最終章 メンヘラちゃんが行くょ
第57話 メンヘラちゃんの結婚式
【結婚式の騒動から3週間後】
「はぁ……」
孝也は深いため息を吐きながら煙草の煙も吐きだした。
「未練がましいぞ」
「てめぇもだろうが、クソ医者」
孝也と隼人は同じ人ごみの中、偶然に遭遇した。外の大型イベント会場だった。偶然というよりはある意味必然だったのかもしれない。
『逃げ出した財閥の花嫁』なんて大々的な見出しで、あの後新聞やニュースで持ちきりになった。
それも相手は男じゃなくて、女だという点においてかなりの反響を呼ぶ結果に。
そしてその一部始終を見ていた人の中に雑誌記者がいて、その派生からテレビのドキュメンタリ―にまで発展して一躍悠と亜美の2人は有名人となった。
「まさか……女にとられるとは思ってなかったぜ……」
孝也は絶対に自分のところに悠は戻ってくると確信していただけに、この一連の騒動を知ったときは、咥えていた煙草を服に落とすほどだった。
「それにしてもすごい人だかりだな……」
隼人が前方の人だかりを見ていると、酔いそうになる。
「あぁ、なにせフリーイベントだからな」
悠と亜美の話を聞いて、バンドのメンタルディスオーダーの緋月がゲストとして呼ばれて、ライブをすることになっているらしい。
これは元々ライブイベントではなく、フリーの結婚式イベントなのだ。テレビ局がスポンサーとなって開かれたイベントだった。
しかも参加費無料。めちゃくちゃにもほどがある。
メンタルディスオーダーのファンも、野次馬も、悠の知り合いも、亜美の知り合いも全員参加自由のイベントだった。
開始時間が近づいてきて、本来のライブのようにメンタルディスオーダーのメンバーが舞台に登場した瞬間、ものすごい歓声があがあった。ここにいる5分の1程度はメンタルディスオーダーのファンの人たちなのだろう。何か登場したしとりあえず歓声をあげようという人たちも一定数いると思う。
そして緋月がマイクスタンドに立って「はいはい、お静かに」と促すと、静かになる。「誰だ? あれ」とかって声もちらほらと聞こえる。それは結婚式イベントに来た人間たちだろう。
「私はメンタルディスオーダーというバンドのヴォ―カルをしている緋月。ファンの人も、今日初めて来た人も楽しんでいってくれたら幸いに思う。今日の主役は私たちじゃない。逃走した財閥の花嫁とその恋人の婚姻イベントだ。婿? と私は友達なんだ。だから今日こうしてご厚意で個々に立たせていただいている」
リズム隊がギターの音やドラムの音を合わせ始める。
「それでは、主役の2人に入場してもらおう。新郎新婦入場!」
楽器隊が激しく音を奏でて、そして青いウェディングドレスを着た亜美と、タキシード姿をした悠が舞台裏から出てきた。
それに合わせてまた歓声があがる。
亜美は悠の腕に嬉しそうにしっかりとしがみついている。悠はこの群衆を見て少しびっくりしているようだった。
「はい、では本日の主役の可憐な花嫁、雨柳亜美さんと、麗しの花婿? 松村悠さんです!盛大な拍手をお願いします!」
緋月がそう観客を煽ると、盛大な拍手が起こった。孝也と隼人も拍手を贈る。
「では花嫁さん、みなさまにお言葉をお願いします」
亜美は緋月からマイクを向けられて、亜美はそのマイクを受け取る。
「…………ここまでくるのに、とても大きな障害がいくつも亜美と悠を襲いました」
可愛らしい声が会場に響き渡る。
「初めて逢ったのは……亜美が駅のホームで絡まれていた時でした。亜美は怖くて、咄嗟に助けを求めました。それが私の旦那様の悠です。それが亜美と悠の最初の出会いで……亜美は悠に一目惚れでした」
少し照れている亜美のしぐさに冷やかしの指笛などが入る。
「亜美はどうしてもお礼を言いたくて……悠は亜美と一緒に食事に行ってくれました。暴漢に襲われたときも助けてもらいました。あと……亜美が迷惑をかけても悠は亜美に優しくしてくれました。どんどん悠を好きになって、気が付くといつも悠の事ばかりになっていて、悠がいなければ亜美は胸が苦しいほどに、愛しました」
亜美のスピーチに悠は恥ずかしそうにする。会場は色めき立ち、ざわざわとした。
「それに……×××町の『ダムド』という店で起こった事件。あの事件の当事者は亜美たちです。誘拐された亜美の為に、悠は命の保証もないほど危ないところに1人できてくれて、助けてくれました」
悠は気恥ずかしそうに頭をガリガリとひっかく。
「そのとき悠は大怪我をして……記憶を失ってしまったんです。楽しかった時間を悠は失ってしまいました。亜美は一生懸命思い出してほしくて……でも亜美の方も変化がありました。それは雨柳家と高宮家の縁談です。両親はかつてからあった高宮家との結婚の話を強引に進めてしまいました。亜美は……高宮家との結婚式に出るしかありませんでした」
そこで、亜美の声が震えた。彼女にとってつらい記憶だったのだろう。
