逆走

 


電車はなんでまっすぐにしか進まんのやろ。どこかに行き着くまで乗っとかなあかんのに、乗る電車選択して、どんどん乗り継いでいくだけで、戻りの電車は一個もないやん。


「残っている人間の確認は取れました。はい。女子高生が一名だけです。はい。車両の破損がひどいので、これから車庫に戻ります」


 ―――車庫に戻ります?


 修理屋さんは、誰かとの電話で確かにそう言った。

 戻れるん?でも「戻る」のは禁忌やと、「乗車のすすめ」で耳にタコができるほど教えられてことやった。そういうのは、修理屋さんとか法律で決められた特別な人しか許されてないんやと。でも、もし戻れるんなら。私がみんなにした酷いこと、取り消せるかな。みんなが「電車から降ろされた人」にならんように、できたりするんかな。


「お嬢さーん、この電車は戻るんで、次の行きの電車を手配するんですけどぉ……って、あれ?お嬢さん?」


 私は破損した椅子の下に、毛布で身をくるんで隠れた。小学生のかくれんぼみたいなやり方やけど、それしかなかった。私は、この電車に乗って、戻る。ほんで、全部やり直す。

 ギシギシと足音が近づいてくる。修理屋さんが身を屈めてこちらを覗いているのが布団越しでうっすら見えた。

 お願いやから、見つけんとって。―――神様!


「それがいないんですよ……まあ、自ら降りた人になるのを選ぶ人もいますけど……。いやあ、参りましたね。これじゃ僕の過失じゃないですか……。はい……。はい、とりあえず戻ります。まあ最悪、この報告は無かったことに……」


 ギィと重い音を立てて、電車が後ろへ戻っていく。

 キュイィ、キュイィ……。

 動物園のアシカみたいな声が私を包んだ。電車がこの方向に走っているのは初めてだった。

 車庫ってどんなところなんやろう。私の原点みたいなところ?戻ったら、私、赤ちゃんになってまうんとちゃうやろか。そうなったら困るな。全部、忘れちゃうから。……どうか、忘れませんように。

 禁忌を犯したら、私は強制的に電車から降ろされてしまう。やけど、大事なことやから。もし降ろされたとしても、後悔はない。だって私は、夢も希望も、才能も何も持ってないんやからさ。

 空が闇に包まれていく。私は隙間から、そこに大きな光の穴が開けられているのをちゃんと確認して、眠った。




 ❃ ❃ ❃

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