対峙



 話が終盤に近づき、ようやくいつもの穏やかな雰囲気に戻りつつあった。今なら、言える。私の口は、ちゃんと動く。


「あのな、急にこんなこと言ったらおかしい思われるかもしれやんけど、二日後に、鬼が来てな、おっきな事故が起きるねん」


 私は決死の覚悟で言った。画面が一時停止する。一瞬、通話の音が聞こえんくなったから、電波が悪いんかな、と思った。けれど、どうやら十七歳の娘の発言に絶句しただけだったらしい。もう一度同じことを言うと、聞こえてる、と言われた。父の顔が再び厳しいものに変っていく。これはまずい。


「……馬鹿にしてんのか」

「馬鹿にしてないよ。ほんまに、ほんまやねん。なんでこんなつまらん嘘言わなあかんのよ」

「そうやって、お前はいつも俺らのことを馬鹿にしてたよな。ほんまは言いたいことあるくせに、聞き分けのいいふりして」

「今はそんなことどうでもいいやん。聞いてよ!二日後にみんな大変なことになるんやで。今違う電車乗ったら、間に合うかもしれん。みんな、助かるかも」


 必死な私の言葉を遮るように、バンッとまた、大きな音が響く。


「どうでもええことないやろ!馬鹿にするのもええ加減にせえ!」


 ツー、ツー、ツー、ツー。


 通話が切れて、いつもの冴えない私のホーム画面が表示される。


「あはは、……信じてもらえんかったなぁ。そりゃ、そうか」


 目から熱いものがこみ上げてくる。勇気の第一歩も、あっけなくぶった切られて。

 でも、そりゃそうよな。普段自分の意見言えんやつが、真面目な進路の話してるときに、急にわけわからん未来の話してきたら。


 ガタンゴトン。ガタンゴトン。


 どんなことがあっても。規則的な揺れを纏いながら、電車は進んでいく。雲に隠れる月がだんだんと滲んでいくのを眺めながら、私はふと、あの時の父もこんな気持ちやったんやろうかと想像する。

 好きなひとと一緒になりたいという強い気持ちがあって、話そうとした。けど、どうしても受け入れられへんかったから、最終手段に出た。ほんまは乗りたくない電車に、飛び乗ったんと、ちゃうんやろか。

 勇気を否定されるのって、結構、辛いもんやな。ほんで、それを一生背負っていかなあかんのも。

色々と考え出したらきりがなくて、私は座席の上に仰向けになった。

 涙がぼろぼろと零れて、頬を伝って、座席のベロア生地に染みを作った。月明かりが私を照らし、車内に、黒くて薄っぺらい私の分身が伸びていった。

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