「お兄様に、悠のことを想うなら身を引くことも愛情だと言われました。それは解ってました。記憶を失った悠は、また逢った頃のように亜美のことを戸惑った目で見るようになっていたので…………一度は悠に亜美はお別れを言いました」
亜美は涙をこらえて、下を向く。
「でも、結婚式の当日に悠は記憶が戻って亜美の式場にきてくれました。亜美は……どうしても愛していない人との結婚の誓いの言葉で『はい』の一言が言えずに泣き出してしまいました。でも、お兄様が悠を連れてきてくれて、亜美は悠と一緒に逃げたんです。そして式場の近くの公園で悠に付き合ってみないかと言われました。まるで夢の様でした。女同士だったのに、悠にはその時好きな人がいたのに、それでも亜美のことを選んでくれました。だから今、悠と亜美はここに立つことが出来ました。支えてくれた方々、応援してくれた方々……本当にありがとうございました」
亜美が深々と頭を下げると、そこで盛大な拍手が巻き起こる。
「めちゃくちゃいい話……! まるでドラマみたいですね。次は花婿の悠さん、お話をいいですか?」
緋月は悠にマイクを渡した。悠はおずおずとそのマイクを受け取って話だした。
「……正直、亜美がほとんど言ってくれたから私から言うことはないんだけど……当時私は亜美を含めて3人に言い寄られていました。モテ自慢とかじゃなくて……その中には、私が昔大好きだった人がいて、記憶喪失になってその人の事忘れてしまっていた時に、違う男性にお前は私の婚約者だって嘘をつかれて私はそれを信じました」
悠がそう言うと、「えー」「マジありえない」などの声があがった。
それを聞いていた孝也は隼人をニヤニヤしながら小突き、隼人は心底恥ずかしそうに顔を覆った。
「記憶を取り戻すきっかけになったのは、病院でもう末期症状の余命の短い人と出会ったことがきっかけでした。その人が『自分のことを大事にしてくれる人を選ばないと駄目だよ』と遺言を私に託しました。その人は結婚した後、不倫を沢山していたようで、しかしその不倫のさなか、奥様がご病気で他界されて、ずっとずっと後悔して生きてきて……そんな人の言葉は私の心に響きました。記憶が戻って、そして私のことを数奇にも好きになってくれた人たちの中で、一番私のことを想ってくれている人は誰だろうと考えたときに、それは亜美でした」
悠は話し疲れたのか、少し一息ついた。
「女の子を好きになったことはありませんでした。しかし彼女は自分の結婚式まで滅茶苦茶にしてまで、私のことを想い、式場から一緒に逃げました。だからそれに応えようと私は今ここに立っています。なんていうか……試しに付き合ってみて様子を見てみようって話だったはずなんだけど……でも、同性の結婚が認められていない日本で、こんな風に婚姻式ができる私は幸せなのだと思います。こんな私たちですが、どうか見守っていてください」
悠が頭を下げると、またしても大きな歓声が上がる。
緋月にマイクを渡すと、緋月が続いて話し出した。
「実は私、悠に助けられたんだ。メンタルディスオーダーを解散しようかどうか悩んでたときにね」
「はぁ!?」
緋月がそういうと一番動揺したのは光だった。観客のファンも動揺してどよめいている。
「でも悠に会って、話をして、もう少し頑張ってみようって気になったから解散しない。大好きなバンドだって言ってくれたから。悠とは偶然会ったんだ。人気のない場所でね。そういう意味では私たちも実際運命だよねー?」
緋月が悠をわざとらしく覗き込むと、亜美がその間に入ってそれを阻止した。
「悠は亜美のなんだから、そんなに仲良くしないでください!」
悠を独り占めするように抱きしめた。悠もそれに応えるように亜美の肩を抱きしめた。そうされた亜美は満足そうに笑顔になる。
「お熱い! 熱すぎる! 妬けちゃうよねー!?」
緋月が観客を煽ると、ギターやドラムも煽りを入れて歓声が上がった。
「じゃあ指輪交換してもらいましょう! 指輪の交換をどうぞ!」
緋月に促されて、お互いに薬指につけている指輪を外してお互いの指にはめた。
その指輪には『超越した愛』と刻印されていた。性別の垣根を超えた愛という意味でそれを刻印している。
「では、誓いのキスを!」
会場のところどころで茶化すような指笛が鳴り響き、歓声もあがる。
「恥ずかしいにもほどがある……」
悠は恥ずかしそうにしながらも、亜美を見つめた。亜美は目を閉じる。公園のときと同じ。亜美が泣いていないこと以外は。
悠は亜美へ誓いの口づけをした。
それを合図に会場がこれ以上ないくらいに湧きあがり、金と銀のテープと紙ふぶきが弾けて会場に降りそそいだ。
「末永くお幸せに!!」
そして楽器隊が楽器をかき鳴らし、メンタルディスオーダーがそのあと数曲歌った。
そしてまたこのイベントは、大きく報道されて人々に知られることになった。
激動のドラマの末に芽生えた、性別を超えた純粋な愛として。
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