さよなら



「私、これからどうしよかなぁ」

「戻ればええんとちゃう?」

「さっきはあれだけ戻るの無駄や言うてたくせに」

「お前はあほか。過去に戻れ言うとんちゃうわ」


 じゃあどこに?と言う前に、坊ちゃんは二つ横のトンネルにある電車を指差した。


「修理終わった電車が一両だけある。お前、あれ乗って戻り」

「戻るって、無理よ。私、禁忌犯して降りたひとになってるやろ」

「なってない。行方不明にカウントされとるだけや。しれっと乗ったらバレへんのちゃう」


 そんなあほなことあるかいな、と半信半疑になりつつも、歩き出す坊ちゃんについて行く。

 そこには、夢駅行きと書いた、銀色のまっさらな電車が一両だけあった。


「……こんな綺麗な電車、初めて見たわ」

「ぼーっとしてたらほんまに降ろされてまうで。ほら、早よ乗りぃ」


 私は坊ちゃんに言われるがままに、足を思いっきり上げて電車に乗り込む。

 ブーッとサイレンが鳴って、私はびくりとした。


「えっ。なに、やっぱあかんのとちゃう。降りた方が」

「大丈夫や」


 ―――扉が閉まります。ご注意ください。


 車内放送がかかる。このままでは、扉が閉まってしまう。


「あぁ、閉まってまう!大丈夫なんやったら、坊ちゃんも!」


 私は手を伸ばした。けれど、まだ電車の下で私を見上げている坊ちゃんは、静かに首を振る。

 扉が閉まり、坊ちゃんと私の間に一枚の壁が出来てしまった。ガチャン、と電車の動く気配がする。これはまずい。私は慌てて窓を開け、坊ちゃんに手を伸ばした。


「もう、何してるんよ!電車行ってまうやろ!引っ張り上げるから早よこっちきて!」


 坊ちゃんは首を振るばかりで、そこから動こうとしない。ギィィィ、と音を立てて、電車がゆっくりと動き出す。


「なんでよ」

「俺は禁忌を犯したから」

「私やって」

「お前よりずっと重いやつやねん。けど、お前はまだバレてない。どうか、「降ろされたひと」にならんように、うまいこと逃げてくれ」


 わけがわからん。私が助かって、坊ちゃんが助からなくていいわけがなかった。けれど、どうしようもなくまっすぐに、電車は進んでいく。



「ひかりぃ、達者でな」



 電車は速度を増していく。坊ちゃんがどんどん遠くなる。大きく手を振る最後の坊ちゃんは、笑っていたようにも見えたし、はたまた、泣いていたようにも見えた。



 ❃ ❃ ❃

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