打撃
学校終わり、いつもの電車に乗ると、タブレットに数件、親からの着信があった。げ。見たくないな。既読を押すか押すまいか迷っていると、電話が来て、反射的に通話ボタンを押してしまったが最後、画面にお母さんの顔が映し出された。
「ああ、ようやく繋がったわ。おとーさーん」
母に呼ばれて、険しい顔の父も登場した。
「親からの電話に出んとは何事や。学校の先生から連絡あったで。進路届出してないんやって?」
―――あれ?この会話、前にもした気がする。
「……うん。まだ、出してない……けど、」
「……けど?なんや」
なんか、とてつもなく大事なことを忘れている気がする。思い出したいのに、思い出されへん。思い出さなあかんと、私の本能が叫んでいる。
考え込んでいると、通話の向こうでバンッと机を叩く音がした。
「そうやっていつもたらたらしてるからあかんねん。先を見て行動せえっていつも言うてるやろ!」
怒号が響き、私は肩をすくめる。
集中せなあかん。思い出さな、大切なこと。なんか、進路のほかに、先を見て行動せなあかんことがあったはずやった。
「あ、あのな……、」
伝えなあかんことがあったはずやった。はやく、思い出さな。はやく、はやく。はやく。
はぁぁぁ、と長いため息が聞こえ、ほんまは言いたいことがないのに適当なこと言おうとしいなや、と呆れた声で言われる。
「これやから電車に乗せるの心配やってん……。何年経っても引っ込み思案なとこ変らんし、自分の意見も言われへん。そんなんで、今後、ひとりで電車を乗り継いでいけるとでも思っとんのか」
私は、反射的にだまってしまう。こうなったら終わりなことを知っていて、私はいつものように口を閉ざして、父の長い過去の話を聞く。
父と母が結婚に反対されていたこと。説得しようとしたが、母方の両親に勘当され、駆け落ちを決意したこと。その晩、祖父が心筋梗塞で亡くなってしまったこと。親とは絶縁状態の中、明人が産まれ、のちに私が産まれた。けれど、父母の噂は同じ電車の中の人たちにたちまち広まって、明人はそれが理由で一時期いじめに遭ってしまったこと。先のことを考えないで、若気の至りで行動をせいたことで、たくさん失敗をしたこと。だから、私には、なるべく失敗をして欲しくないんやと。
明人は、勉強を頑張ることで這い上がり、優秀な子として評価されるようになった。私も昔は成績が良い方だったから、ちゃんとした両親なのだと周囲に認められ、いつしか電車内での噂も減っていった。選んだ道で全てが変わる。やから、選択は慎重にせなあかん。何度も聞いた、昔の話。
意に反することをしてしまって、それでも自分の幸せを捨てきれず、二十年近く経っても、ちょっと後悔している。やから、お父さんはいっつも私の未来の話にいらいらしているように思う。
「まぁ、まぁ、昔のことはこの子らには関係ないやろ。今は進路の話!」
重い空気を振り払うかのように、母がぱんっと手を叩き、明るい声で話し出す。
「そういえば、昔、先生にな、あんたは目立つ子に対しても贔屓せんと対等に向き合う子やって言われたことあるよ。誰に対しても対等に向き合えるってあんたの才能やとお母さんは思うな。それに、公務員って安泰やし、先生目指してそういう大学行ってみたら?」
「そうやな、それがええかも…」
前にもこんなことがあったな。いつやっけ。自分らは、間違えてでもその電車を選んだのに、私には間違えることも許されへんのやな。賢者は経験者から学ぶってやつなんかな。今まで安全な電車ばっかり乗り継いできて、別に悪いことは起きひんかったけど、取り立てて面白いこともなかったな。乗り間違えたらあかんからって、父母の基準と私の基準がずれてないかなって、どうやったら正解の電車に乗れるんやろうって、そればっかり。
―――いっつもそうやん。なんか諦めてるフリして、親にこう言われたからこうするしかないねんって、いっつも、そればっかり。
えみちゃんの声が聞こえる。あれ?でも、今日こんな話したっけ。
―――ほんまは、自分で乗る電車も選ばれへんだけのくせに!
「……選ばな、あかん」
「選ぶ?まあ、言うてあんたのことやから、休み明けまでにはちゃんと考えて出すんやで」
全部思い出した。私がなぜここに来たのか。えみちゃんのこと、お母さん、お父さんのこと。そして、これから起こる最悪の事態に。
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