孤独
「ほんまにひとりぼっちや」
声に出したら、余計にひとりぼっちを実感してしまう。悲しいはずやのになぜか泣けんくて、ずっともやもやしている。泣こうと思って、不思議の国のアリスが涙の海を作るのを想像してみるけど、悲しいのにもう涙が出んかった。ほんまに悲しいときは、涙が乾いてしまうんやと思った。
窓に手をかけたえみちゃん。鳥のようにふっと飛びたって、消えてしまったえみちゃん。
えみちゃん、お願いやから、線路を戻って私を救いに来てな、あの日の私みたいに。なんて他力本願か。
そうや、私もえみちゃんのとこへ行けばいいんや。なんで気づかんかったんやろう。もう一回、私も線路を歩いて戻ればええやん。
なるべく、明るく考えようとした。やけど、何度窓に手をかけても、えみちゃんの最後の言葉がよみがえる。それは、私の身体をあと一歩、前へ押してはくれなかった。
朝起きて、ご飯を作業のように食べ、夜が来ると眠りに就く。来る日も来る日も、同じことの繰り返し。もう飽きた。私も、早く電車を降りたい。
誰とも言葉を交わさんようになると、普段は気にも留めへんかった些細なことが鮮やかに見えるようになった。
例えば、お弁当屋さん。いつも定時になったら配ってくれる人、としか思ってなかったけど、よく考えたらどんな人が配ってくれているのか全く覚えていない。それで、この前「臨時のお弁当」が配られた時、ちらと顔を見てみたら、驚くことにのっぺらぼうやった。そりゃ、何の印象にも残らんわな、と思うと同時に、背筋が冷たくなった。
ドゴンッと隣の車両の一両が鬼にかっさらわれた時、電車と電車を繋ぐ修理屋さんの顔に目を凝らしてみた。すると、そちらものっぺらぼう。
毎日電車を動かす車掌さん。今朝、電車に乗る前に運転座席を見てみた。それも、人型をしたのっぺらぼうやった。
電車の業務に関わる人、全員顔がない……。ゾッとするような事実に気づいても、誰にも共有できひん。それに、あののっぺらぼうは何なんやろう、と考えたところで答えは出ず、私に何か被害が及ぶなんてこともない。何気ない日常に狂気が潜んでいることに、周りの人は気づかんし、私も今という今まで全く気づかんかった。それは、のっぺらぼうがおるという事実よりも、もっと怖いことのような気がした。
まわりの人たちはみんな、「電車から降ろされた人」たちの話をしていた。珍しく、関係のなさそうな遠くの電車に乗る人たちも、その惨状に嘆き悲しんでいるようだった。
その輪に入れたら、と思うけれど、私は悲しくなかった。だってこれは、私のせいやから。泣くことが許されるはずがない。私の背負っていくものは、誰かに共感してもらえるものでもなかった。世界中の人から、あんたが禁忌を犯したからや、と咎められるのが目に見えていた。
―――どんなにひどいことでも、世界中の誰もが否定するようなことでも、私だけは、味方やから。
「なぁ、ずっと友達でいてくれるんじゃなかったん?」
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