進み、とまり、そして歩く
ひかり
声が聞こえる。私の名前を呼ぶ声―――。
全身が寝汗をかいた時のようにびっしょり濡れている。私は暗闇の中で目を覚ました。
ここが地獄か。何や冷たいところ。そりゃそうか、と立ち上がる。
遠く方に、爪楊枝で開けたような小さな光の穴があった。私は、そこに吸い込まれるように歩き出した。
◾️
「なぁ、そろそろ起きてくれや」
少年の声で目を覚ます。他にも地獄に落ちた人が―――と思ったら、坊ちゃんが私を見下ろしていた。驚いて飛び起きたら、おでこがぶつかって痛かった。
「痛っいなぁ、何すんねんほんま……」
「あぁ、ごめん」
すぐそばには私の乗ってきた電車があって、少し苔が生えている。背後には、あのバッテンの看板があって、その先のトンネルはブロックで封鎖されていた。
「え……どういうこと」
私は自分の身体のあちこちを見てみた。鬼に食べられたはずやのに、傷ひとつなかった。
混乱する私を見て、坊ちゃんは、はぁぁぁ、と長いため息をついた。
そして、ダメやったんやろ、と独り言のように言われた。
私はカッとなって、
「あんたに何がわかるんよ」
と立ち上がって壁のほうへ歩き出す。
この壁を崩したら、またやり直せる?でも、どこからやり直す?そんなこと考えてる暇はない。とにかく壁を壊さんと。
必死にブロックを動かそうと何度も試みた。けれど、大きくて重いブロックはびくともしない。あの悪い夢ばかりが反芻して、気持ちが悪い。指先に力を込める。痛い。痛いけれど、そのくらいがちょうどいい。痛みが、別の痛みを緩和してくれるような気がしていた。
「無駄や、もうそこらでやめとき」
指先に血が滲んでいく。坊ちゃんが私の腕を掴んだ。
「無駄って言葉、大っ嫌いや。あんたに何がわかるん、私の、何が」
涙がぼろぼろと出てくる。情けない、と思うのに止められへん。
「いい加減気づきぃや、そういうふうにできてるねん。俺らが気づいたら電車に乗せられてるのとおんなじで」
「そんなの、やってみなわからへん」
「一回やってあかんかったんやろ。やから戻ってきた」
「まだ一回だけやもん。この壁を壊したら、もう一回、やり直せるかもしれん。えみちゃんや、お母さん、お父さん、明人、たくさんの人たちを、助けられるかも」
「そんなん幻想や。いい加減、現実見ぃや」
私はへたりと座り込む。無駄ってことくらい、わかっていた。もう無理なんやって、わかっている。けれど、どうしても諦められへん。諦めたくない。
「選ばんかった他の道なんか初めっからないねん。救うって言ってたけどさ、お前のそれは、ほんまに誰かのためにやってることなんか?」
言われて、答えられなかった。誰のため。私のやっていることは、みんなのため、と簡単に言えることでもなかった。みんなのため、の裏側には、ぴったりと、「私のため」が張りついている。
「みんなの……ううん、自分のためかも。……でも、それ以外に許してもらえる方法が見つからん」
「許されるなんて簡単に思うな」
共感してもらえると思ったのに、坊ちゃんから返ってきたのはあまりにも鋭い言葉だった。けれど、私はほんまにその通りやと思った。こうして泣いているのも、自分が許されたいというズルさのような気がした。
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