暗転
「なぁ、電車から降ろされた人って、どうなるんやろな」
「どうなるんやろう…な」
最近のえみちゃんは、降ろされた人の話ばかりしている。あれから二日経って迎えた誕生日、当たり前やけど「あなたの朝ごはん」も、昼ごはんも晩ごはんも届かず、私とえみちゃんは「臨時のごはん」と書かれた配給品をお弁当屋さんから受け取る。
お母さんもお父さんも、兄弟も、先生も、クラスメイトも、二日前に「電車から降ろされた人」になってしまって、世界は二人ぼっち。楽しかった会話は、この世界のカラクリや真実を探るものばかりになっていた。あーだこうだ考えても、何かがわかるわけでもなく、変わるわけもなかった。意味のない言葉の羅列が、どんどん悪い方へ向かっていくみたいで、私はちょっぴりこわい。
えみちゃんとは幼い頃からずっと一緒におるけど、「おめでとう」と笑いかけてもらわれへん誕生日は初めてやった。そんなことで悲しんでいる場合ではないけれど、悲しみのどん底にいても、ちょっとしたことで、もっと深くに沈んでいくような気がする。
「なぁ、ひかりはここへ来た時さ、電車を降りたんよな?」
「降りたっていうか、破損した電車に隠れてたら、車庫に行って」
「それで、降りて線路を歩いて戻ったんやんな?」
「うん、そう……ただ、」
「てことは、電車の運転席に乗り込んで、逆走させればええんとちゃう?」
えみちゃんの提案に、私は思わず目を見開く。そんなの、正気の沙汰じゃない。
「あはは、なんてな。そんなことしたら後ろ走ってる電車と衝突してまうやん」
「びっくりするわ、ほんま。こわい冗談言わんとってよ」
「でも、戻る、かぁ。私、今まで考えたことなかったわ」
「そうやね」
「もどれるもんなら、もどりたいなぁ」
えみちゃんが立ち上がって、大きく伸びをした。
戻れるなら、戻りたい。全部やり直して、もう一度。
電車は前進し続ける。停まって、と言っても、停まってくれない。一度電車に乗ってしまえば、もう後戻りはできない。
静かな夜、わたしは毛布にくるまって眠っていた。ふと、ギィ、と音がして、うっすら目を開けると、えみちゃんが寝ていた座席の窓が空いているのが見えた。そして、半身程身を乗り出すえみちゃんの姿も。私はびっくりして、でも眠気には勝てなくて、口をぱくぱくさせることしかできない。
―――あかん、えみちゃん、あかん。
えみちゃんは私に気づいて、少し困ったような顔をした。
「別に、ひかりのせいじゃないよ。これは私が決めたことやから」
―――行かんとって。
「助けに来てくれて、ありがとうね」
えみちゃんの身が電車から投げ出されて、少し間が空いて、ぽちゃん、という音がした。
しばらくして、周りの人が騒ぎ出し、電車は緊急停止した。
一月十七日。私の誕生日の翌日。午前五時四十六分五十二秒。
前と全く同じ日時に、えみちゃんは、「電車を降りた人」にカウントされてしまった。
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