち。随分仲が良いな?」


 そんな男が3人悠と亜美に絡む。どこかで見たような光景だ。


「あぁ、そうだな」


 悠がつまらなそうに返事をする。亜美は悠の後ろに隠れる。やはりどこかで見たような光景だ。だが、あの時とは状況が全く違う。


「どうだ? これから俺たちと楽しいことを――――」

「断る。邪魔だ。どけ」


 男たちを意に介さず、悠は亜美を連れてその場を離れようとした。しかし男たちは勿論それをよしとはしない。


「おい! 待てよてめぇら!」


 男たちが悠たちを取り囲むと、悠はため息を吐いた。亜美は悠にしがみついていたが、その手を放した。悠なら何とかしてくれると信じていたから手を放したのだ。


「やめておけ。私はダムドって店でおきた暴行傷害事件の当事者だ。腹の傷がしっかり残っている」


 悠は自分の服を少したくし上げ、酷い傷痕が残る腹部を男たちに見せる。それを聞いた男たちは目の色を変えて怯えて後退りした。


「ダムドって……まさかあの、組の人間がボコられた事件……!?」

「あぁ、そうらしいな。やめてくれ。これ以上警察の厄介になりたくない。最近不起訴になってシャバに出て来たばかりなんだ。流石に正当防衛とはいえ、殺人に手を染めたくはないしな」


 悠が冷めた口調でそう言うと、男たちはヘラヘラ作り笑いと冷や汗を浮かべながら、すぐに立ち去って行った。不起訴がどうのこうのというのは嘘だ。隼人と望が権力的なアレでなんとかしてくれたから。とはいえ、証人として後に開かれる裁判には出廷しなければいけないのだが。

 男たちに暴力に訴えない悠の姿勢に、亜美は安堵した。以前ならすぐに暴力に訴えていたはずなのに。


「どうしてあの人たちを逃がしてあげたんですか?」


 亜美がそう聞くと、悠は自分の頭をがりがりとひっかいた。


「あんまり無鉄砲なことをすると、私の恋人が怒るからな」


 その言葉を聞いて、亜美はより一層、悠に身体を密着させて嬉しそうに帰路に戻った。


 そして悠の家につく。


「今日は何を食べたいですか?」

「んー、亜美の作るものならなんでもいいよ」

「じゃあ、ハンバーグにしましょうか」


 あの時は焦がしてしまったけど、今度はうまく作れるはず。亜美は腕をまくる。手首には生々しい傷跡が残っているのが見えた。


「これ、あげるよ」


 悠はピンク色の長いミサンガを亜美に渡した。


「ミサンガ。手首に巻いておいて」


 悠は亜美の左手首にそのミサンガをまきつけて括りつけた。


「もしまた手首を切りたくなっても、それを見て思いとどまって」

「悠……ありがとう」


 亜美は悠に抱き着いた。悠も亜美を抱きしめた。


「……大好きです」


 これが、いつまでも続かないことは解っている。

 それでもそれが無駄だとは思わない。人を大事に思う気持ちは消して無駄にはならない。


 恋じゃない、愛情。


 一時は盲目になり相手を傷つけてしまうこともあるかもしれない。

 迷惑をかけてしまうこともあるかもしれない。

 それでも、私たちは誰かを好きになってツガイになっていく。たとえそれがどんなに罪深いことだったとしても。それが重なって軌跡となっていくのだろう。

 そして生きた意味を抱えながら永遠に目を閉じるとき、幸せだったと思えるように生きればいい。


 もしかしたら、暴漢から女の子を助けたら、あなたは記憶喪失になるかもしれない。

 でもきっと大丈夫。

 その子は地獄の果てまでもあなたのことを追いかけてくるから。


 メンヘラちゃんが行くょ。




 END



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メンヘラちゃんがいくょ。 毒の徒華 @dokunoadabana

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